第5話 どうやら俺、バズってるらしい



『殺しなさい!!!』


 ……ああ、もう、うるさいな。


『殺して殺して殺して殺さなきゃ、あんたを育てた意味がないじゃない!!!!』


 ……わかってるって、やるから、もうちょっと寝かせてくれよ。


『何を言ってるの!! あんたに拒否権なんてないの!! その1!!! 起きなさい!!!!』 


「……ん」


 目を開けて、時計を確認する。


 やはり、いつも通り、ぴったり一時間しか寝られていない。すぐに目を瞑り寝ようとしたが、眠気はどんどん消え失せていった。


「ったく、せっかくの休日だってのに……一回でいいから、八時間寝てみたいもんだぜ」


「ちょっとその1! じゃなかった、お兄ちゃん!」


 と、勢いよく扉が開け放たれたおかげで、完全に目が冴える。


 休日なのに何故かセーラー服姿の妹が、ズカズカと部屋に入ってきて、怒り顔で俺を見下ろす。


「ん、なんだ?」


「これ、どういうこと!?」


 妹が俺に投げつけたのは、正方形の厚紙の束だ。


「昨日頼んだよね!? これにサイン書いといてって!!」


「ああ、そういや言ってたな……てかさ、なんでサインなんて書かないといけないんだよ」


 当然の疑問に、妹は耳の先まで真っ赤にして怒る。


「バカ、何回も言ったでしょ!? 今のお兄ちゃん、偽善者ニキって名前でめちゃくちゃバズってんだよ!!」


「いや、それは知ってんだけどさ……」


 俺も配信を見て竜胆の場所を特定したので、カメラが生きているのは知っていたし、竜胆の配信に映り込んでいるのも把握していた。


 別に問題ないとスルーしていたのだが、どうやら変なニックネームまでつけられてネットでバズりまくっているらしい。


 俺としては、あいつから少しでも金を引き出そうと必死に説得してただけだったんだが、全く、この世の中、何が起こるかわかんないもんだよな。


「有名探索者のサインなんか、今メルカ○とかで超高値で取引されてるんだよ! 一枚一万円として、百枚書いたら百万円!」


「おいおい、そんな簡単に行くか? 有名になったっつっても炎上してんだろ? サインが高値で売れるような連中って、いわゆるファンってやつがいるから売れるんじゃないか?」


「SNSでは偽善者ニキ推しの人も結構出てきてんの!! ほら、書いて!!!」


 手のひらに魔法で暗黒毘沙門天玉を生み出す妹。俺はともかく、ここら一帯の人間が死にかねない。


「ああ、はいはい。わかったわかった。あとで書いとくよ。要件はそれだけか?」


 すると、妹はううん! と首を振りながら、暗黒毘沙門天玉を消した。


「ネットで見たんだけど、今、武蔵野ダンジョンに有名ダンジョン探索者がめっちゃきてるの! 今来日中のS級探索者サーニャが当然目玉なんだけど、カップル探索者になった二階堂晴人と和泉ナナ、そしてお兄ちゃんが助けた竜胆暁もいるらしいよ!」


「え? あいつ大怪我してたし、人違いなんじゃないのか?」


「映像も出回ってるから間違いないよ! 回復魔法で無理やり治したんでしょ!」


「それはまた、健康に悪いなぁ……」


「武蔵野ダンジョンならこっから三分も歩けば行けるでしょ! ほら、サインもらいに行ってよ! サーニャのサインは絶対絶対ね! 竜胆もマストで、できればハルナナも!」


「二階堂と和泉は何回も断られてるから無理だぞ……てか字なんだから、お前が真似て書いちまえばいいじゃないか」


「それが意外とバレるの! 掲示板で晒されて今絶賛炎上中!」


「ふぅん……」


 不思議なもんだ。字なんてめちゃくちゃ達筆なやつが書く以外はおんなじようなもんのはずなのに、書く人間によって値段が変わるなんてなぁ。


「つまり、俺の字は出回ってないだろうし、俺の分はお前が書いて問題ないってことか。ほら、頼んだぞ」


 色紙を突き返し、そのまま布団に潜ろうとしたところを、妹にひっぺがされる。


「お兄ちゃん社会人になったんだから、もっと稼いでよ! さもないとただただ強くておちんちんが大きいだけの男になっちゃうよ!」


「は? 男の全てじゃないか」


「はぁ!? 男は稼いだ額が全てでしょ!? で、女はそんな男から頂き女子するのが全てなの! 結局ダンジョン救助でも稼げずに、二階堂のところはクビになったお兄ちゃんを殺さないだけ感謝してよね!」


「……はぁ」


 あの後、他のダンジョン探索者の連中がやってきて、竜胆ともう一人の男を回収していったのだが、男の方もステータスアップが目的のアマ探で、ドロップアイテムすら拾っていなかった。

 

