第9話 二階堂、ボコられる



「武蔵野くん! 君も一緒に……」


 すると、こちらを振り返った竜胆が、ギョロリと目を剥いた。


「武蔵野くん!? 何してる!?」


「何をやっているって……ご覧の通り、雑草むしりだが?」


「……雑草むしり!? そんなことをやっている場合か!? 手伝ってくれ!」


「ん? 話を聞いてなかったのか? 二階堂は救助されるのを拒否しているんだよ」


「そんなこと言っている場合か! もしこのまま見殺しにしてしまったらどうするつもりだ!」


「いや、流石にその前に、二階堂の方から助けを求めてくるだろ。それまで待ったらいい」


「……話にならない!!」


 竜胆はプイッとそっぽを向いて蔓の伐採を再開する。なんだ、お前もやってること雑草むしりみたいなもんだろうが……えっ!?


「チ○ポだ!!!」


 俺は、抜いた雑草の根を見て、思わず叫んでしまった。

 何せ、そのぶっとい根は、もう完全にチ○ポそのものだったのだ。


「おいおい、これはすごい!! これはすごいよ!! 竜胆見てくれ!! チ○ポ!! チ○ポだ!!!」



”へ?”

”おい、何を言い出してるんだこいつ”

”セクハラ”

”最低”

”最低……って思ったけど、思ったよりチ○ポで草www”

”草じゃなくて根な”

”草は細くてチリチリしてるからそれそれでチン毛に見えてきて草www”

”根っこがちょっとチ○ポに見えるからってなんでこんなテンション上がってんだよwwww”

”子供かwwwww”

”あんたハルトのこと舐めてんの?”

”舐めるのはチ○ポだけにしとけ”



「…………」


 俺の呼びかけを、竜胆は完全に無視だ。こいつ、気でも狂ったのか!?


「竜胆!!!! これマジのやつ!!!! マジでチ○ポなんだって!!!! チ○ポっていうか、チ○ポよりもチ○ポ!!!!! これマジ!!!! マジだから!!!! お願い見て!!!!」



”おいwwww”

”セクハラにも程があるwww”

”なんでそんな必死なんだよwww”

”偽善者ニキいいキャラしてんなwww”

”暁ちゃん気にしないで!!”

”最低すぎる……”

”こいつwwww”


 

 竜胆は俺の必死の懇願を再び無視した。こうなってくると、俺も我慢の限界だ。


「そっちがその態度なら、もうこのチ○ポ草食べちゃうからな!!」



”は?”

”へ?”

”何言ってんだ!?”

”偽善者ニキwww”

”狂ってるwww”

”偽善者ニキからチ○ポ喰いニキにランクアップか”

”どう考えてもランクダウンだろwww”

”これ以上暁にセクハラすんなしてくださいお願いします”

”心がふたつあって草”

”キモすぎ。こんな奴雇ってたハルト優しすぎでしょ”



「そしたらもう一生、こんなチ○ポみたいな草一生見れないからな!!! 後悔しても遅いんだからな!!!」


「…………」


 すると、竜胆が、二の腕で額の汗を拭いた。


 ちらり。


 そして、そのついでと言わんばかりに、こちらに視線を送ってきたのだ。


 非常に自然な動作で、普通の人間なら見逃していただろう。

 しかし、鍛え抜かれた俺の観察眼を持ってすれば、もはや露出狂がごとき変態行為だった。


「あ、見た!!! 今竜胆チ○ポ見た!!!」


「は、はあっ!?!?」


「竜胆暁チ○ポに興味津々!! 竜胆暁チ○ポに興味津々!!」


「ふっ、ふざけるな!!! 興味なんてないもん!!!」



”いや、俺も見逃さなかった”

”暁見てたよね絶対”

”暁顔真っ赤で草”

”暁がチ○ポに興味津々……助かります”

”ほんと助かる”

”今日はこれでいいや”

”シコシコシコシコシコシコシコシコ……”

”シコシコシコシコシコシコシコシコ……ボッ”

”火ぃつくくらいシコってんなよwww”



「……竜胆さん、その品性下劣な男を連れて、とっとと帰ってくれないか!! 不快だ!!!」


 と、チ○ポに夢中なあまりすっかり存在を忘れていた二階堂が、最後の一匹ゴブリンの頭を切り裂く。

 

 そして、クルクル馬鹿みたいに剣を回して、剣先を取り巻きの魔物たちに向けた。


「さぁ、次はどいつだ!?」



”なんだ、全然大丈夫そうじゃん”

”ゴブリン十匹倒してまだ余裕ありまくりって、さすが若手最強格の探索者だな”

”ゴブリン十匹の前にアルミラージも十匹倒してるから!”

