梨子の突飛な推理

 次の講義まであと20分だ。


 つまり、実質的な制限時間は15分。


 推理を事細かに説明していれば、5分以上は確実にかかるだろう。推理の立証には10分以上かかるだろうから、次の講義の遅刻は避けられない。


 だから、かなり端折った推理をしよう。


 それだけでも、私は准教授からの呪縛から解き放たれることだろう。私はそう考えると、本棚を物色している准教授に声をかけた。


「准教授、この事件の真相をお話ししましょう。」

「……それは自白と捉えてよろしいですか?」


 准教授は本棚を探す手を止め、静かな口調で私を攻め立てる。


「いいえ、私は犯人ではありません。


 ただ、この事件の犯人を言うことは出来ます。」

「ほう、では、2人の教授のうちどちらだね?」

「……どちらも犯人ではありません。」

「はあ? どういうことかね?」

「犯人はこの中にいない!


 ……そういうことですよ。」

 准教授はしばらく黙り込み、溜息をついた。


「では、この密室を抜け出した幽霊のような犯人は誰かね?」

「猫です。」


 私が即答すると、准教授は固まった。しばらく時が止まったかのような静寂が流れた。しかし、その静寂は准教授の笑い声で破られた。


「ははっはは!


 犯人は猫か! それは傑作だ! 


 ……君はふざけているのか?」

「いいえ、いたって大真面目です。


 准教授のUSBを盗んだのは、猫です!」

「証拠は?」

「准教授がUSBを置いた机の皿には、白い毛がありました。そして、換気用の窓は、人が通ることは出来ませんが、猫が通れるほどの大きさです。


 よって、猫がUSBを盗みました。


 推理終了です。」


 私はあっさりと推理を終わらせた。かなり推理を端折れた。1分もかかっていない。


「馬鹿馬鹿しい。そんなこと誰が信じると言うんだね?」

「誰も信じないかもしれませんね。」

「なら、話は終わりだ。」

「ただ!


 この可能性が否定されないなら、私達3人が犯人でない可能性もあると言うことです。


 あの換気窓が空いている以上、この部屋はあなたの言う完璧な密室ではない。


 そうなれば、私達が犯人でないかもしれない。


 だから、あなたは私達を不当な理由で拘束している可能性があると言うことですよ。」

「何を言っているんだ? そんなこと確かめなくても分かることだろう。」

「本当にそうですか?


 才木教授は先ほど、この部屋を出る前はあったUSBが、この部屋に戻ってきた時にはなかったと言っている。


 あなたはそれを記憶違いだと否定したが、犯人が密室に忍び込んだ猫であると言う可能性がある以上、その否定が間違いである可能性が出てきました。


 この中に犯人がいるという推理には穴があったということです。そして、同時に、荒唐無稽に思えた犯人猫説が現実味を帯びてくる。


 つまり、犯人はこの中にいる説よりも、犯猫はこの外にいる説の方が有力なんですよ。」

「……。」


 准教授は黙っていた。


「しかし、准教授が信じることができないのは無理はない。


 ですから、准教授の目にその証拠を見せましょう。」

「どうすればいいんだ?」

「簡単ですよ。


 この講義棟の周りには監視カメラが取り付けられています。もちろん、この部屋の下にも監視カメラがあるでしょう。


 ですから、私の推理が正しければ、その監視カメラにUSBを咥えた猫が映っているはずです。


 准教授の確認が終わるまで、私はこの部屋を出ません。そして、もし私の推理が間違っていたならば、もう一度、私達3人を疑ってください。」

「……分かった。


 その代わり、この部屋に監視の人間を付ける。決して怪しい行動はしないようにね。」


 准教授はそのように言った後、大学の職員室に内線電話をかけた。しばらく会話をした後、電話を切った。そして、電話してすぐに大学職員が駆けつけた。


 その大学職員は人間の監視を頼まれるという、今後起こらないであろうレアな仕事だったので、ものすごく不思議そうな顔をしていた。准教授はその大学職員を見ると、部屋を出て行った。


 そして、制限時間まで2,3分程になっていた頃だった。


 内線電話が鳴り、部屋中に響き渡る。大学職員はその内線電話を取る。いくつか相槌をついた後、内線電話を切った。


「あなた達の容疑は晴れたようです。だから、解放して良いとのことです。」


 私は片手でガッツポーズを取る。そして、時計を見て、制限時間が近づいていることを確認すると、すぐに部屋を出る準備をした。


「ちょっと待ちたまえ。


 ……そのレポートは置いていきなさい。」


 そう言ったのは、天神教授だった。


 私はしばらくその意図が分からずに、固まってしまった。


「いいから置いていきなさい。」


 私は天神教授の意図を計りかねたが、どうせ、締め切りを過ぎたレポートほどいらないものはない。だから、天神教授へ素直に渡すことに決めた。


 私が天神教授へ期限切れのレポートを渡した。天神教授は渡された後に、にんまりと笑う。


 私はレポートを渡すと、すぐに部屋を出て、次の講義へと向かった。





「なぜ、あの生徒のレポートを受け取ったのかね?


 どんなことを言われようとも、期限切れのレポートを受け取るつもりはないぞ。」

「いや、受け取ってもらいますよ。


 彼女は自身の利益を最大にする合理的な推理をした。その合理性に応えるのが、ゲーム理論者としての役目だ。」

「……?


 彼女の推理は簡潔で、物足りないものであったがね?」

「いや、それがいいんです。」

「話が見えないな。」

「そうですね。


 では、話しましょう。彼女が隠したこの事件の真実を。」

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