stage.11「やだァ! そんなに見つめられたら火照っちゃうワ~!!」

「やだァ! そんなに見つめられたら火照っちゃうワ~!!」


 バルバロと呼ばれた異形は、触手に埋もれた眼球の瞳孔部分のみを細め、筋肉質な体をくねくねと不気味に揺らしている。両肩に乗ったアンモナイトから垂れる触手が、まるで軍服の肩章けんしょうのようで威圧感を放っていた。


「トワちゃん……?」


 新手の出現と、肩を戦慄かせるトワ。青空は嫌な感じがして絡めた指に力を込める。しかし手と手は、するりと抜けてしまい、トワは一歩前に踏み出すのだった。その目には触手の怪物しか映っておらず、握られた拳は怒りに震えている。


「ふざけるなぁあああ!!!!」


 瞬く間も無く、激情にただ身をゆだねて、トワはバルバロに飛び掛かっていた。振りかぶった右腕が炎を纏い、夜闇に赤く輝く。


「今日こそ、倒す!!」


 トワはギリっと渦巻状の頭部を睨みつけ、燃え上がる拳を鷲のように開き、今持てる力の全てを込めて振り下ろした!!


「『焼き尽くす恋情バニシング・フィンガー』ぁぁああ!!!!」


 インパクトの瞬間、灼熱の鉤爪かぎづめから噴き出した炎が周囲の空気を焼き尽くし、熱風が真紅の髪を撫でる。だが……


「なぁっ!?」


「あラ? あラあラあラ……こんなもの、だったかしラ?」


 少女の渾身の一撃をバルバロは左腕で軽々受け止め、口元の触手を嗜虐的に揺らしていた。さらに肩の触手が幾本も伸びて、右腕を包むように束ねられていく。


「元気になって出直してらっしゃイ!」


 バリトンボイスで喚くと同時に、怪物は触手の槍をトワの腹部を狙って突き上げた。


「がはっ!?」


 スク水スーツに触手がめり込み、痛みと憎悪でトワの顔が引きつる。バルバロの腕はそのまま星空に向かって振り上げられ、小さな体が宙を舞った。


「トワちゃん!」


だが、吹き飛ばされる少女が目に入った瞬間、手を伸ばすのがティアスカイ=波蛇青空である。青空はトワの後方に飛び上がり全身で包み込むように受け止め、ビルの瓦礫に着地した。不安げに眉を寄せて、瞳孔全開の少女の顔を覗き込む。


「一体なにがあったの?」


「あいつは……シンタローを……」


 怒りと悲しみで声を震わせる姿に、青空はその「しんたろう」なる人物が、彼女にとってどんな存在であるか瞬時に理解した。


「大事なひと……なんだね」


「うん。シンタローは、あたしの……あたしのぉ……」


 腹部に回された青空の腕を、トワはきゅっと握り、赤い瞳を潤ませる。腕の中で嗚咽を洩らす少女が、不思議と自分と重なることに気付き、青空は抱き締める力を強めた。


――あいつは、トワとは因縁浅からぬ亞獣でね。


 リンドゥの声が響いて反射的に顔をあげた青空は、そのままバルバロの様子を注意深く見つめる。


「リンドゥ……あれも亞獣なの?」


――うん、亞獣には知能が高い特別な個体もいてね。特にヤツは、地球で生まれた初めての亞獣でもある。色々と特異な存在なんだよ。


 向けられた青空の目が皿になるが、当のバルバロは少女たちには目もくれず、悠々と準備運動をしている。体を伸ばすたびにグネグネと蠢く触手から粘液が飛び散っていて、生理的不快感に目を逸らしたくなった。