”これでイケメンとかマジでムカつくな”

”せっかくハルトがかっこいいところ見せてくれるんだから邪魔しないで”

”ちょっとおっぱいが大きくて可愛いからって調子に乗らないでほしい”

”ハルにはもうナナちゃんがいるしね”

”一応助けに来てくれた暁に対してアンチコメするとか、二階堂ファン民度終わってんな”



「……っ」


 竜胆は一瞬迷ったものの、すぐに大剣を振り回して蔓切りを再開する。まぁ、その判断は間違っちゃいない。


 モンスターハウスの序盤は、余裕があって当然だ。

 モンスターハウス……というか相手を取り囲って戦う時の基本だが、あまり一斉に襲いかかってしまうと、味方を邪魔するどころか攻撃をしてしまうこともある。

 

 無難なのは四匹で四方向から攻撃することだ。その上、奴らがよりいやらしいのは、弱い魔物から順にターゲットを襲うことだ。


 よって、最初のうちはむしろ圧倒できるので、ターゲットは調子づく。


 調子がいい時は無茶が効く分、無駄に体力や魔力を使ってしまうことがある。

 閉じ込められているということに対するプレッシャーが、スイカに塩をかけたような相乗効果を生み出しているのもあるだろう。


 実際、二階堂は自分と和泉の周りにかまいたち状の風を吹かせている。

 突風で吹き飛ばすなんてことをしてないだけまだマシだが、アルミラージやゴブリン相手にあの対応は、明らかに過多。

 しかも飛ばし方もワンパターンだから、慣れた魔物たちはあっさり侵入を許している。ない方がマシなくらいだ。


 一息つく間があれば冷静になれるはずだが、そうもいかないのがモンスターハウスだ。


「……ふぅ、ふぅ」


 矢継ぎ早に出てきたコボルトの群れを殺した頃には、二階堂は肩で息をしていた。


 今度はスライムの群れが二階堂を取り囲む。


 スライムは、斬撃メインだと致命傷を与えるのが少し面倒だ。

 事実、かまいたちはスライムに何度も当たっているが、傷はすぐにニュルンと治る。かまいたちの中に侵入したスライムは、まずは和泉を襲った。


「チッ!」


 二階堂が苛立った様子でスライムを突いたが、スライムの急所、核は外した。


「クソッ!」


 二階堂はさらに苛立つと、自分と和泉に纏わせていたかまいたちを剣に集めた。

 そしてスライムを突くと、ぷにぷにの身体が核ごと弾け飛んだ。


「はっ、ざまぁみぐふっ!?」

 

 と同時に、その大きな隙を見逃さなかったスライムの突進が、二階堂の脇腹に刺さる。


 ダンジョンを潜る探索者の例に漏れず、二階堂は軽装備だ。

 それでも大した肉体的ダメージにはならなかったみたいで、すぐさまスライムを弾き飛ばす。


 しかし、精神的にはかなり効いたようだ。顔面蒼白で叫んだ。


「ナナ! 何をやっている! 早く魔法を使え!!」


「…………」


 和泉は未だ放心状態。ああなると、もう戦力として数えられない。


 すると、二階堂の頭にスライムが飛びかかると、その粘性の身体で二階堂の頭を包み込んだ。

 

 液体性の身体で頭を包んで窒息させる、スライム唯一の必殺技だ。


「ぐぼっ!?!?」


 二階堂は剣を放り出し、ブンブン頭を振ってなんとかスライムを吹き飛ばそうとするが、スライムも必死にへばりつく。他のスライムもここぞとばかりに二階堂に襲いかかった。



”あっ”

”えっ”

”ヤバくね?”

”普通に死にそうやんwww”

”二階堂スライムに負けんのか!?!?”

”wwwwww”

”イキってた割に弱くて草”

”ざまぁwwwwwwwww”

”草生えるwwww”

”いやああああああああああああああああああああああああ”

”ちょっと!! 見てないで助けなさいよ!! この人でなし!!”

”この偽善者!!!!!”

”二階堂信者さん発狂してて草www”

”二階堂が助けんなって言ってんだろwww”

”二階堂は助けず和泉は助けるのがベストだな”


 

「二階堂くん!……頼む、お願いだから協力してくれ!」


 未だ蔓の檻を破れていない竜胆が、再びこちらを振り返り訴えかける。もちろん返答は決まってる。


「断る」


「っっっ!!」



”おい、この状況で断るのは流石にどうなんだ!?”

”いや、今回に関してはGJ。このレベルのモンスターハウスに二人救助に入ったところで無駄死にするだけ”

”マジでそれな”

”暁ちゃん、今回は仕方ないよ。諦めよ?”

”元からそんなやつ助ける義理なんてないしな”

”しかし、偽善者ニキはなんで助けようとしない? 死なれたら謝礼金もクソもないだろ”

”おそらく助けを求められてから助けたいんだろ。謝礼金を要求する段階で、『助けを求めてないのに勝手に乱入された』なんて言い出されたら面倒だしな”

”なるほど”

”はぁ? クズすぎる。あんたハルくんの同級生だったんでしょ!? さっさと助けなさいよ!!”

”その同級生を動画でボロカス言ってたのはどこの誰だよwww”

”ホンマそれwww”



「ほら、そんなことより見てみろよ」


 スライムたちが、ずるずると二階堂の身体から離れていく。


 あいつらは所詮は下っ端だ。群れの長を差し置いて、獲物を狩るなんてことは許されない。


「……ワォォッン!!!」


 スライムたちと入れ替わるように出てきたのは、一匹の魔狼だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る