stage.18「ママー、あのおねえちゃん。だれとはなしれるの~?」

「ううぅ……こんなことしていいのかなぁ……」


 小島が並ぶ美しい海岸沿いに設けられた散策コース……に植えられた松の影から青空が顔を覗かせている。車道を挟んだ対岸には観光者向けの土産屋やカフェが並んでおり、制服姿のカップルでにぎわっていた。


――なるほど、デートには最適だね。これはまずそうだ。


 金曜の午後というだけでなく、復旧工事中の駅前から流れてきているのだろう。その人だかりの中、大地の車椅子を押すヘレナに青空は熱烈な視線を送っていた。


「やっぱり、だめ。帰ろう」


――待って、これは二人のためでもあるんだよ。


 背を向けてこっそり立ち去ろうとした青空だったが、カバンからリンドゥが顔を出して立ち止まる。


――二人から亞獣が現れるかもしれないんだ。


「二人から!? どういうこと!?」


 丸く艶やかな瞳を大地に向けるリンドゥに、思わず大きな声をだしてしまい青空は慌てて口に手を当てた。二人は幸い気付いていないようだが、周囲からは奇異の目を向けられる。


「ママー、あのおねえちゃん。だれとはなしれるの~?」

「こ~らっ、指差しちゃだめよ」


 顔を真っ赤にしてへたり込んでしまった青空はさておき、リンドゥはどこか鬼気迫る口調で語り続けた。


――亞獣は、今まさに育っているところなんだ。


「育つぅ?」


――ウイルスみたいなものさ……【亞獣因子フィロファージ】という粒子をヴルゥムが地球に持ってきてしまったんだ。ファージは人間の体内に侵入すると正の感情を貪りエネルギーを蓄える。


「そんな……そのファージっていうのは、なくせないの?」


――無理だね。発生源をどうにかしない限り……。ともかく、十分に育ったファージを保有している知的生命体同士が好意的な接触をすると亞獣のコア【亞獣結晶カポック】が形成されるんだ。


「好意的な接触……?」


 眉を八の字にして首を傾げる少女を、白蛇は身をよじって見つめた。


「ちゅ~だよ、ちゅぅ~」


「へ!?」


――宿主の喜びが強ければ手をつなぐだけでも生まれるけどね。要は想いと行為の相乗効果だよ。逆に、接触が深ければ想いが弱くても生まれる。


 頭で何となく理解しつつも気持ちの理解が追いつかず赤面する青空を呑み込むように、リンドゥはまくし立てる。


「ふ、ふかいって……!?」


――つまり、もっとも発生する危険が高い行為は……


「わ、わかった! ちょっと黙って!??」


 気が付くと青空はリンドゥを鷲掴みにして雑巾でも絞るように締め上げていた。


――あはは、キミが聞いたんじゃないか……ん? 二人が建物に入っていくね。


「えっ!?」


 振り返ると、「かまぼこあり〼」と書かれた立て看板の店にヘレナが何かを話しながら車椅子を押して入っていく。青空はズボっとリンドゥをカバンに雑に突っ込んで慌てて駆け出すが……


「ふぎゃふんっ!?」


 前方確認を怠り、エアバッグのような膨らみに正面衝突して尻もちをついた。


「いった~……ごめんなさぃ!?」


 頭をさすりながら顔を起こすと、はち切れそうな白いシャツが目に飛び込み、青空はぽかんと口を開く。ネクタイの制服をお洒落に着崩した、菜の花色のショートカットがじっと青空を見下ろしていた。前髪は右が長く、左側は編み込んだアシンメトリーになっていて、そのド派手な容姿は少なからず威圧感を与える。


――やっば! ちょっと怖そうな子に……!


