stage.16「ううっ、確かにこの感触はアオですわ!!」

 自室のベッドに寝転がり、波蛇なみだ青空あおぞらはスマホの画面とにらめっこをしている。画面にはトークアプリ『LOVEラブ』のグループチャットが映しだされていた。


大地【ソラ、今どこにいるんだ。ヘレナも心配してるから無事なら返信くれ】19:24


Helena【生きてますわよね!? 大丈夫ですわよね!?】19:25


22:46【ごめん!いつもの店でマリトッツォ食べてたらでっかい怪獣が出てきて大変だったの!!】

22:48【てか学校にも出たんでしょ!?ニュースで見た!!大丈夫!!??】


 数時間前、謎の器具の治療を受けてからの主な出来事は三つ。


 ひとつ、動けるぐらいに回復してとりあえず帰宅。が、心配して待ち構えていた母にこってり絞られる。


 ふたつ、風呂場に強制連行。入浴後、夕食を食べながら事情を話し、落ち着いた頃にやっと二人からのメッセージに気付く。


 みっつ、そして慌てて送信したのが二時間前。だが、未だに既読表示すらついていない。


「へんじ……こない……」


 ほのかに潤んだ瞳を閉じて、少女は枕に顔を埋めた。あらゆる推測が現れては消えて呻き声を洩らす少女を、犬のぬいぐるみ……と白蛇が見つめている。


――なんで? なにかあった……? いやきっと大丈夫。でもだとしたら、まさか……。


 時間は深夜0時を回っていた。疲れと眠気と心的ストレスでショート寸前の青空の頭に不埒な考えが一瞬過る。


「ないない! 付き合って二日だよ!? あの二人がそんな、ありえないよ!!……でも、もしかすると今頃……うわぁぁぁあああああああ!!!!」


 青空が枕を抱きしめ、ごろごろとベッドを転げまわり、よけるようにリンドゥは翼をはためかせた。


「ああああああいだぁっ!?」


 勢いあまって落下してピクピクと震える青空を、呆れたような感心したような、まん丸に開いた瞳でリンドゥが見下ろす。


「そんなに心配ならぁ~、明日聞いてみなよぅ~?」


「いつつつっ……うるさい、っていうかなんでウチにいるの?」


 のそりと起き上がった青空は目を薄く細めて、頭上で浮遊しているリンドゥを見つめた。ため息をつきながら枕をぽんぽんと払うと、ベッドに戻り横になる。


「いつもはトワの家だけどぉ~、キミが心配だったからねぇ~」


「ふ~ん、まあいいや……疲れたから寝る」


 青空は乱暴に紐を引っ張り電気を消すとガバっと布団を顔に被った。ふよふよと降り立った白蛇は、とぐろを巻いて少女を見つめている。その瞳は、まるで子を見守る親のように慈しみに溢れていた。


「おやすみ、青空……」




♡ ♡ ♡ ♡




「え、なにこれ?」


 翌朝、寝坊寸前で目を覚ました青空は校門前で愕然と立ち尽くしていた。いつもは生徒会が挨拶をしている場所に見知らぬ黒服の男が立っていたからである。しかも……


「おい、昨日の見たかよ?」

「見た見た、かっけえよなぁ」

「んー西城、壁紙変えた? 前はジキルとかいう」

「ふおぉぉ! ヒロミ氏も興味があるのくぅぁ!? ならば某とバーチャルブートキャンプに――」

「いや、いい」

「いたひっ!」


 彼女以外の生徒はミジンコほども気にも留めていなかった。


――なんでみんなスルーできるの? まさか、わたしにしか見えてない……?


