stage.24「父と母にゴ用で~すカ?」

 欲望のままに蠢く亞獣どもに一斉射撃が開始される。唸りをあげて抵抗する化け物に怯む隊員を鼓舞するようにスキンヘッドの男が再び声を張り上げた。


「こいつらはまだ生まれたてだ! 倒すことはできんが我々でも抑えることはできる! 今のうちに一般人を避難させろぉ!!」


 号令を合図にSADの隊員は銃撃で牽制する者と市民を誘導するものに分かれる。統率された動きで瞬く間に混乱を収めていく男たちを、青空たちはクレーンゲームの影から見ていた。


「亞獣を知ってる?」


「あの動き~、訓練されてますね~」


――ふむ、予想外の展開だけど、頼もしいじゃないか。


「でもさ、あーしらますます変身できなくない?」


 SAD隊員の一人がゲームセンターに向かってくることに気付き三人は慌てて顔を引っ込める。


「やば、どーする!?」


「このまま様子見でいいんじゃな~い?」


「でも、黙って見てるなんて……」


 顔を見合わせて相談する青空は不意に肩を叩かれて咄嗟に振り返った。


「貴様ら、何をぼさっとしている」


 軍帽を被った翡翠色の瞳が三人を睨んでいる。ヒョウ柄ビキニの女軍人の登場に、茜は挑発的な笑みを浮かべた。


「あっれ~? 今日は早いんですね~?」


「バジルンルンじゃん☆ おっはつ~☆」


「貴様がソレイユか、話に聞いていた通りふざけた女だな」


「あはは……あの、バジルさん! 人が多くて変身できなくて」


「まったく手間のかかる。仕方ない……私の体に触れ」


 青空は一瞬きょとんとするが、すぐに意図を察して腕に掴まる。それを見て向日葵と茜もバジルの体にしがみついた。


「わ、マジで消えた! すっご~☆」


「なっ! 貴様ら、どこ触って……ひゃんっ!?」


「あっれ~? 可愛い声出ちゃってますよ~?」


「二人とも、その辺に…………あ、すっご」


 わちゃわちゃと揉み合いながらも四人の少女は筐体の間を進んでいく。だが……


「ほんっ……とにっ……やぁ……やめっ……やめろぉぉぉ!!!!」


 目を三角にしたバジルに、半ば突き飛ばすようにプリクラの中に押し込まれ、三人はカメラの前で縮み上がった。


「こ、これで見られないだろ! さっさと変身しろっ!!」


「「「はい、ごめんなさい……」」」


『撮影を始めるよ♪』


 衝撃で誤作動を起こしたのかガイド音声が流れ、三人は反射的にカメラを見つめる。


「じゃ、じゃあ変身しよっか」


「あ、せっかくだしポーズとろ☆」


「え、ちょっと?」


「ほらほら~☆」


『3・2・1……』


 カーテン内が三色に輝き、パシャリという撮影音を号砲にして戦闘スーツを纏った三人の少女が飛び出した。ライフルを構えたバジルは亞獣に向かう少女たちを見送る。


「全く……手間のかかるやつらだ」


 取り出し口から出た、指輪をはめる三人の写真を手に取り、バジルは苦笑いを浮かべるのだった。



♡ ♡ ♡ ♡



 ゲームセンターの入口、人々を背にして一人の男がミノタウロスのような亞獣に銃弾を撃ち続けている。しかし、突然銃が鳴き止んでしまった。


「くそっ! 来るなら来い!!」


 銃を鈍器として構え、男は牛頭を睨みつける。睫毛が以上に長い怪物は隊員に向かって腕を伸ばした。だが!


「もう大丈夫……ですっ!!」


「つけまぁっ!?」


 特急で駆け付けたスカイが、すれ違い様に繰り出した左ストレートで牛頭を吹き飛ばす。錐揉みで宙を舞った巨体はそのまま霧となって消えていき、隊員の前に降り立った青空は小さくガッツポーズをとった。


「やったっ!」


――力のコントロールが上手くなったね。昨日の特訓の成果かな?


「うん! まだ、みんなみたいに涙器は出せないけどね」


 青空が見回すとソレイユは盾、トワは錨を振るってフードコート内を跳びまわり、次々と亞獣を消滅させている。事態は収束しつつあった。


――末期態になる前なら爆発はしない。思う存分暴れるといい。


「ティアスカイ……」


 駆け出そうとした青空だったが、僅かに上ずった声に振り返り、精悍で整った顔立ちの男と目が合う。


――あれ、この人どこかで……。


――校門にいた男じゃないかな?


