天神教授の補足推理
「まあ、あなたはこの事件が起こった理由を知っているでしょうがね。」
「……さて、何のことか分かりかねるな。」
才木教授はまだ焦った様子を見せない。
「それじゃあ、話しましょう。
なぜ、猫がUSBを盗んだのか?」
「それは、この部屋の窓の前に来た猫が、換気窓から入って、たまたまUSBを咥えたんだろう。
USBの色は銀色だったから、めざしか何かと勘違いしたんだろう。」
「その通り。
この事件の真相は、猫がUSBをめざしと間違えたから。それだけです。」
「それなら、その推理でおしまいだろう。」
「いいえ。」
「これ以上、何を推理する必要があると言うんだ?」
「猫がこの部屋に入ってきたという偶然の連続についての推理ですよ。」
「……?」
「いいですか。
猫は高い所が好きです。かと言っても、こんな建物の3階までわざわざ来るなんてことは稀です。
そして、猫は窓ガラスの存在をいきなり理解できるでしょうか?
鏡に映った自分を自分と理解できる生物は、片手で数えるほどしかないそうです。
その中に猫は入っていない。
今回はガラスとなればなおさらでしょう。とても猫がガラスの仕組みを短い時間で理解したとは考えにくい。
それに、換気窓は窓の上部に取り付けられていますから、猫は2階の屋根からジャンプをして、入らなければならない。
透明な窓ガラスと上部の換気窓の区別をつけ、換気窓からこの部屋に侵入すると言う思考に至ることができる猫がいれば、天才猫として、テレビ局が黙っていませんよ。
それに、この猫は泥棒としての才能が有りますね。
人間の泥棒であっても、空き巣に入ったならば、部屋を荒らしてしまうことが普通です。
猫がこの部屋に入ってきたならば、なおさら、そこら中を荒らしまわるでしょうね。
例え、猫が目当てのものを見えていて、最短ルートで換気窓から机の上まで来たとしても、この散らかった机の上を何も荒らさずに、歩いたのでしょうか?
白い毛しか残さずに?
つまり、この事件が起こるには、不自然なほど偶然が重なっているんです。
猫が、偶然、才木教授が留守の時間に、偶然、3階まで登ってきて、偶然、窓ガラスを理解できる天才猫で、偶然、教授の部屋を荒らすことなく出て行くスマートさを兼ね備えていた。
そういった偶然の連続が起こってしまったと考えなければならないんですよ。」
「だが、そういう偶然の連続が起こったということだろう。
それに、窓ガラスの件は、天才猫でなくとも大丈夫だろう。
生物には学習と言う本能がある。何度も換気窓を通るように、猫を学習さ……。」
才木教授はいらぬことを口走ってしまったと分かり、すぐに口をつぐむ。
「そうです! 学習です!
この講義棟の3階のこの部屋には、窓ガラスがあり、上部の換気窓からでしか入れず、換気窓から机の上へ最短距離で行けば、餌を食べることができる。
そう言った学習を猫に刷り込んだ人間がいれば、この事件は簡単に説明が付くんです。」
「……それはまるで、私がそれを行ったような口ぶりだな。」
「実際そうでしょう?」
「……証拠は? そこまで言うからには証拠があるんだろうね。」
「ええ、証拠はいくらでもあります。
では、まず、屋根の端にある裏の白い葉っぱについてから考えましょう。
裏の白い葉っぱと言って、考えられるものと言えば、
マタタビです。
マタタビと言えば、猫が大好きであることは承知のことと思います。そして、このマタタビはこの講義棟どころか、この大学構内にも生えてはいません。
果たして、存在しないはずのマタタビの葉がこの屋根の上にあるのでしょうか?
答えは、あなたが置いたからですよ。
もし、この窓ガラスが開いていたならば、手を伸ばせば、屋根の端にマタタビを置くことができる。
そうすれば、猫がマタタビの匂いに誘われて、この3階に登ってくる可能性が高くなる。」
「それは証拠にならないな。
この部屋は私の教えている学生や教員。それに、君まで招いている。
だから、この部屋に入ることができる人間ならば、この窓からマタタビを置くことができるだろう。」
「確かに、この部屋に入ることができれば、マタタビを置くことは出来る。
しかし、この部屋を管理しているあなたにしかマタタビを置く利点はありません。
この部屋を利用するあなた以外の人間が、この部屋に猫を呼び寄せることは出来ますが、呼び寄せる時間が限られます。
たくさんの人間がこの部屋を利用しているということは、裏を返せば、1人になる時間が少ないと言うこと。そんな状況で、わざわざこの部屋に猫を呼び寄せる利点はなく、他の部屋や外で猫を呼び寄せた方が格段に楽です。
しかし、自由に1人になる時間を作ることができるあなたには、利点はある。
この大学構内では、猫に餌付けすることは禁止されています。ですから、わざわざこの部屋に猫を呼び寄せて餌をやる利点はある。
その利点を受けるためには、この部屋の鍵を持ち、自由に密室を作り出すことができるあなたしかいないんですよ。」
「お得意のゲーム理論的な思考だな。
だがね、これは現実の事件なんだよ。現実では、疑わしきは罰せずが基本理念だ。
確かに、その屋根にマタタビを置いた人間として、私が一番疑わしい。しかし、それは状況証拠で、物的証拠ではない。
だから、私を追い詰める証拠とならない。」
「そうですね。
ですが、物的証拠がないとは言っていませんよ。」
「……!」
「物的証拠は、窓ガラス全体です。
3つも物的証拠が残されています。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます