第1話 モハンの日常

 晴天。晴れやかな日差しが降り注ぎ、春の暖かい風が吹く。

 そんな気持ちのいい日に俺は外に出て、日課の探検を行っていた。


「むむっ! 初顔だにゃぁ……自己紹介してやろう!」

 

 俺の名は「モハン・ニャルクス」昨日、二歳になった。

 母の名は「カハン・ニャルクス」今年で一九歳。

 父の名は「トハン・ニャルクス」母と同じ一九歳。

 俺は現両親であるこの二人を、トーハン、カーハンと呼んでいる。

 

 そう『現両親』。つまり「今の俺」の生みの親ということだ。。

 

 俺の前世の名は「犬飼 一二三」という毛のない人間。

 現世の名は「モハン・ニャルクス」という——

 

 そう……どうやら俺は前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまったようだ。

 まあ、だからどうしたという感じだな。

 俺はもう毛のない人間の「犬飼 一二三」じゃない。

 

 もう一度言おう。

 

 俺の名は「モハン・ニャルクス」昨日、二歳になった。

 優しい、トーハンとカーハンと一緒に暮らす——


「我はケット・シー族のぉっ! モハン・ニャルクス——である!」 


 そう! 今の俺は毛のない人間じゃない。

 全身毛もくじゃらで、二足歩行で、人間みたいに二本の手を使って暮らしている——


「我はケット・シー族のぉっ——」

 

「モハーン! お昼ご飯よぉ! 戻ってらっしゃーい!」


 あ、カーハンに呼ばれてしまった。早く家に戻らなければ!


「ではな! また自己紹介してやるぞ、黒アリ諸君! にゃーはっはっはっはぁっ!」

  

 俺は立ち上がり、芝の生え揃った綺麗な庭から移動。

 そして、すぐ後ろにある玄関の前に行き、猫の肉球の形をした金色のドアノブを捻る。俺が人間の時に使っていた物より、大分低めに設置されているドアノブは、超低身長——身長六十センチ程度の俺でも手を伸ばせば届く距離にあり、とてもありがたい。俺は家の扉を開き、中に入る。

 家の中では一人の女性——俺の母親のカーハンがバタバタと忙しそうに働いていた。

 

「たーだいまー!」

「忙し忙し」


 ——むむっ! カーハンは家に帰ってきた俺に気付いていないようだ……。

 

 カーハンは中世の田舎の女性が着ているような、薄茶色の服とスカートの格好をしており、その服の上に純白のエプロンを着用している。

 

 ちょっと抜けているところがあるけど、超優しくて、超別嬪(ケット・シー視点)の俺の自慢の母親だ! 

 

 ただ、カーハンは黒の毛色をした俺と違って、全身が灰の毛色をしている。

 ちなみに、トーハンは焦茶の毛色をしているから、俺達は、ものの見事にバラバラなのだ……。まあ、俺は気にしないけどね! 気にしてないけどね!

 家族三人、これが本当の「三毛猫」って——こと! 


「にゃーはっはっはっはぁっ!」

「あらっ! お帰りなさい、モハン! 手を洗ったら、お昼ご飯よ〜」

「はーい!」

 

 俺の高笑いで、俺の存在に気づいたカーハンは、俺に手洗いを促してきた。

 それに元気よく返事をし、俺は台所に向かう。 

 

 俺が住んでいる家は二階建て。

 一階には居間、風呂場、炊事場があって。

 二階には物置、カーハントーハンの相部屋、それに空き部屋が一つと、あと俺の部屋がある。 

 

 俺は玄関から入ってすぐにある居間から炊事場に向かい、そこにある井戸から水を出し、それで手を洗う。


「よっと」


 俺は井戸のポンプを動かし、水を出す。

 出てきた水に手を入れて、両手をゴシゴシと擦り合わせ、手についた土汚れを落とした。よし、綺麗になったぞぉ! 昼ごはんだ!

 

「洗った〜!」

「じゃあ椅子に座って待っててね!」

「はいはーい」

 

 俺は居間にある食卓の、俺専用の椅子に座った。

 ダンダンと机を叩きながら、食事が出てくるのを待つ。

 まあ食事と言っても、粥しか出てこないけどね! 

  

「ふんふっふっふふーん。ふんふっふっふふーん」

 

 鼻歌を歌いながら、リズムに乗って机を叩く。

 

「まだ〜?」

「もうちょっと待っててね〜」


 歌いながら待つこと数分。

 やっと炊事場から出てきたカーハンに「遅い〜」と苦言を漏らしつつ、ウキウキで食卓に並んだ昼食を見る。俺の予想通り、昼食は麦粥だった。

 いい香りのする麦粥には、ほぐされた焼き魚が混ぜ込まれていて、俺の食欲を刺激する。俺は無意識に涎を垂らしながら、カーハンの食事開始の合図を待った。 


「それじゃあ——」


「「いただきまーす」」


 俺は昼食を摂り終えた後、二階にある自分の部屋に戻った。

 椅子を押して移動し、それを足場にして何とか窓を開ける。

 

「よっと。う〜ん、この風……ちょうどいいにゃ〜」


 そう、これは『昼寝の準備』である。

 昼飯を食べた後は、毎日こうして時間を潰すのだ。

 窓を開けたおかげで、眠たくなるような暖かい日差しと、眠たくなるような心地よい春風が部屋に充満している。最高の昼寝環境だな!  


