stage.12「……私は、まだ24だっ!!」」

「貴様らぁぁぁぁ! なぁにを手こずっている!!」


 バジルと名乗った軍服ビキニの女性は眉間にしわを寄せ、青空たちを指で射抜く。周囲の銃は光となって弾け、夜空を束の間だけ彩った。その花火の中を、バジルは靴底がうぐいす色に光るブーツで歩いている。空中を階段のように降りてくる姿に青空は目をぱちくりさせた。


「この人どこから……ていうか浮いてるよ!?」


――彼女のブーツは特別製でね。ポジティヴィウムネガティヴィウムの力の反発を利用して力場をつくっているんだ。


 リンドゥの解説を聞いても、青空の顔には疑問符が浮かぶだけである。チベットスナギツネのような表情で固まる少女の前に、コツコツと足音が聞こえてきそうな所作でバジルが降り立ち、眉を吊り上げた。不機嫌そうな仏頂面に、トワは片目を細めて弱々しい笑みを浮かべる。


「また遅刻ですよ~? アラサー軍曹さん……♡」


「し、仕方ないだろう! 用事があったんだ。それと……私は、まだだっ!!」


 バジルが指をそれぞれ二本と四本立てた両手をトワに突き出し、頬を僅かに紅潮させた。張り詰めていた空気が一気に緩んだことで青空が口を開く。


「えっと、バジル?さん? トワちゃんとはどんな……」


「私は二人目の適格者だ」


「つまり~、トワの後輩♡」


 バジルに向けた指を回して、ころころと笑うトワの甘い声が、青空の口角も引き上げていく。


「ふ~ん……仲いいんだね」


「そ、そういうわけではないっ……」


 バジルは帽子のツバを摘まんで顔を背けてしまう。青空は二人の関係を掴みかねて小首を傾げた。そのときである……


「いやぁン! 死んじゃうかと思ったワ!!」


 地を揺さぶるほどの重低音が響き、瞬時にバジルが振り返る。砂ぼこりの向こうには、触手を四方八方に伸ばしたバルバロが、黒き卵を赤子のように抱いて立っていた。自身に迫る銃弾を粘性の高い触手ではじき軌道をそらしていたのである。


「もうちょっと、楽しめるかしラ?」


 尚も健在な宿敵の微笑にトワの顔が再び歪んだ。


「軍曹!!」


理解わかっている! エンゲージ!!」


 バジルが左手の指輪を胸にかざすと、深淵の如き谷間から古風なセミオートライフルが現出した。引き抜く動作からシームレスに射撃体勢をとり、アンモナイトの殻に覆われていない口元を狙って発砲する。しかし……


「あラ……なぁに、豆鉄砲かしラ?」


 バルバロは、たった二本の指で銃弾を摘まむと退屈そうに首を振った。


「ちぃっ! しぶといタコ野郎めっ!!」


 臆することなくバジルは撃ち続ける。だが、弾丸は摘まむか弾くか躱すか、バルバロは銃声に合わせて触手を蠢かせ、ダンスのように悉く防いでしまう。しかしながら一丁の銃で射撃を繰り返す規則的ながら愚直な攻撃に、流石の青空も首を捻った。


「なんでさっきみたいに一気にバーッとやらないんだろ……」


――【涙器ティアーズ・ギア】はネガティヴィウムで作られた消耗品だからね。彼女の場合、弾丸も形成するからエネルギー消費が激しいんだ。


 相変わらず横文字の多い説明台詞に青空はさらに首を傾げた。


「つまり、限界が近いってことですよ~……だからトワがぁ!」


「あっ、無理しちゃだめっ!」


 トワがまたも青空の腕を押しのけて、一歩二歩踏み出す。しかしバルバロは毛ほども関心を示さず、瞳孔を真一文字にして溜息をついた。


「う~~~ん、この程度なノ? やっぱり飽きちゃっタ」


 言い終わらないうちに、バルバロはきびすを返してビルの屋上に向かって跳び上がる。触手がうねる筋肉質な背中にトワが手を伸ばし、バジルは最後まで銃弾をぶち込んだ。


「まてぇ……!!」


 だが、少女の叫びと銃撃の追跡もむなしく、触手の怪人はビルの向こう側にあっさり消えてしまう。直ぐに追いかけようと駆け出すトワをバジルが腕をかざして制止した。


「じゃましないで!」


「これ以上の戦闘は愚策だ。死にたいのか?」


 バジルは冷静沈着な瞳で赤く明滅する指輪を一瞥し、もはや継戦が不可能であることを諭す。青空もトワに伸ばした左手が青く瞬いていることに気付いた。


「でも……」


 諦めきれないトワがバジルの腕にしがみついたときである。突然、三人にスポットライトが当てられた。


「わわっ……まぶしい、今度はなに?」


 手で顔を覆いながら青空が見上げると、バタバタと旋回音を鳴らして上空をヘリコプターが飛んでいる。機内からマイクを持った女性が身を乗り出し、興奮に血管を浮き上がらせた顔を覗かせていた。


「ご覧いただけましたでしょうか! 突如出現した不明生物は、三人の少女により撃退されました!!」


 スカイたちと亞獣の戦闘は中継され、全世界のお茶の間にお届けされていたのである。さらに緊急車両も続々とやってきて駅前は騒然となった。


「怪我してる方はいませんかー!!」

「こっちの瓦礫見てきます!」

「そこの嬢ちゃんたち! 今助けるからなぁ!」


――人が集まってきたか。潮時だね、バジル。


「了解した。二人とも、撤退するぞ」

 

 バジルは頷くと、ささっとトワを肩に担いでしまった。


「離して~!」


「駄目だ。正体がバレてしまうだろ」


 じたばたと暴れるトワの体をガシッと掴み、今度は青空を反対の肩に乗せる。青空は首根っこを掴まれた猫のようにされるがままになっていたが、トワの顔……があるはずの空間を見て驚嘆の声を洩らした。


「消えた!?」


――光学迷彩ってやつさ。バジルは自分自身と、触れたものを透明にすることができるんだ。ちなみにキミも消えてるよ。


「ほんとだ! 腕がない!!」


 興奮して顔をぺたぺた触っている青空を抱えたバジルの体が浮かびあがる。もっとも、その姿は誰にも見えていないのだが。


――バジルはこの能力で奇襲を得意としていてね。あ、ボクはビルの屋上にいるからついでに拾ってくれると助かるよ。


「了解。回収次第、基地に向かう」


「えっ? 基地ってなにぃぃいい!?」


 バジルは軽快に空を駆けあがり、青空の悲鳴がビルの谷にこだまする。


「叫び声!? どこからだっ!!」

「おい、そこにいた嬢ちゃんどこ行った!?」


「い、いません! 少女の姿はどこにも見当たりません! 突然現れ、姿を消した彼女たちは一体何者なのでしょうか!?」


 困惑する報道陣や救急隊を残して、二人の少女を抱えたバジルは夜景の上を疾走するのだった。




♡ ♡ ♡ ♡




 ビル、街灯、信号、民家、様々な明かりを見下ろしながら夜空を駆け抜けて、現在、三人と一匹は月明かりに照らされる畦道あぜみちに立っている。


「到着したぞ、我らが基地だ」


「ここって……」


 げこげこと蛙のコーラスが響き渡る、水が張られた四角い大地。青々とした苗が夜風になびいていた。


神社うちの近くの田んぼじゃん!!」

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