第14話 中層のフロアモンスター、ミノタウロス



 武蔵野ダンジョンは、上層、中層、下層、深層に分けられるのだが、その境目は、フロアモンスターと言われる、特殊な魔物によって決められる。


 フロアモンスターを見分けるのは簡単だ。下の階層へと続く階段の前に鎮座していてそこから動こうとしない。そいつを倒さなければ、階段を降りることはできないという具合だ。


 中層のフロアモンスターは、ミノタウロス。下層でもそこそこ強い魔物が、フロアモンスターをやる取り決めなのだ。


 モンスターハウスによって魔物が消費されたおかげで、道中魔物に襲われることもなく、あっさりと階段前にたどり着いた。


「……ぶもっ」


 すると、目を閉じて座り込んでいたミノタウロスが、ギロリと俺たちを睨みつけた。



”うぉ……”

”やっぱり迫力すげぇ”

”筋肉エグくない? くんに君レベルだろ”

”くんに君って誰だよwww”

”多分きんに君の事言いたいんだろうが、ミノタウロス君とは比にならないだろ”

”比べるならせめてさかなクンだろ”

”さかなクンさんな?”

”ヤバい、トラウマで気分悪くなってきた”

”多くの探索者を挫折させてきた牛だ。面構えが違う”

”少なくとも偽善者ニキ以外の連中はワンパンでやられちまうだろ”

”ねぇ、なんでナナちゃんまでパーティに参加しないといけないわけ!? まだ全然納得できてないんですけど!?”

”こんなバケモンが中層にいるのってなんかのバグだろ”



 と、俺の腕に抱きついた華奢な和泉の身体が、ぶるぶると震え始める。


「じゅ、純一、怖いよ……」


 俺は和泉を無視して、二階堂に問いかける。


「二階堂、頭は冷えたか? なら、とっとと帰ろう。で、俺に金を払ってくれ」


「……お前が、お前如きが、俺に指図をするな!!!」


 二階堂は俺を怒りの形相で睨みつけてから、ミノタウロスの前に歩き出す。



”マジでなんなんこいつ”

”ごめんハルト、もう擁護できないよ……”

”ここで負けてまた偽善者ニキに助けられようもんならもう末代までの恥だろ”

”裏工作してる時点で末代までの恥やから、今回でパラレルワールドまでの恥になるやろな”

”まぁ、偽善者ニキは金を稼ぐのが目的だから意外と喜んでるかもな”

”いや、すでに助けたんだから、今回の探索で二階堂が稼いだ金は偽善者ニキのものだよ。わざわざもう一回助けるのは手間すぎんだろ”

”待てよ、てことは今から二階堂のチャンネルにスパチャしたら、偽善者ニキに貢ぐことができるってこと!?”

”よっしゃ、二階堂のチャンネルに『肉塊堂さんマジ肉塊!』ってスパチャしてくる!”

”草”



 ミノタウロスは、二階堂を敵として認識したようだ。組んでいた腕を解いて、どっこいしょっと立ち上がった。


「舐めるな!!! この牛風情が!!!」


 そのやる気のなさそうな態度に、二階堂が怒り狂って突進する。

 二階堂は、そのまま風を纏った剣で、ミノタウロスの腹を突いた。


 ボキンッ。


 ミノタウロスの鋼鉄のごとき腹筋には傷一つつかなかった。


 そして、二階堂の剣も折れてはいない。二階堂のような雑魚があんな業物を所有していることは、地上では金が全てだという証左でもある。

 前々から思ってたんだけど、その風で剣を覆うのやめた方がいい。お前の脆弱な風のせいで、せっかくの切れ味を落としちゃってんだよなぁ。


 ともかく、その衝撃は二階堂の腕まで伝わり、二階堂の腕は、ボッキリと折れてしまったのだった。


「……ぐ、ぐわあああああああ!?!?!?」


 二階堂が自分の折れた腕を見て叫んだ。治りたてのぶん脆かったんだろう。



”あ”

”あ”

”あ”

”あ”

”あ”

”あ”

”終わったwww”

”草”

”まぁ分かってたことだけど、ここまで期待を裏切らないとわろてまうwww”

”即落ち二コマかよ”

”これなら一コマでも十分なくらいやな”



「……ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 ダメージこそなかったものの、起き抜けに腹を刺されたことに怒り心頭のミノタウロスは、二階堂をめいいっぱい威嚇する。


「あ、ああああ、あああああああああ!?!?!?!?」


 大魔狼と違い、生物としてのスペックが明らかに違う相手からの威嚇。

 しかし、先ほどしょんべんは出し切っているので、失禁の心配はない。が、失禁以上のリアクションを求められる今、果たしてどうするつもりなのか……。


 ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅ!!!


 と、その時、ものすごい快音が、ダンジョンに鳴り響いたのだった。


 数刻の沈黙。俺は思わず手を打った。


「その手があったか!」 


 尿を出し切ったからと言って、糞が出ないわけじゃない。二階堂のやつ、やるなぁ!