「これこれぇ……にゃぁ〜……寝る前にジイジイからもらった絵本でも読むかぁ」  


 俺は欠伸をしながら本棚から一冊の絵本を取り出し、床に寝転がりながら、ペラっと本を開いた。


 絵本の内容は、よく分かんないケット・シー族の騎士が、よく分かんないけど、超デカい竜を倒すというお話だ。何も分かんないけど、すごいんだよこれ。

 これ読むと超眠くなるんだよなぁ……。


「にゃぁ〜〜〜……枕にして寝るかぁ〜」   


 俺はジイジイからもらった猫騎士の絵本を枕にして、暖かい日差しを全身に浴びながら目を閉じる。ぁ、もう寝落ちしそう——…… 


「モハ〜ン!」


 俺は突然の呼びかけに、意識を急浮上させる。

 少しイラッとしながら起き上がり、俺はムスッとした顔をしながら声のした方へ視線を向けた。

 

「——あっ! 焼き鳥っ!」

「焼き鳥じゃねえよ! 伝書鳩のプロペラさんな!」


 開けた窓の縁にいたのは、焼き鳥という名の虎柄の鳩だ。焼き鳥は、今俺が住んでいる猫の肉球の形をした猫島で、郵便の仕事をしている伝書鳩。


 焼き鳥は、気品を溢れさせ王の威厳をマシマシと放つ俺とは違い、品性の欠片もない汚いヤツなのだ。俺が外でイチゴを食べていたら、それに上空から糞を落として「ありゃりゃ! わざとじゃないの! ごめんねごめんね! 俺がちゃんと全部食うからね! ごめんね!」と、俺が食ってたイチゴを根こそぎ奪っていった正真正銘のウンコ野郎なのだ! 

 俺はいつか、コイツを食って殺るために、焼き鳥という名前を付けたのである!


「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 テメエは絶対に許さねえ! 食らいやがれ! 

 毛を逆立てて瞳孔を細くした全生物が怖気付く、俺の全力の威嚇を——!


「うわっ! ……な、何だよ〜〜? 郵便だぞ〜?」

「チッ」

  

 コイツ、チキンのクセに意外と怖がらねえな。

 俺のことが怖すぎて、お漏らししちゃうと思ったのによ。

 というか俺に郵便だと? 俺にわざわざ手紙をか……。一体、誰からだ?

 ——はっ! そうか、そういうことか!


「にゃーはっはっはっはぁっ! さては王様ににゃってぇ! っていう、どっかの国の偉い人からの手紙だろ!」

「あぁ〜? 全然ちげえよ。お前の祖父ちゃんからだぞ」

「ああ、ジイジイからか……」

「何で残念がってるんだよ、お前……」


 俺は窓のところまで行って、焼き鳥が前にからっている鞄を開ける。

 そして、そこから俺宛の手紙を取り出した。

 

「おいおい! 飯なら俺も招待しろよっ!」

「にゃんでだよ! お前だけは絶対に、い〜〜や〜〜!」

  

 うるさいウンコ鳥に催促されながら、俺はジイジイ——つまり、俺の祖父からの手紙を開封する。綺麗に糊付けされた封を、ニョキっと出した爪で破く。

 封から出てきたのは一枚の紙。

 その紙にはウネウネとした文字が書かれており、俺は目を窄めながらそれを見た。

 

「えっとぉ……『モハンへ』……た、た……た」

「ヒャハハハ! お前文字読めねえのかよぉ! お子ちゃまだなぁ! ヒャハハハハハハハ!」


 く、悔しい……っ! こんな、こんな小っちゃい鳩に負けるなんてぇ……。

 お、俺だって頑張って覚えてる最中なんだぞ! 

 なのに、そんな馬鹿にしなくてもさぁ……!


「えっ、いやいや泣くなよな!」

「にゃ、にゃいてねえし!」

「涙目じゃん……」

「にゃいてねえって!」

「ああそ、はいはい」


 俺は服の袖で何故か水の付いている目を拭き、手紙に目を戻す。 

 俺の名前は分かるんだけど、その先が何にも分かんないな。

 ええい! 仕方ない。不服だが……コイツの力を使ってやろう。


「おい焼き鳥! 我の命令に従え!」

「は〜? やだね」

「お? それでいいのかにゃあ? 言うこと聞かにゃいにゃら、バキュンするぞぉ?」

「げえっ! お前、超能力はなしだろ!」


 そう、俺には生まれつき特別な力がある。

 本来、その種族が——いや、生物が持っているはずのない特別な力!

