stage.10 ◆ 双 悲 恋 爆 ―そうひれんばく―

「泣くのは貴様独りだとぉ……? フハハハハハ!! 面白いっ! ならばワレワレは、全人類を泣き喚かせてくれる!!」


 よろめき、唸りをあげるRe:亞獣の上で、ヴルゥムは高らかに嗤う。ティアスカイに変身した青空のふっくらとした唇は固く結ばれ、噛みしめられた歯がギリギリと音を立てた。


「面白く……ない!」


 嘲笑う黒蛇を睨みつけたまま繰り出したスカイの回し蹴りで、女性に覆い被さる瓦礫が吹き飛ばされる。自由の身となった母親は、初めに少年を抱きしめて、次に青い少女を振り返った。


「ありがとうございます……!」

「うわぁぁあん……おかあさぁあん!!」


 少年は母親の胸にしがみつき、可愛らしい大きな瞳を潤ませている。泣きじゃくる少年の頭を優しくなでる母親の姿を横目で見て、青空はそっと微笑んだ。


「よかった……はやく、逃げてください!」


 少女の言葉を受けて、母親は頷くと同時に息子の手を取って駆け出した。


「あ、ありがどぉ……青いおねえちゃん!」


 少年は羽根の形をした髪留めを月明かりに輝かせて、スカイに手を振る。だが、少女はその姿を最後まで見届けない。ほっこりと一瞬緩んだ心を引き締めて、竜の上で笑い転げる黒蛇に向き直った。


「どうして、こんなことするの!?」


「人類は、高い知能を持ちながら……無秩序に繁殖を続ける愚かな生命体だからだ」


 嘲笑に昂っていたヴルゥムの声が、途端に冷たく、低く、突き刺すような鋭いものに変わる。だが、青空はさらに一歩踏み出して、言った。


「それは……違うよ。みんな、好きな人と一緒にいたいだけ……それが、いけないことなの?」


「そうだ! 『愛』などという幻想にとらわれた生命に、価値などない!!」


「だったら、わたしの想いを……『恋』する気持ちをあなたに教えてあげる!!」


 少女は胸に手を当てて、青く輝く瞳をまっすぐヴルゥムに向ける。心に焼き付いて離れない『ソラ』と自分を呼ぶ幼馴染の笑顔が、青空に勇気を与えているのだ。


「やってみせろ……まずは、そこで無様に反吐に塗れている小娘を八つ裂きにしてくれる」


 ヴルゥムが言うが早いか、Re:亞獣の爪がトワが激突したビルを切り裂く。しかし、振り下ろされた腕のすぐ横を、トワを横抱きにしたスカイが舞い上がった。


「ふん、すばしっこいはえめ」


 続けざまに繰り出される爪を、スカイはビルの壁面や竜の腕を蹴っては水のように掻い潜る。勇猛な身のこなしは、まるで、囚われの姫を助け出す騎士のようだった。


「なにをしている。さっさと……ん?」


 攻撃を繰り出すたびに、Re:亞獣の動きは鈍くぎこちなくなっていく。のろく振り下ろされた爪をだらんと垂らすと、呻き声を上げ硬直してしまった。


「ふんっ……まだ力をコントロールできないか。調整してやろう」


 黒蛇は木偶の坊でくのぼうと化した傀儡かいらいの頭部を不機嫌そうに見つめると、不揃いの牙がぎらつく口の中に飛び込んだ。スカイはその光景を尻目にビルの上に着地して、トワに呼びかける。


「トワちゃん! こんなに体が熱く……しっかりして!」


――その熱は、彼女の能力によるものさ。


「リンドゥ!? トワちゃんが目を覚まさないの! どうしよう……!」


――落ち着いて、トワは気絶しているだけだよ。


「だけって……」


 吐瀉物で汚れた口元から荒い息を洩らすトワの姿に、青空の瞳に涙が浮かぶ。彼女は自分が汚れることなど構わず、苦痛に歪む少女の頬をそっと撫でた。


「ひどい……今、綺麗にしてあげるからね」


 スカイの手から溢れだした揺蕩たゆたう水が、トワの体を包み込むように広がっていく。小さな体から熱と穢れが消えて、少女の顔に安らぎが戻ってきた。


――全く、人の心配をしている場合かい?