 かつてないほど目をしばたかせる青空だったが、ギャルはアクセだらけの腕をそっと差し出した。


「ごっめ~ん!! 立てる??」


 青空が恐る恐る手を取ると、綺麗な睫毛まつげの少女は目を細めて人懐っこい笑みを浮かべる。かと思うと、目にもとまらぬ速さで手を合わせて頭を下げた。


「あーし人探しててさ、前見てなかったわ……マジごめん!! ケガとか、してない??」


「え!? うん、大丈夫だよ! こっちこそ、ごめん」


――なんだぁ、ジュンより派手だからビビったけどいい人だ~。


 青空はほっとして頬を緩め、顔を上げたギャルも柔らかい表情になる。だが、その目は大きく見開かれた。


「その制服……」


 ギャルが突然、肩を掴んでメンチを切ってきたので、青空の目は自由遊泳を始める。


「うぇ!? ど、どうかした?」


「ねえ、あんたミーとユーと同じ学校っしょ!?」


――ミー、ユー……英語?


 一瞬、きょとんとした青空だったが、すぐにその名が示す人物に心当たりがあることを思い出した。


「ミー先輩のこと? 彼氏と行方不明になってるって噂の斉藤ミユキ先輩」


 青空の口から友人の名前が飛び出すと、ギャルは目を輝かせて手を握りしめ、顔を鼻の先がぶつかりそうなほど近付ける。


「やっぱし!? ねえ、なんか知らない? なんでもいーからさ!」


「ちょっちょっと待って! あなたは、なんなの!?」


 ようやく青空が戸惑っていることに気付くと、ギャルは慌てて手を離した。さらには腕を後ろで組むと、急にしおらしい態度になる。


「あ、あーし? あーしは、拒犀きょせい向日葵ひまわり……二人の、ともだち」


――ふ~ん、なるほどねぇ。


――リンドゥ? どうかしたの?


 リンドゥがなにやら含みのある言い方で呟き、青空は無意識にカバンに目を向けた。


――青空、この子に協力してあげたらどうだい?


――え? いや、言われるまでもないけど……。


 青空は首を傾げると向日葵に向き直り、かしこまった口調で話しかける。


「向日葵さん、ミー先輩はわたしも知ってます。手伝わせてください」


「マジで!? ありがと……ってかなんで急に敬語?」


 向日葵は胸の前で小さくガッツポーズをとると、くすりと笑った。


「いや、ミー先輩の友達ってことは年上じゃないですか」


 指を絡ませ、もじもじと話す青空を見て、向日葵は溜まらず噴き出す。


「あははっ! いいっていいって、タメの方が楽っしょ?」


 青空は、目の前にいる存在が自分とはかけ離れた存在に思えて呆気にとられる。だが、どことなく想い人の輪郭と重なっていた。


「あんたウケル☆ 名前なんてーの?」


「波蛇青空だよ……よろしくね、向日葵……さん」


「ヒマでいーよ☆ アオちん☆」


「アオちん!?」


 名は体を表すとはよく言ったものである。目の前のギャルはまさしく向日葵のように晴れやかな笑顔を浮かべるのだった。


「えと……ヒマ、は、ミー先輩を探してここに来たんだよね?」


 半ば圧倒されながら青空が聞くと、向日葵は勢いよく対岸の店を指差す。


「ミーとユーが最後にいたのが、あのカフェっぽいの! なにかわかると思って」


 青空は、彼女の指先を追って血の気が引いた。


「あの店って、大地たちが入ったとこじゃ――」


きゃーーーーーー!!!!


 突然の甲高い悲鳴。それは、二人の視線の先から響いた。


「まさか、亞獣!!??」

「ちょっ!? アオちん!!」


 脳が最悪の光景を弾き出し、車道に飛びだそうとする青空。


か~わ~い~い~~~~~~!!!!


「は……?」


 だが、店内から姿を現したのは、なんか丸っこくてふわふわした着ぐるみのようなシルエットだった。小学生がすっぽり入りそうなサイズのそれは、2mくらいのバーベルを抱えて、てちてちと緩慢な動きで路上を歩いている。


「まそ~っ!!」


 それは鳴き声(?)を上げて、バーベルを槍のように突き出した。


「なにあれ、チョーカワイイんですけど☆」


 ついでに向日葵も黄色い声を上げた。


――生まれてしまったか……。


――え?


――亞獣だ。


「あれがぁ~!!??」

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