この中に犯人がいる!

「この中に犯人がいる!」


 そんなミステリーで聞き飽きた言葉を現実で聞くことになるとは思わなかった。


 容疑者である私達3人は、その言葉に鳩が豆鉄砲を食らったように、しばらく黙ってしまった。


「つまり、この中に私のUSBを盗んだ犯人がいる。


 そして、USBもこの部屋の中にある。」

「ちょ、ちょっと待ってください!


 あの、次の講義があるので、もう出ないといけないんですけど。」

「逃がすわけがないだろう!」


 准教授は厳しい口調で私を攻め立てた。


「さっき説明した通り、USBも犯人もこの部屋の中にいる。もちろん、君も容疑者の1人だ。


 仮に、私が君をこの部屋から出したとしよう。そして、この部屋からUSBが見つからなかったとする。


 すると、問答無用で君が犯人だ。」


 私は准教授の鬼気迫る表情に、体をびくつかせる。


「先ほど才木教授が説明した通り、この部屋は、君達3人が入る前までは完璧な密室だった。


 そうなれば、密室が開かれた後に、君達3人が犯人となる。そんな中、犯人の可能性がある人間をこの部屋から逃がせ?


 そんなことをする馬鹿はいないよ。」


 USBをこの部屋に確かに置き忘れたならば、准教授の言うことは正しい。


 今の状況はミステリーで言う所のクローズドサークルだ。


 容疑者である私達はこの部屋の中で起こった事件の容疑者で、この部屋から出入りした人間はいない。


 なら、この中に犯人がいる!と言う推理が成り立つ。


 そして、このクローズドサークルから誰も出さなければ、犯人はいつかぼろを出す。


「じゃあ、あなた達はこの部屋の中でじっとしているようにね。まず、私はこの部屋に隠されているUSBを探す。


 そして、それが終わったら、持ち物チェックだ。後で女性の職員を呼ぶから、体の隅々まで調べてもらう。」


 准教授はそう言って、教授の机辺りを物色し始めた。


 これはまずい状況に見舞われた。


 次の講義まで約25分、急いで講義に行ったとしても5分はかかる。そして、次の講義は1秒でも遅刻しようものなら、減点だ。


 しかし、准教授がこれから始めるこの部屋にあるUSBの捜索はおそらく20分以上かかるだろう。


 そうなれば、私の遅刻は確定だ。


 レポートも出し忘れ、講義を遅刻しようものなら、今日は私の大学生史上最大の厄日だ。


 それだけは避けたい。


 密室に消えたUSBの行方をこの短い時間で、導き出そう。


 私はミステリーを書いているし、前回は逆にミステリーを解いた。なら、今回の現実で起こった謎も解けるはずだ。


 私は心の中でよし! と覚悟を決める。


 私は教授の部屋をきょろきょろと見渡す。部屋は片付いているが、机の上だけは計算用紙が乱雑に置かれている。机の上にはUSBのあった皿が置かれている。皿の上には、白い毛が絡まった部屋の鍵が置かれていた。


 教授は年なようで、白髪が混じっている。なので、おそらくその髪が絡まったものだろう。


 そして、さらに机を見ると、未だ教授は手計算に頼っているらしく、鉛筆の黒鉛が机を汚していた。よく見ると、教授の手は黒く汚れている。これでは触るもの全てに黒鉛の汚れが映ってしまうだろう。


 実際、そのことは近くにあった窓のサッシから確認することができた。窓枠のサッシには、全ての指の指紋がベタベタとあらゆる方向でスタンプされていた。


 窓のレール部分には、白髪がたくさんたまっている。長い期間開かれていないのか、才木教授が窓のレールを掃除していないだけなのか?


 そして、私はその窓を開けようとするが、窓はガタガタと揺れるだけで、開かれようとはしない。どうやら、窓が外側に湾曲しているので、窓が上手く開かなくなっているようだ。私は力を強く入れるが、どうにも開きそうに無い。


 その時、ある違和感を持った。


 私はその違和感の正体は分からなかったが、この窓は少し変だと言うことは分かった。


 私は考えるついでに、窓の外を見る。


 窓の外には2階の赤い屋根があった。その屋根は、細身の人間が身を寄せてようやく立つことができるかどうかの幅しかない。たとえ、この窓が開いたとしても、隣の部屋に戻るなどするのは難しいだろう。


 そして、その屋根をよく見ると、屋根の端にある雨どいに葉っぱが引っ掛かっている。葉っぱは裏が白く、雨どいに固まっていた。最近は雨が無かったし、ここら辺には街路樹が無い。


 この葉っぱは何かおかしい。


 私は考えるために、頭を上に向けると、開かずの窓の上には小さな換気用の窓が開いているのが見えた。


 その窓は決して人が入れるような大きさではなく、せいぜい人の腕が入る程度だ。かと言って、その窓から手を突っ込んで、窓の鍵を開けることは出来ないだろう。


 やはり、何かある。


 私はそう思ったが、その何かがつかめない。明らかな違和感がこの部屋を占拠している。しかし、その違和感が一つにまとまらない。


 私は1つため息を吐いた。


 すると、天神教授は私のため息に合わせるように、才木教授にある質問をした。


「……そう言えば、才木先生。随分、この部屋片付きましたね?


 前は、紙の束やら、本やらが乱雑に積み上げられていたはずですけど、最近は、本は本棚にきちんとしまってあるし、紙の束は段ボールの中に片付けられていますね。」

「そうですね。


 最近は、大学がペーパーレス、ペーパーレスうるさいですからね。」


 嘘だ。


 それが本当なら、手が黒鉛で汚れている理由が説明できない。才木教授は確実に紙で手計算している。


 だが、紙を使っていることを知られたくない理由はなんだ?


 いや、紙が積み上げられていることがまずいのか?


 私がそんなことを思っていると、天神教授がさらに質問を続ける。


「そう言えば、換気の窓が空いてますね。」

「……!?」


 才木教授は天神教授の言葉を聞いて、即座に窓ガラス上部の換気用の小窓を見る。


 そして、しばらく呆然とした様子で、その小窓を見つめていた。


 才木教授はゆっくりと小窓に向けた顔を戻すと、その顔は血の気が引いていた。そして、焦っているのか、自分の顎を手で触る。


 私はその才木教授の行動で、この部屋の違和感がすべてつながり、この事件の真相が見えた。


 そうだったのか。 


 ……なるほど。


 つまり、この私の推理が正しければ


 


 この中に犯人はいない!

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