stage.13「え、なに? 普通にキモイんだけど……」
遥々たどり着いたのは、
「まだ……やれたのにぃ」
「こっちだ」
未だ拗ねているトワの手を引いて、バジルはスタスタとガードレールに沿って用水路の脇を進んでいく。数歩もすると、道路の下をくぐる箇所で足を止めた。
「あ、ここ……ザリガニトンネルだ」
駆け寄った青空は、幼い頃に大地と遊んでいた思い出の場所であることに気付き、無意識の微笑みを浮かべる。
「ここがぁ~入口だよぅ~」
バジルの軍帽から飛び出たリンドゥの頭がくいっと下を差し、青空は思わず口をへの字に曲げた。
「はぁ? いやいや、こんな狭いところもう入れな――」
手を横に振る青空だったが、バジルがガードレールに左手をかざすと「フオン」という駆動音がして川が割れるのを目の当たりにして、口をあんぐり開かざるを得ない。用水路はみるみる変形していき、道の下には地下へと続く階段が現れた。
「よし、ついてこい」
バジルはトワを連れて用水路(だった溝)に軽やかに跳び下りると、呆気にとられる青空を置いて、さっさと穴の中に降りていってしまう。
「どうした? 早くしろ!」
「は、はい!!?」
闇の向こうから響く少しくぐもった声に促されて、青空は一旦疑問をしまい込み階段の前に足を降ろした。しっとりと濡れた入口をくぐると、中は思いのほか広くて感嘆の息を洩らす。
「わぁ、ん? 奥がぼんやり光って……ととっ!?」
慌てて駆け降りようとした青空は数段下ったところでつまずいた。そのまま斜め下に向かって綺麗に落下していく。
「ひええええええ!! ふべっ!?」
魚雷の如く階段の下まで到達した青空だったが、幸いにも非常に柔らかいクッションに突っ込んだことで無事だった。もっとも、心の方は
「全く……そそっかしい奴だな」
叫び声に気付いて抱き留めたバジルの冒涜的な谷間に、少女の頭は無惨にも飲み込まれていたのだった。
「ぶはっ! 何を食べたらこんなに!!……じゃなかった。ありがとうございます」
思わずツッコんでしまった青空は照れくさそうに笑う。しかし、バジルはそっぽを向くとさっさと歩きだしてしまった。
「き、気を付けたまえっ!」
小さな
「怒らせちゃったかな……それにしても、田んぼの下にこんなのが」
目の前には、病院や宇宙船を彷彿とさせる真っ白な通路が伸びていた。滑らかな壁面はライトで照らされていて、地下とは思えないほど清潔感がある。青空は気を取り直し、先を歩く二人を追いかけた。
「ね、ねえ! ちがくて……その、なんでそんな格好なのかなって思っただけなの」
青空は、歩くたびに上下にばるんばるんと揺れるバジルの胸部を怪訝な目つきで見つめる。
「ああ、そのことか」
「まさか……リンドゥの趣味?」
「違うよぅ、むしろキミたちの思考がベースだよぅ~」
軍帽から顔を出した白蛇を、青空は虫を見るような目で射抜いた。
「わたし、こんな格好したくないんだけど……?」
「ですよね~」
「だろうな……」
「え?」
揃って眉をひそめるトワとバジルの顔を交互に見てから、青空は、じいっとリンドゥの瞳を睨みつける。
「ふふぅ~、言っただろぉ~? キミたちは負の感情をエネルギーに変換して戦っているんだぁ~」
「つまり、ストレスを感じるほど強くなる……らしい」
「は?」
「そうだねぇ~……例えばぁ~体育の授業の直後は汗びっしょりになるよねぇ~?」
「え、なに? 普通にキモイんだけど……」
青空は片目を引くつかせ、割と本気で軽蔑のまなざしを向けるが、白蛇は
「そのときにぃ、本郷大地が接近してきたらどうだいぃ~?」
「絶対に嫌! 恥ずくて死ぬ!!」
「だよねぇ~? そのドキドキした感情が力になるのさぁ~」
両手を握りしめ赤面する少女を見つめて、白蛇は満足げに微笑む。
「はぁ……例えも理屈も最悪だけど、なんとなくわかった」
「ゆえに、戦闘力の底上げのため羞恥心を刺激する格好になるのだ。決して痴女ではない」
飲み込みがたい現実を無理に飲み込み、青空は溜息をついた。
「だから、こんな……」
「トワは諦めちゃいました~……あっ、着きましたよ♡」
俯きトボトボ歩く青空だったが、トワに釣られて顔を上げると一変して目が輝く。四角かったり丸かったり様々な装置と操作パネルが並ぶ円形のホールが眼前に広がっていたのだ。
「すごいっ! まさに秘密基地じゃん!」
「ここまで来れば安全だろう。私は失礼する」
大興奮の青空をよそにバジルは片手を上げると、回れ右をして通路を逆戻りしていく。
「ん~、ありがとねぇ~」
リンドゥは軍帽から飛び出すと羽をはためかせ、青空の横で足早に立ち去っていく背中を見送った。
「いっちゃった」
「仕方ないさぁ~、仕事があるからねぇ~」
青空が「へえ」と生返事をして振り返った直後。青い競泳水着のようなスーツが淡く光って弾けた。
「いぎぃっ!!?」
刹那、全身が内側から食い破られたと錯覚するほどの激痛が駆け巡り、青空の意識が遠のく。制服姿に戻り口元を唾液で濡らした少女を、もう一人の少女が抱きしめる。
「たいへんっ!!」
トワは痙攣する青空を横抱きにすると、フィルターに覆われたベッドのような装置に急いで運び、彼女を寝させた。迅速かつ正確な動きでパネルを操作すると青空の顔が少し穏やかになる。
「な……なに……これ……」
――それも伝えたはずだ。指輪で誤魔化していた負荷が一気に戻っただけ。トワ、看病してあげてくれ。
「も、もちろん……服、脱がせますね」
トワは、ブレザーのボタンを外すと青空の上体をそっと起こして右袖から脱がせた。表情はいつにもなく真剣であり、心なしか口調からも棘が抜けている。
「あっ……だめ……」
「ごめんなさい。でも背中、怪我してたから」
「だ……だめっ……みないで」
青空は顔を尋常ではなく引きつらせてフルフルと首を振るが、トワはシャツのボタンに指をかけて、薄っすらと笑みを浮かべた。
「だいじょうぶです」
赤く滲んだシャツがゆっくりと脱がされ、白い肌が露わになっていく。青空の目には、涙が浮かんでいた。亞獣の爪が突き立てられた背中の傷は、指輪の力で塞がりかけていてさほどグロテスクではない。しかしながら、青い髪の少女の背中には
「き、気味悪いよね……生まれつきで……この
肩を揺らし涙を零す青空の背中を、トワはぎゅっと抱きしめる。
「しってます」
耳元で囁くと、少女の体は赤く輝き、セーラー服姿に変わった。不安げに振り返る青空の瞳に、屈託のない笑顔が映る。波蛇青空は、その少女を知っていた。
「あかね……ちゃん?」
「はい。あたしは
目の前で頬を赤く染める表情が、雨の中で泣きじゃくる少女と重なる。ある日、目を腫らして神社にお参りに来た茜を、青空は慰めて話を聞いてあげたのだ。それ以来、茜はよく神社に遊びに来ては恋バナに花を咲かせている。
――あの子が、アイゼツティア?
「恩返し……させてください」
茜は、目と目がくっつきそうな至近距離で小悪魔のような笑みを浮かべた。
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