stage.17「ああ? なんだお前らもアイゼツなんちゃらに夢中なのか?」

「うっそ、青空マジで知らないの!? ちょーバズってるんだよ!?」


 シーンは切り替わり、画面の中のスカイは容赦なく語り続ける。『美少女戦士ティアスカイ 名言集』と銘打たれたショート動画の再生数は既に10桁を超えていた。


『わたしの想いを……「恋」する気持ちをあなたに教えてあげる!!』


「名言キターーーー!! スカイ様、マジ激カワ!!」


 青空が憤死寸前であるとは露知らず、大興奮のジュンは野太い叫びをあげる。


「ジュン~、また見てんの?」

「だってウチらの救世主じゃん! これもナマで見たかった~」

「トワちゃんも小っちゃくてカワイかったよね~」

「オレはバジル推しだな。動画で見たけどきつそうな感じがいい」

「いや聞いてねえって~」


 和気あいあいとアイゼツティアに想いを馳せるクラスメートを前に、青空は口から煙を吐き出してフリーズした。


――なるほど。生徒たちが話していたのは、キミたちだったんだね。


「な……なな……」


 あわあわと口を開いてふらつく青空の肩がガシッと掴まれる。顔を上げるとヘレナが満面の笑みを浮かべていた。


「オーッホッホ! 我らがスカイさんは誰もが知るヒーローなんですわ~!!」


 学院は、世界は、突如現れ怪物から街を守った少女たちにお熱だったのである。苦笑いを浮かべて俯く青空の目に、スマホを机の上に置く大地の手が映った。


「動画がSNSで拡散されてから大騒ぎになってんだよ。ほら」


 画面には『突如舞い降りた麗しの戦士、アイゼツティアの正体に迫る!!』という見出しのネット記事が映っている。自分の顔がばっちり納められた写真が載せられていることに気付き、青空は目をかっぴらいた。


――心配ないよ。認識阻害は記録媒体を通しても効果は消えないから。


――そういう問題じゃないっ!!


 リンドゥの的外れな励ましに、青空はかばんを睨みつける。そのとき、背後から、どこか気だるげな男の声が響いた。


「朝礼すっぞ~、席につけ……ああ? なんだお前らもアイゼツなんちゃらに夢中なのか?」


 扉からぬうっと入ってきた長身だが猫背の男は、頭を掻きながら教卓に上がる。欠伸をしながら名簿を開いた彼こそ、青空たちの担任、神崎かんざき忠太ちゅうたである。いつもはチャイムぎりぎりで現れる彼の登場に、生徒たちは呆気にとられた。


「ねずっち~、まだ鐘なってないよ?」


「前倒しでやれって言われたんだよ。あとその呼び方禁止つったろ佐久間……」


 眠そうな瞳で射抜かれ、談笑していた生徒たちは、すごすごと持ち場に戻っていく。一方で、ヘレナに続いて窓際の席に座った青空は胸を撫でおろしていた。


――助かった~! 恥ずかしくて爆発するかと思ったよ……。


「前倒し? 何か用事ですの?」


「あ~礼拝の時間を伸ばすらしい。なんとかティアに感謝をささげるとかなんとか言ってたな……じゃ~点呼とんぞ~、相川……」


――ん? んん?? 今、なんて????




♡ ♡ ♡ ♡ 




「……ということで、みなさんも健気な彼女らを見習って隣人を思いやれる人間になりましょう」


 パイプオルガンの音色に耳を澄ませ、生徒たちはオーク材の腰かけで祈りを捧げる厳かな礼拝堂。だがしかし、今日の教壇には晴れやかな笑みを浮かべて手を取り合うトワとスカイの写真が、でかでかと映し出されていた。


――どこから持ってきたその写真~~っ!!