「きもちわるいぃ……なんで、あんな見た目してるの……」


「シンタローは……化石とか好きだったから……」


 既に嫌悪感で顔をしかめていた青空だったが、しゃくり上げながら答えたトワに、憐憫を覚えて眉を下げる。


「それで、アンモナイトなんだ。じゃあ、やっぱり……その子からあいつが」


――そうだよ。そして、トワが最初に戦い、敗北した亞獣だ。


「トワちゃんが負けた!? そんな相手に、今のわたしが戦って勝てるの……?」


――まず無理だ。さっきの戦闘で二人とも疲弊しきっているし、ヤツと戦っても勝算は低いだろう。今は……


「やだ!! あいつを倒してシンタローを助けるの!!」


 青空の腕をはねのけて、トワはおぼつかない足取りを怪物に向けた。しかし、すぐに膝が崩れ落ち、青空が慌てて抱き支える。少女の健気な声に、伸びをしていたバルバロはピクリと頭を揺らすと、気味の悪い顔をゆらりと向けた。


「あラあラ、トワちゃんは本当にかわいいわネェ。ワタシも興奮してきちゃったワ~♡ で・も……今日はボスを迎えに来ただけなのヨ~」


 バルバロは残念そうに首を振ると、自分の足元にガクリと目線を落とす。そこには、ピータンのように真っ黒な卵が転がっていて、怪人は右腕の触手を絡めて拾い上げた。


「こうなっちゃうと、自分じゃ動けないのよネ~。ボスの完全防御形態、いつ見てもかわイイ♡」


 触手の揺り籠で脈打つ黒い玉を、バルバロは愛おしそうに見つめる。青空の顔からは血の気が引き、彼女の腕で荒い息を洩らすトワも悔しさで顔をしかめた。


――ヴルゥムめ、エネルギーを圧縮してシェルターにしたんだ。


「そんな……あれだけやっても倒せないなんて……」


「それじゃ、そろそろ失礼するわネ!」


 絶望の淵に突き落とすように、バルバロは陽気に片手を上げて少女たちに背を向ける。トワは震える腕を伸ばして空を握りしめた。


「まてぇ! にげるなぁ……!!」


「バイバーイ♡」


 青い少女の腕の中で、赤い少女の瞳から涙が零れ落ち、怪人は嘲笑うように手を振って駆け出す。だがしかし……凛とした女性の声が夜空を震わせ、直後に無数の銃声が鳴り響いた。


「『ブラッディ・ジャングル』!!!!」


 突如、バルバロの半径10mに銃弾の雨が降り注ぐ! 絶え間なく続く銃撃は地面を抉って土埃を巻き上げ、その有様はもはや爆撃に等しかった!


「な、なに? なにが起こってるの……?」


 突然の絨毯爆撃に目を丸くするスカイの胸で、トワは僅かに嫌味を含んだ笑みを浮かべる。


「この攻撃は……あはっ、ざま~みろ」


――彼女が来てくれたのか……上だよ、青空。


「うえ?」


 リンドウの言葉に、ゆっくりと夜空を見上げるが青空の目には砂煙が舞っていることしかわからない。いくら目を凝らしても星しか見つけられなかった。


「ん~? なにも…………あれ!?」


 右手を目の上に添えて探したから……ではないが、月が水面に映ったそれの如く揺らめいていることに気付く。空間の歪みに、ぼんやりと色がつきはじめ、それが人肌であることを示していた。そして、浮かび上がるのは彼女だけではない。風変わりなプラネタリウムに、青空はぼかんと口を開けた。


「な、な……ななな……」


 星空は、忽然と現れた夥しい数の古風なセミオートライフルで埋め尽くされていたのである。全てに共通して銀の蛇が銃身に巻き付き、木製のストックには咆哮する豹が刻まれていた。その物々しい銃の編隊の中央で、二つの雫模様が襟に輝く野戦服を纏った人影が、腕を組み青空たちを見下ろしている。だが、軍服は胸から下が消失しており、ヒョウ柄のマイクロビキニで包まれた、暴力的に豊満な二つの砲弾を遺憾なく晒していた。


「ち、痴女だーーーー!!!?」


 満月を背にした謎の露出魔を指差し、青空は思わず叫んでしまう。


「痴女ではない! 私はバジル軍曹だ!!」


 鮮やかな翡翠の髪に軍帽を被った険しい顔つきの美女は、カッと見開いた瞳を緑色に輝かせた。

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