”え”

”あっ”

”うわっ”

”おい、モロに聞いちまったじゃねぇか”

”最悪”

”閲覧注意”

”放尿に耐え切った俺でもこれは……”

”もうこれ垢BANだろ”

”限界。ファンやめるね”

”むしろ今までよくファン辞めずにいたよ……”

”くっさ♡”

”くっさ♡”

”くっさ♡”

”よく♡つけれるなお前ら……”

”正直つけたくなかったけど、メスガキとしてのプライドが許さなかった”

”メスガキとしてのプライドってなんだよwww”

”ちなみに俺は五十代無職おじさんな”

”メスガキとは正反対の存在で草”

”あ、でも、子供部屋おじさんだよ”

”お、それじゃあメスガキだな……とはならねぇよwww”



「ぶもぉぉ……」


 獲物がうんこまみれになったので、ミノタウロスのテンションはだだ下がりだ。

 二階堂の右腕をむんずと掴むと、うんこを落とすため、ブンブンと振り回し始めた。


「うぎゃああああああああああああああああ!!!」


 二階堂が悲鳴を上げると、コメント欄は大盛り上がりだ。


 

”なんやこの既視感wwww”

”草www”

”え、生配信で再放送やってる!?www”

”こんな汚いテンドン初めて見たよwww”

”これは芸人も真っ青の笑いの取り方だなwww”

”最近の身体を張ろうとしない芸人たちよ、二階堂を見習え”

”見習ってもテレビじゃ放送できねぇだろこれwww”

”脱糞で笑いを取るとか、令和どころか昭和でも見ねぇよwww”

”一人でダウンタウンを超えた男”



 これほど盛り上がっているのなら、二階堂のチャンネルでもきっと大好評なんだろうが、そこはさすがミノタウロスで、大魔狼とはパワーが桁違いだ。

 このままだと口から内臓が飛び出て死んでしまう。二階堂もすぐに気絶したみたいで肛門もゆるゆるだし、すぐさま救助しよう。


 しかし、先ほどみたいな倒し方では、この配信を見ている連中の肉眼では捉えられないようだ。


 ならば、風のイメージは捨てて、凡人にも見やすいよう戦えば、確固たる助けた証拠になり、後々面倒もないか。


 ヒュン。


 俺は一歩でミノタウロスとの距離を詰めると、二階堂も一緒に吹き飛ばさないよう、小指だけでちょんと突いた。


「もっ!?!?!?!?」


 手加減の甲斐あって、ミノタウロスは原型を留めたまま膝を突いた。二階堂は俺の計算通り、いい感じに宙を舞った。


「あ、まずい!!」


 しょんべんなら必要に迫られ妹と飲ませ合いをしたことがあるが、うんこは流石に無理だった。和泉はもちろん、しょんべんまみれの竜胆でも受け止められっこない。


 ……仕方ない。俺が助けてるか。


「武蔵野くんはミノタウロスに集中してくれ!!!」


 すると、竜胆はこんなことを言いながら、両手を広げて二階堂の落下地点に入る。


「ぐっ!」


 そして、糞だらけの二階堂を受け止めたのだった。

 音からもわかるように、二階堂の糞はものの見事な下痢。当然、被害は免れなかった。



”うわっ!?!?!?”

”マジか……”

”しょんべんはともかく、うんこはキツい……”

”うぉぉぉぉ……”

”暁……いや、すごいよ”

”暁ぁぁぁぁぁああああ”

”マジで偽善者ニキは、暁

”偽善者ニキもドン引き



 少なくとも、俺でも嫌だと思うことを、竜胆がタダでやったってことは事実だ。それを否定するつもりもないし、竜胆が自分の利害より他人の利害を優先するという意味での”善人”であることはよく理解している。


 まぁ、ただ、そんなことはどうだっていいことだ。

 

 どんな小さなコミュニティにだって異常者はいる。竜胆が本当に根っからの善人で、金よりも重要視するものがあると言う人間だとして、俺の生き方になんら問題はないはずだ……。


 ……いや、問題はそこじゃない。俺が、俺と反する生き方をしている竜胆のことを妙に気に入らないのは、俺が自分自身の生き方に自信を持てていないからじゃないか?


「ぶもおおおおおおおおおお!!!」


 と、ぼーっとしているうちに、ミノタウロスが俺目掛けて巨大な角を突き出し、突進してくる。

 ミノタウロスの一番の必殺技らしいが、なんというか、こっちが恥ずかしくなるくらいしょぼいな。


「よっ、と」


 俺は両手でミノタウロスの角を掴むと、足の指を地面に食い込ませたら、楽々ミノタウロスの突進を止めることができた。


 そして、カメラ目線でこう言った。


「どう、撮れてる?」



”……え?”

”はぁ!?”

”ええええええええええええ!!!!”

”すげぇぇぇぇぇええええ!!!”

”何がどうなってんだこれ!?!?”

”いやいやいやいやいやいや(笑)”

”クソかっけええええええええええ!!!”

”偽善者ニキどんなパワーしてんだよ!?!?!?”

”偽善者ニキスピードだけじゃなくてパワーもえぐいの!?!?”

”ミノタウロスって単純なパワーで言えば下層でも最強格だろ!?” 

”体重差とかも考えたらマジで有り得んやろこれ!?”

”身体強化系の魔法か!? 高度すぎんだろおい!?!?”



「ん? 魔法は使ってないが?」



”はぁ?”

”素の身体能力ステータスでこれってコト!?”

”ははっ”

”ハハハハハ(爆笑)”

”ないない(笑)”

”それは流石に嘘松”

”そんな人類いてたまるかよ!!!”

”だからお前マジなんで無名だった!?”

”こんなバケモンが平然と街中を歩いていたと言う事実。怖すぎンゴ”

”またAI疑惑出てきたぞ”

”いやいやいやいや……”

”どんな鍛え方したらミノタウロスと素のステで渡り合えるんだよ!? そんなのS級でもやれるやつ限られるぞ!?”

”てか頑なに魔法使わんけど、偽善者ニキって魔法使えないんか!?”



「うーん、いや、魔法自体は使えないわけじゃないけど、ほら、魔法って遅いだろ?」



”へ?”

”は?”

”何言ってんの?”

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