 アイゼツティアへの賛美は約30分にもおよび、今では全校生徒は勿論、教師たちもが涙ぐんでいる。青空はスカートを強く握りしめ、ひたすら耐えていた。


「それでは、みなさん。白き夜があらんことを……」


 白いローブを纏った女性は最後に両手を広げて祈りを捧げると、ゆっくりと教壇を降りていく。生徒たちも静かに立ち上がり校舎へとのろのろ歩きだした。


――ふぅ~……やっとおわった。


 列に続く青空は大きな溜息をついたが、教室に戻り一時間目の宇宙物理学の授業が始まり、受難がまだ終わっていないことに気付く。


「みんな、スカイちゃん見た!?」


――ひ、ひぃぃぃいんっ!!


 その調子で、教師たちは悉く開口一番アイゼツティア、休み時間には生徒が噂話と、青空は耳を引きちぎりたくなった。七時間目のシミュレーションで乗るマシンが本気で棺桶に見えるくらいである。


「やっと……かえれる」


 終業の鐘が鳴り、青色吐息で円形のハッチから這い出た青空はよろよろとカバンを取った。そして、無意識に大地が乗ったマシンに目を向ける。そして、気づいた。


「大地……」


 彼は汗だくになりながら、車いすに乗り換えている。


――やっぱり、無理してたんだ。


 思ったときには青空は駆け出していた。


「大地、大丈夫なの!!」

「大地、大丈夫ですの!!」


「「あっ」」


 青空とヘレナは、大地の前で顔を見合わせて固まる。そんな二人を見た大地は目を見開き、噴き出した。


「ぷっ……あははっ」


「ちょっと!? ワタクシたちは心配してるんですのよ!!」


「はは、悪い悪い」


「大地、でも……」


「こんなんで、立ち止まってられないからな」


 大地は自分のギプスに巻かれた左腕を見て神妙な顔つきになり、今度は青空の顔を見て笑顔を浮かべる。


「ソラ……覚えてるか、小1の天体観測」


「ふぇ!?」


 それは青空にとっても印象深い出来事だった。懐かしい思い出が温かく二人を包むが、ヘレナが寂しそうに笑っていることに、青空は気付いてしまう。


「俺はあのときに……」


 彼女は、大切な宝物にヒビが入っていることを本当は知っているのだ。


「ねえ!! ヘレナ知ってる??」


 だから、大仰な素振りで無理にでも背を向ける。


「な、なんですの!?」


「大地ね! そのときヒルに噛まれた跡が今も残ってて……ハートの形に」


 思わず口をついて飛び出したのは意味不明でとりとめもない話だった。だが、奇しくもそれが、ひび割れを大きくしてしまう。


「あっ! おへその下の痣はそういうことだったんですのね!?」


 ヘレナがパンっと両手を叩いた瞬間、青空の瞳は開いたまま閉じなくなった。


――え? なんで……? なんでヘレナが知ってるの?


 それは、ほんの小さな痣。知っているのは大地の家族ぐらいで、青空もその場に居合わせたから知っているに過ぎなかった。それをヘレナが知っているという事実は、亞獣という怪物の実在よりも重い衝撃となって青空にのしかかる。


「ちょ、二人ともやめてくれ」


「どうしてですの? とってもかわいいですわよ」


 目の前で楽し気に話す二人を青空は見ているしかできなかった。自分の時間だけが止まって、世界に取り残されていく。そんなことを思った。


「だから嫌なんだって。頼むから忘れてくれ……」


「ごめんなさい。生憎、一度見たものは忘れられないのですわ~」


――見たんだ。じゃあ……やっぱり。


 三度みたび、青空の脳裏に不埒な考えが浮かぶ。今度は過ぎ去ることはなく、確信としてずっしりと胸に落ちていった。心はどこかに飛んでいき、二人が話している言葉も聞き取れない。


――まあ、そうだよね。恋人だもんね。わたしがどうこう言うことじゃないし。


――青空、そうと決まったわけじゃないさ。


――リンドゥ……でもわかんないじゃん。


――じゃあ、自分の目で確かめてみればいい。


――え?


――放課後、二人を尾行しよう。ボクも少し気になることがあるからさ。


 脳に響く白蛇の囁きは、誘惑するように甘く香っていた。

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