 カバンがもぞもぞと動き、ファスナーの隙間からリンドゥが顔を出す。青空の様子が気になると言ってついてきていたのだ。


――大丈夫、ボクにも見えてるよ。


「ちょっ!? 顔ださないでってば」


 青空は気付いた瞬間、手で抑えてひそひそ声で注意する。


――ごめんごめん。感覚共有は完璧じゃないからさ、自分の目で確かめたくてね。


「まったく……」


 リンドゥが戻ったことを確認すると、また出てこないように青空はファスナーを完全に閉じた。ふうっと息をつきながら、昇降口に歩いていく。横を通ったときも黒服は表情ひとつ変えないので怖かった。


「ん~? なんか今日は、みんなソワソワしてる?」


 青空はローファーを脱いで黒のソックス一枚になった足を、じわりと簀の子すのこに乗せて、下駄箱の上履きに手を伸ばす。


――亞獣が暴れて、昨日の今日だからじゃないかな。


 青い紐のバッシュをぽとっと足元に落とし、少し踵をつぶして横着に履いてから、トントンとつま先でタップして歩きだした。


「まあ、そっかぁ……」


 話に夢中のグループと何度かすれ違っているうちに、『2-A』と書かれた教室の前に辿り着く。


「おはよー……あっ」


 ガラガラと扉を引いて中に入った瞬間、青空は金髪の少女と目が合った。廊下側一番前は本郷ほんごう大地だいちの席、ゆえに彼女がいることは容易に予測できたはずである。しかし、寝起き+膨大な新情報で青空の頭は回っていなかった。青空は昨夜の記憶が蘇り思わず目を逸らす。


「アオーーーーー!!!!????」


 が、闘牛のような勢いで抱き着かれ、後ろめたさごと吹き飛ばされそうになった。ヘレナは追い打ちとばかりに、全身をペタペタと触りはじめ、青空は目をパチパチ瞬かせる。


「本物? 本当にアオなんですの? 無事だったんですのね!?」


「ちょっ、ちょっと! どこ……触ってるの!?」


「ううっ、確かにこの感触はアオですわ!!」


 教室の入口で全身をまさぐられ、顔から火がでそうな青空だったが、ヘレナの気持ちも無碍にできず、俎板まないたの鯉を見習ってただ耐えていた。


「ははは、元気そうだな」


 春風よりも爽やか声が真横から響き、ただでさえ赤かった頬がリンゴよりも赤くなる。何より待ち望んでいた音だった。


「おはよっ、ソラ」


 いつものように歯を見せて笑う大地の姿に、青空の瞳が輝く。だが、彼が座っているのが車いすであることに気付き、途端に顔が強張こわばった。


「大地……それ」


――わたしのせいだ。


「ああ、これか? 機関の医者は大袈裟だよなあ」


「機関……?」


 ヘレナは青空から手を離して、腕を組む。


「学院に現れた怪物について、政府の方々が調査にいらしたんですの。大地が大怪我していると知ると、すぐに治療してくれたんですわ」


「そのついでに、夜中まで話をさせられたけどな」


 苦笑いを浮かべ、なんでもないような調子で話す大地に、青空の胸が締め付けられた。


「こんなの大した怪我じゃねえよ。だから、そんな顔するな」


――うそばっかり。

 

「そっ……か、大変だったんだね。ヘレナもついていったの?」


「ああ、俺一人でいいって言ったんだけどな」


「ダメですわ! 一人にさせませんから」


 ヘレナが机に手をついて大地に迫る。ただ見るだけのことが耐えられず、青空は目を逸らした。


「それでLOVEが見れなかったんだね」


「ああ、悪い……疲れてすぐ寝ちゃったんだ。今朝気付いて送った」


「え? ああごめっ、朝急いでたから……あ、スマホ忘れた」


 がさがさとカバンの中を漁る青空の動きに合わせて、リンドゥは器用に身をよじる。


「まじか、ほんと……おっちょこちょいだな」


「ということは……スカイさんの件についても」


『スカイ』というワードに、青空の眉がピクリと動いた。だが、彼女よりも先に反応して、電光のような俊敏さで近づいてくる影があった。


「スカイ様の話した!? したよね!! 見て見て、ウチの一押し!!」


 ギャルの佐久間ジュンは、横にしたスマホを青空たちに向ける。画面にはとあるニュース映像の切り抜き動画が再生されていた。


「がっ……!??」


『わたしはスカイ……ティアスカイ! 泣くのはもう!! わたしだけでいい!!!』


 競泳水着のような戦闘服で、勇ましく名乗りを上げるティアスカイもとい、波蛇青空の声がクラスに響き渡る。青空は逃げ出したい衝動を必死で抑えて乾いた笑いを浮かべた。


「あはは、ダレこれ? かっこいいねー」


――ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!????? 全世界にわたしの恥ずかしい姿がぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!

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