 結果、あの救助で俺が稼いだ額は、脅威の0円。脅威の0円なのだ。


「ちゃんと稼いでくれないようなら、兄妹契約打ち切るからね!」


「おいおい、そんな悲しいこと言うなよ……」


「金の切れ目が縁の切れ目! 金の切れ目が縁の切れ目!!」


 妹は俺の股間をバシバシ蹴りながら叫ぶ。

 炎魔法と違って、金的は効かないどころかむしろ快適なので別にいいけど……なるほど、かね金玉きんたまをかけてんのか。ヒュー、やるじゃん。


「わかったわかった。行けばいいんだろ」


 俺とて、たった一人の家族を失うのは望むところじゃない。俺はサイン色紙をコンビニのビニール袋につめ、寝巻きのまま武蔵野ダンジョンに向かったのだった。


 

 ⁂

 


「うわ、混んでんなぁ。気持ちわるっ」


 ダンジョンへと繋がる武蔵野ダンジョンは、三連休の初日かつ、S級のサーニャが来ていると言う情報が漏れたからか、人間がうじゃうじゃ群れていた。


 見た感じ俺と同じアマチュアが多そうだ。

 金を稼げないアマチュア連中がなんでダンジョンに潜るかと言うと、魔物を狩ってステータスを上げ、ダンジョン探索者の本免許試験に備えるためらしい。

 なんというか、順番が逆な気がするんだけど、ずっとダンジョンで鍛えてきた俺が言えたことじゃないか。


「え……」


「あれって……」


「偽善者ニキ!?!?」


「な、なんでギルドに上下スウェットとサンダルできてんだ!?」


 と、俺の顔を見た奴らが、スマホを取り出してこちらに向けパシャパシャ写真を撮り始めた。なるほど、居場所が特定されるわけだな。


 俺は、その中の一人、それなりにいい装備をしている女の探索者に話しかけた。


「なぁ、俺のサイン欲しくないか?」


「え、は?」


 話しかけられた女は、目を白黒させる。俺は両手を広げて、十を指し示した。


「よかったら十万円で書いてやるよ。どうだ?」


「は、はぁ!? 何言ってんのあんた!?」


「まぁまぁ、そう遠慮するなよ」


 俺はポケットから油性マジックを取り出して、そいつの鎧の胸当てに『武蔵野純一』とサインをしてやってから、なんか物足りなかったので、横に『一ばん星』と付け加えた。


 女はあんぐりと口を開けていたので、「そんなに嬉しかったか?」と問いかけると、顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。


「ちょっと!! この鎧高かったんですけど!? ていうか普通にセクハラじゃない今の!?」


「え? 嬉しくない?」


「当たり前でしょ! 有名人になったつもりか知らないけど、あんたの場合炎上してるだけじゃん! そんなやつのサインなんて欲しいわけない!」


「だよなぁ」


「だよなぁ!?!? 何あんた訴えるわよ!!」


 サイン入り女は、俺の胸ぐらを思いっきり掴んでくる。

 妹のやつ、やっぱり嘘をついてやがったな。しかし、部屋着だからめちゃ伸びて乳首丸見えになっちゃってるんだけど、これこそセクハラじゃないか? 訴えたら金取れるかな?


 と、どこかで覚えのある魔力の気配がこちらに迫ってくる。


「あ、竜胆暁!」


 との声に、俺の予想が正しかったのがわかった。


「ちょ、ちょっと、喧嘩はダメだぞ!?」


 竜胆暁が俺と俺のサイン入り女の間に割って入る。そして、「何があったんだ!?」と聞いてくるので、俺は肩をすくめた。


「ああ、いや、そこの一ばん星女にサインを書いたら、急に怒り出したんだよ」


「誰が一ばん星女よ!?!?」


「え、えっと、それはまた、どうして?」


 竜胆が一ばん星女に問いかけると、一ばん星女は俺のサインを爪でカリカリしながら怒鳴った。


「私はサインなんてしてほしくなかったのに、勝手に書かれたの! しかもほらみてこれ、何よ『一ばん星』って! めちゃくちゃダサいじゃない!?」


「うわ、ダッサ…いかどうかは置いておこう。とにかく、落ち着いて、ね?」


 竜胆が一ばん星女をどうどう宥めると、一ばん星女の怒りも徐々におさまっていく。

 竜胆のトーク力と言うより、竜胆の出現によって注目が跳ね上がったので恥ずかしくなったのだろう。

 現に、俺たちを囲う人壁が明らかに分厚くなっていっている。あれほど弱いのに、人気はあるんだから不思議だよなぁ。


「うーん、まいったなぁ」


 俺が竜胆にサインを求めることによって、ならば俺も、と、聴衆どもがサインをもらおうと押し寄せてくると面倒だ。


「竜胆、今から一緒にダンジョンに行かないか?」


 俺の提案に、竜胆は目を白黒させた。


「え、あ、ああ、それは構わないが、装備はどうした? まさかその格好でダンジョンに行くつもりでもあるまい」


「ん? ああ、そうだな。おかしいか?」


「……少なくとも私は、その格好でダンジョンには潜れないな」


「ああ、まあ女はな。でも男は、ちょっとコンビニ行くくらいなら寝巻きで行くもんなんだよ」


「コンビニに行くくらい……?」


 竜胆がヒクヒクと頬を引き攣らせる。なんか変なこと言っちまったかな?


「ほら、行くぞ」


 俺は竜胆の背中を押しながら、ダンジョンへと続く階段へと向かったのだった。

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