 呆れたようなリンドゥの声が響いて、スカイは唇を尖らせる。


「だって……」


――いいかい、キミはクールタイムを無視して変身したんだ……エナジードリンクをがぶ飲みしているようなものさ。今は動けているけど、変身が解けたらどうなるか……。


「わたしより、誰かが泣くほうがやだもん……。そ、それより、あいつは何をしてるの?」


 スカイは口を開けて制止している怪物を見つめて、怪訝そうに目を細めた。


――ん? ヴルゥムか……多分、ポジティヴィウムの乱用で【亞獣結晶カポック】が不調をきたしたんだよ。


「かぽ……?」


 横文字の羅列に、青空の顔も横に傾いていく。


「亞獣のぉ、コアのことですよ~?」


 少しかすれた甘い声に視線を腕に戻すと、トワが薄っすらと笑みを浮かべていた。青空の顔が、ぱあっと晴れわたる。


「よかったっ! 目を覚ましたんだね……!」


 トワの細く引き締まった体をぎゅうっと抱きしめて、青空はぐりぐりと頬ずりをした。


「むぎゅぅ~……それより~、いまのうちにカポックを壊しちゃおぅよ~♡」


 満更でもない表情のトワだったが、さっさと抱擁から抜け出し巨竜に向かって歩き大口を見つめる。


「ね、ねえ……その、かぽっく?ってなんなの?」


 トワは振り返ると、口元に人差指を添えてクスクスと笑った。本来なら生意気と言うべき素振りだが、青空は彼女が元気になったと思い、胸を撫でおろす。


「知らないんですか~? 亞獣の心臓ですよぉ~♡」


――つまり、感情エネルギーを全身に送る役割があるんだ。ポジティヴィウムが凝縮し結晶化した器官だから、強いネガティヴィウムをぶつければ、反発して爆発する。そして、エネルギーが一気に溢れだし、亞獣は体を維持できなくなって消滅する。


 一挙に流れ込んだ情報にスカイは、眉を寄せてしばらく考えていたが、ポンと腕を叩いて言った。


「つまり……弱点ってこと?」


「そぉ~で~す♡ よっわ~いとこ♡」


――だけど、巨体となった今は体内のカポックに力を届かせるのは不可能に近い。


「体を抉るのは? 武器で突き刺したり……大地が目をつぶしたみたいに!」


――理論上は可能だよ。だけど、亞獣結晶カポックは体の中心で頑強に守られているんだ。生半可な攻撃じゃ、すぐに再生されるから意味がない。


 青空は妙案が即否定され、しょんぼりと肩を落とす。その姿を見て、トワは寂しそうに目を細めると、両手を胸に当てた。


「でも……トワの本気なら」


――だめだよ、あの力はキミを……


「トワちゃん……? なにを――」


 月明かりで紅く輝く少女に異様な雰囲気を感じ取り、青空が思わず手を伸ばす。そのとき、洞窟から響くようなくぐもった声が響き渡った。


「遊びは終わりだ……」


 少女たちは引っ張られるように、Re:亞獣に視線を移し言葉を失う。暴竜のエリマキが淡く発光し、夜の街を照らしていたのだ。


「全て……焼き払ってくれる……!!」


 青空の脳裏に自分が防いだ亞獣の光線が蘇る。4mほどの体格で凶悪な威力を誇っていたものが、今や10mは超えている。このサイズで放たれた場合、文字通り街が消し炭になることは明白だった。


「させない!!」


 青空は、またも考えなしに走り出す。だが、目の前でトワが真っ赤な炎に包まれたことに驚き足を止める。


「トワちゃん!?」


「トワがぁ♥ たおすぅ♥♥」


 少女が纏う炎の勢いは留まることなく強くなり、その身をも焚き上げていた。火の粉は激しく飛び散り、トワの表情が歪み、悲痛な呻き声を洩らす。


「あぁぁああぁあぁあああぁああああああっ♥♥♥♥」


――やめろトワ! このままじゃキミが先に燃え尽きるぞ!!