――そうだ、黒服の! 確か海にも……何者なんだろう?


「杉田! 大丈夫か……!?」


 青空が男の顔をまじまじと見ているとスキンヘッドの男が走ってきた。


「隊長! 彼女が助けてくれました」


「おお、噂のティアスカイじゃねえか。こうしてみるとただのお嬢ちゃんにしか見えねえな」


 ぺしんとおでこをはたいて笑う隊長を青空が怪訝な目つきで眺めていると、今度は親しみ深い声が響く。


「杉田さん! 本当に現れましたね!」


 SAD隊員に守られながら車椅子でやってきた大地を見て青空は目を丸くした。


「大地!?」


 困惑してフリーズした青空に向き直り、大地は笑いかける。


「スカイ、学校で助けてくれた依頼か。あのときはありがとな」


「え? あ、ああ、うん!」


 青空は脳裏にこれまでの光景が一気に再生され、どんな気持ちでいればいいのかわからなくなり曖昧に笑った。一方で、杉田は苦しそうに顔を歪めて頭を下げる。


「大地君、危険なことに付き合わせてしまってすまない……学生の君に」


「気にしないでください。俺たちが望んだことですから」


「どういうこと……?」


「その坊ちゃんの協力でここの地下に化け物どもが隠れてることがわかったんだが……」


「見ての通り、俺たちじゃ歯が立たない。情けないが、君たちが頼りなんだ」


――ほう、そこまで調べていたのか。人間もやるじゃないか。そういうことらしいけどみんな……まあ答えは決まってるか。


 白蛇と、目の前で頭を下げている三人の男たちに向かってスカイは、遠くで戦うトワやソレイユも深く頷いた。


「わかりました。ぶっ潰してきますよ!」


「そうか!! 感謝する!!」


 隊長が顔を上げて、厳つい笑顔をスカイに向けたとき、二度目の爆発が起こる。


「あらあららあラ……ずいぶん可愛がってくれたじゃなイ?」


 爆炎の中から触手を振り乱して現れたバルバロに、一同は息をのんだ。ただ一人を除いて。


「バルバロぉぉぉおおおおおお!!!!」


 絶叫が響いたときには、錨を振り上げたトワが既にバルバロの眼前に飛び出していた。憎き仇を見据えて斧のように振り下ろす。


「あっら~トワちゃン! 今日は元気いっぱいみたいネ!」


 少女の錨は、触手を束ねた腕と衝突し火花を散らした。


「こいつはトワが止める! だから!!」


 バルバロとトワの鍔迫り合いを見つめるスカイの不安げな瞳に、アイアンセラスに跨って疾走するソレイユが映る。


「スカイ! つかまって!!」


 差し出された腕に掴まり、スカイは逆上がりの要領でソレイユの後ろに乗った。トワを振り切り、鉄サイは亞獣を弾き飛ばしバルバロが出現した穴に向かって突き進む。


「ここは私たちに任せて、貴様らはヴルゥムのところへ行け!!」


 穴に飛び込む直前、残る亞獣を一人乱れ撃つバジルの姿が青空の瞳に映った。


――みんな……いってきます!


深く息を吸った青空を乗せた鉄サイは、重力に身を任せて薄緑色に光る底を目指す。


「うっわ~……なにここ、ジメジメしててキモチワル~」


 見た目とは裏腹に軽やかに着地したアイアンセラスの背中で、ソレイユは眉をひそめた。用途不明の機器が並ぶ地下室を、二人を乗せた鋼鉄獣はのしのし歩く。


「さ~て、ワルボスはどこに……」


 不気味な雰囲気にちょっぴり楽しんでさえいたソレイユだったが、部屋の奥に設置された培養槽を見つけ言葉を失った。


「は? うそ……うそでしょこんなん?」


 そこには彼女が探し求めていた、手塚雄一と斉藤ミユキが浮かんでいた。向日葵は、金属質の背中からゆらりと跳び下り、おぼつかない足取りで管に繋がれた二人のもとへ歩み寄る。まるでとりつかれたような姿に、青空が慌てて追いかけた。


「父と母にゴ用で~すカ?」


 薄緑色に照らされた地下室に、若い男の声が反響して二人は足を止める。 培養槽の影から姿を現した有角の亞獣を映し、向日葵の瞳は大きく見開かれた。


「はじ~めまし~っテ! ジブンはレーヴェとジブンはレーヴェと申しま~ス!!」

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