第6話 有名ダンジョン配信者とコラボ



「ふぅ。これでいいかな、武蔵野くん」


 竜胆は、百枚目のサインを書き終えて、一息ついた。

 座っているのは汚らしいベンチ。一階層は観光業にもよく使われているので、こう言った人工物がところどころにあるのだ。


「しかし、妹さんの名前は本当に書かなくてよかったのか?」


 竜胆の問いに大きく頷く。


「ああ、転売するからむしろ困るってよ」


「……て、転売!?」


 竜胆が目を白黒させる。また文句を言われてはたまったもんじゃないので、俺は最後のサイン色紙を奪い取り、コンビニのビニール袋に入れながら話題を逸らした。


「てか、竜胆は大丈夫なのか? 俺がダンジョンから運び出した時は瀕死だったと思ったが」


「あ、ああ、回復魔法でな」


「ふぅん。身体に悪そうだ」


「あ、うん、まぁ、自分の魔法だから、その分負担も少ないよ。心配してくれてありがとう」


「あ? だったらなんでオークにやられた時、回復魔法使わなかったんだよ」


「あ、いや、それは……ダメージが大きすぎて、魔力をうまく練れなくてな」


「はぁ? それじゃ、回復魔法使えるメリットほぼないじゃん。しょうもな」


「……そうだな。もっと鍛えなくちゃだな」


「あ、ていうか心配はしてないぞ」


「……うん」


 ……なんだ、随分と気まずそうだな。もしかしてまだ怒ってるのか? 


 いや、実際に千羽鶴はゴミだし、タダで命を助けられたんだから怒る権利なんてないと思うんだが、仕方ない。ここは俺の方から歩み寄ってやろう。


「指スマでもする?」


「えっ? 指スマ?」


「ああ、指スマだ」


「……わ、わかった。その、やろ、うか……?」


 なぜか戸惑い気味の竜胆。

 まさか、指スマの面白さを知らないのか?……仕方ない。ヤラセは嫌いだが、指スマを普及させるためだ。


「よし! それじゃあ、指スマ……1! ああクソ! ほら、次は竜胆の番だぞ!」


「あ、ああ……指スマ、2」


「お、やるなぁ! 指スマ、4!」


「……えーっと、指スマ、3」


「うわ、竜胆の勝ち!! お前、指スマ上手いなぁ!!」


「あ、ああ、ありがとう」


「うん、上手い上手い……」


「……ああ」


「……じゃ、俺はそろそろ帰るわ」


「えっ」


 指スマでこんだけ盛り上がらないってことは、もう絶対に仲良くなれないってことだ。ま、元々、こいつはなんだか気に食わなかったので、特に失望もない。


「あ、ちょっと待ってくれ!」


 すると、竜胆が俺の腕を掴んだ。

 なるほど、やっぱり指スマがやりたくなったか。あえて負けてやった甲斐があるってもんだ。


 振り返ると、竜胆が深々と頭を下げていた。指スマでそんなのあったっけ? 新技? ヤバ、最近指スマ界隈追えてなかったからなぁ! テンション上がってきたぁ!


「本当に、すまなかった」


「は? すまなかった?」


「ああ……主義主張の違いあれど、あなたは私を助けてくれたと言うのに、あんな失礼な態度を取るべきではなかったと、深く反省したんだ」


「ああ、そっち……」


 新技じゃないことへのガッカリ感もあったが、同時に安心感もある。

 俺に対して罪悪感が、指スマの楽しさを半減したというわけか。俺が指スマに泥を塗っちゃったんじゃとホッと胸を撫で下ろした。


 すると、竜胆がウェストポーチをゴソゴソやり始める。取り出したのは茶色の封筒だ。


「これを、受け取ってほしい」


「ん? なんだ?」


 受け取り、中身を確認して驚く。


 万札だ。すぐさま取り出して枚数を確認する。八、九……十。


「お、おお? 少なくないか?」


 いや、本来十万なんて大金だけど、一千万円もらえると思ってたぶん、落差からかあんまり喜べない。当然の文句だと思ったが、竜胆は肩を竦めた。


「その苦情は、ギルドに言ってくれ」


「ああ? ギルド?」


「ああ。あの救助は、ギルドから来た”緊急クエスト”だったんだ。あの男性は救助されたので、私はクエストの成功報酬を受け取った……しかし、どう考えても私のおかげじゃない。これは、君が受け取るべきだと思って、ここなら会えるんじゃないかと思ってきたんだ」


「ふむ。そりゃ正論だ」


 ドケチ女でも、そのくらいの常識はあったか。

 しかし、クエスト、ね。

 俺はプロ探索者じゃないから受注できないから、本来だったら受け取れない金ってことか。全く、おかしな話だよ。


「ま、これでお前らを助けたかいもあったってもんだ。じゃあな」


 それでも、やはり十万は嬉しい。

 俺は封筒をコンビニ袋に入れて帰ろうとしたのだが、その袋をギュッと握られる。


「ま、待ってくれ! 実はもう一つ、君に用事があってだな……私と配信でコラボしてもらえないだろうか」


「は? なんで?」


 すると、竜胆は深刻そうに俯いた。


「もしかしたらすでに見てしまっているかもしれないが、私のファンが、あなたに対して誹謗中傷をしているんだ」


「ああ、うん」


 俺が頷くと、竜胆は深々と頭を下げた。


「本当にすまない。私も、誹謗中傷は辞めてほしいと発信しているのだが……なかなか、でな。そこで、私たちはすっかり和解しているということを、配信を通じて皆にアピールできたら収まるんじゃないかと思ってな……ただ、その、一言、千羽鶴がゴミであるということだけ、撤回してくれたらいいんだ」


「ん? それだけでいいのか? てっきりヤラセ疑惑を否定してほしいのかと思っていたんだがな」


 俺がそう言うと、竜胆の顔に暗い影が落ちる。


「……そんな馬鹿げたことを信じる人に、何を言っても無駄だ。そんなことより、私を助けてくれたあなたに誹謗中傷が向けられていることの方が受け入れ難い」


「へぇ〜」


 嘘くさいが、そんなことはどうだっていい。

 俺が足を止めたのは、金の匂いがしたからだ。


「出演料は?」


「え?」


「……出演料だよ出演料!! まさかタダでとか言い出すつもりか!?」


「あ、ああ! それはもちろん、払う! いや、通常のコラボの場合、あまりそう言った金銭のやり取りはないんだが、武蔵野くんは配信チャンネルはやってないもんな」


「いくらだ」


「……これでどうだろう?」


 竜胆は、三本指を立てる。


「ほう、三千円か!」


「あ、いや、三十万だ」


「……三十万!?!? マジで!?!?!?」


「あ、ああ」

 

 竜胆の戸惑いようをみると、もしやこれが相場なのか? ダンジョン配信者、マジで儲けてるんだな……。


「受ける」


 当然即答する。竜胆の顔がパァッと明るくなった。


「それはよかった! それじゃあいつ頃撮影できるか、スケジュールを詰めよう」


「ん? いつ頃も何も、今から撮ればいいだろ?」


「え? 今から?」


 竜胆が意外そうな顔をするが、俺からすれば当然の主張だ。


「ああ。ちょうどいいベンチもあるし、ここでいいんじゃないか?」


 俺がどかっとベンチに座り込むと、竜胆は戸惑いながらも「そうか、それなら配信の準備をしよう」とスマホを取り出し何やらごちゃごちゃやり始めた。


 しかし、配信、ね……もしかしたらチ○ポを出す流れになるかもしれないし、今のうちに皮を伸ばして包◯にしといた方がいいかもしれんな。

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