「そんなの、そんなの……だめぇ!!」


 その、痛々しく戦う健気な背中を放っておけず、青空は思わず抱きしめていた。瞬時に猛火が包み、肌を焦がしていく。


「はな……してぇぇ♥♥♥ あなた……までっ♥♥♥♥♥」


「やだぁぁあぁああああああ!!!!」


 絶叫と共に、炎は青く強く燃え上がり、二人の少女を焼き尽くした。


「なんだぁ? 何がしたかったのだ、虫けらどもが」


――虫けらはお前だ。ヴルゥム!!


「戯言を……なにっ?」


 揺らめく炎の中で、少女たちが立っていることに気付きヴルゥムの声が僅かに震える。少女たちの体は薄い水の膜で覆われ、業火から守られていた。青い炎の正体は、青空の想いに応えるように輝いた指輪。そして、炎自体も青く色が変わり始めていた。


「わたしが……やったの……?」


――水の鎧で炎のデメリットを打ち消したのか……そして、同時に強化にもつながる。


「これぇ、ならぁ! 【涙器ティアーズ・ギア】!!」


 トワが胸から錨を引き抜き、夜空に放り投げると、瞬時に青い炎で包まれる。美しく輝く炎は、まるで満月のようだった。


「スカイ、一緒に!」


「……っ! うん!!」


 トワがスカイの手を掴むと、スカイもトワの手を握り、二人は錨に向かって跳躍する。


「「はああああああああああああああああ!!!!」」


 赤と青の少女たちは月光を背に、錨に向かって急降下キックを繰り出した。炎の尾を引き、錨ごとRe:亞獣の口めがけて突っ込んでいく。


「な、なんだとおお!!??」



 蒼炎を纏った深紅の矢は、容易く肉を貫き、怪物の核を打ち砕いた。竜に風穴を開けた錨はアスファルトに深く突き刺さり、少女たちはぎゃりぎゃりと跡をつけて着地する。


「ば、ばか……なあ!!??」

「ずがぁぁどぉぉお!!!!」


 凛々しい眼光で立ち上がった少女たちの背後で、黒蛇と暴竜は寒気のする断末魔をあげて爆散した。大規模な燃焼が発生し、爆風が彼女たちの髪をはためかせる。


「や……」


 振り返った少女らは手を取り合い、互いの目を見つめ……


「やったあああああ!!!! 倒したあああああ!!!!」


 歓喜の声をあげて飛び跳ねた。


――よくやったね。眠っていた二人も目を覚ましているはずだよ。


「よかったぁ……でも、ちょっとやりすぎちゃったかも……」


 爆発でボロボロになった駅前広場がぼんやりと月に照らされている。今もなお、爆炎の余波で煙がくすぶっていた。


「は~、すっごい爆発!」


 その白煙のなかから低い男の声が響き、二人は背中に氷が入れられたように目を見開く。スモッグが晴れていくにつれて、少女たちの顔からは笑顔が鳴りを潜めていった。そこには、アンモナイトが三匹くっついたような頭部を持つ、人型の何かが立っていた。まるで羊……否、悪魔の角の如き風貌である。


「やっほ~、トワイライトちゃン! 会いたかったわよォ~!!」


 口元から髭のように生えた赤い触手をまさぐる怪人が、気さくに手を振った。その光景を映したトワの目は血走り、頬が引きつっていく。


「バルバロぉぉぉおおおおおお!!!!」


 激昂する少女の絶叫が、夜の街に響き渡った。

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