 神に選ばれし者が与えられる神からの贈り物「ギフト」それが超能力の正体です——と、超物知りの郵便局長のメリイさんが言っていた。

 

 特別! そう俺は超特別なのだよ!

 俺の超能力は——絶対王令! (俺命名)

 人差し指の先からハートをバキュンして、それに当たったヤツは俺に絶〜対に逆らえないのだ!


 ちなみに、この力に気付いたのは半年前だ。

 家に迷い込んできて、バサバサと飛び回った野鳥相手に咄嗟に使ったのが、この「絶対王令」なのである!


 「にゃーはっはっはっはぁっ! 従えぬのにゃら、仕方にゃいにゃあ……」


 俺は狙いを定め、人差し指を焼き鳥に向ける。


「もしかしたらぁ……変にゃ命令しちゃうかもにゃあ」

「わ、わーったよ! 読めば良いんだろ、読めば……。ほらっ読んでやるから、さっさと見せろよ」


 ふん! 最初から言うこと聞いとけばいいんだよ!


「嘘吐いたら バキュンするぞ!」

「わーってるよ。さっさと見せろよ!」

「ほらよ」


 俺は手のない焼き鳥の代わりに手紙を広げる。

 視界に広がった手紙を、じーっと見つめる焼き鳥に「まだ?」と急かす俺。

 急かされた焼き鳥は「待て待て」と言った。

 コイツ、我に対して言葉遣いがアレじゃないか?

 アレだよアレ、何だっけ……あ、不敬ってヤツだよ!

 やっぱり分からせるために使うか……!


「よし。読み終わったからもういいぞ」

「で? にゃい容は?」 

「ゴホン……「モハンへ。イチゴが沢山できたので、今度送るね——ジイジイより」だってさ」


 イチゴかぁ……。よりにもよって、コイツの前でねぇ。

 

「おいおいモハン! 俺にも分けてくれよ!」

「い〜〜や〜〜! お前の分はにゃい。もう外で食べにゃいもんね〜。ってか、出ていけ! 俺は昼寝をするのだ」


 シッシ、と手を振って追い払う俺に、焼き鳥は背中を向けた。


「ちぇっ。それじゃあなぁ〜、また来るぜ〜」

「もう来んにゃっ!」

「へっへのへ〜」


 焼き鳥は俺を馬鹿にしたように尻を振り、バサバサと飛んで帰っていった。

 

 クッソ〜! いつか俺の爪で、ズバッとひっ掻いてやるからな。

 

「にゃぁ〜〜〜・・・・・・」


 俺は大きく口を開け、耐えられんとばかりに欠伸をする。

 変な鳥のせいで疲れてしまった。イラってしてたけど、もういいや。

 昼寝しよ……。

 

 俺はウンコ鳥が入ってこれないように窓を閉める。

 そしてベットの上で丸くなり、ゆっくりと眠るに落ちた。

  

 夜。開かれたカーテンが月明かりを塞き止めず、家に月の光が入ってくる。 

 虫の鈴のような鳴き声が外から聞こえてきて、俺はその声の主を窓から顔を出して探す。 月明かりが差して薄暗い外を見ていると、一人の影が家の庭に入ったきた。

  

「あ! トーハン帰ってきた!」


 俺は玄関の前に移動し、まるで獲物をくるのを待つように、姿勢を低くして扉が開くのを待った。


「ただいま〜」

「いぇーーーーーいっ!」

「うおっ! ははっ! ただいま〜、モハン!」

「おかえりっ!」


 家に帰ってきた果物農家の父——トハンこと、トーハンに俺は飛び掛かる。

 文字通り飛んできた俺を、トーハンはビックリしながら受け止めた。

 

 そして、手を洗ったトーハンと家事を終えたカーハン。 暇で暇で仕方ない俺の三人はいつものアレを開始した。


「くらえぇ!」  


 俺は手に持った聖剣(木の棒)で悪の親玉をぶった斬る。

 超速で動く俺に、親玉はついてこれないのだ!


「うギャアアアアアアア——……」


 親玉は俺が振るった聖剣の一撃を食らい、真ん中から右と左に二つに分かれる。

 真っ二つになった親玉は汚い断末魔を上げて、物言わぬ死体になったのだった。


「にゃーはっはっはっはぁっ!」

「すご〜い! ありがとう、勇者モハン!」


 俺を手を叩いて褒め称えるのは、悪の親玉に捕まっていた「カハーン女王」

 俺は地に転がる「悪賊トハーン」の亡骸の上に立ち、勝利の高笑いを打ち上げる。


 ——という感じのごっこ遊びが終わり、夕食を摂る。


 食卓に出てきた晩御飯は、シチューと小さく千切られたパン。

 

「それじゃあ祈りましょうね」

「「はーい」」

 

 家族三人は、今日も美味しいご飯を食べられることを、ケット・シー族の生みの親である「猫神」に感謝する。まだかまだか? とキョロキョロする俺に気付いた両親は、クスッと笑った。そして——


「それじゃあ——」


「「「いただきまーす!」」」

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