stage.9 「わたしはスカイ……ティアスカイ! 泣くのはもう、わたしだけでいい!!」
「て言ってもぉ……こんなにおっきぃのは初めてだからぁっ!!」
トワが右前方に聳えるビルに向かって錨を放り投げると、鎖が宙を泳ぐように伸びていく。ガキンと屋上の縁に爪が引っかかると少女は両手で鎖を握りしめ巨竜に向かって跳躍した。
「どぉ~しよっかなぁ!?」
サーカスのように左側から回り込んでくる影に気付いた竜は、目をぎょろつかせて腕で振り払う。だが! トワはそれより早く竜の顎下に肉薄し、足に炎を纏わせた。
「おっっそぉ~いっ♥」
火炎と月光で輝く赤い装甲が、逆鱗を蹴り上げる。竜は僅かに頭をのけ反らせ、苛立たしげに咆哮した。
「ずがぁぁぁああああああ!!!!」
トワはその勢いのまま、錨の突き刺さったビルに着地し、即座に腕を振りかぶる。小ぶりの胸が跳ね上がり、
「く・ら・えぇぇぇぇえええええええっ♥♥」
鎖を伝って燃え上がっていく炎が、錨を包み込み夜空を照らす。トワは勢いよく腕を振り下ろし、太陽の如き業火の塊を竜の頭に叩きつけた。
「『
脳天に強打と爆炎を受けた暴竜はうめき声をあげてよろめき、ビルに寄りかかる。首をぶんぶんと振り、屋上で汗を滴らせるトワを睨みつけた。
「ずがぁぁぁああああああ!!!!」
「ま、まだまだ元気そぉ~……」
トワは、頬を引くつかせると、大口を開けて威嚇する竜に向かって怯むことなく飛び掛かる。その激しい戦闘を、青空は体をふらつかせ、呆気に取られて見ていた。
「あんな大きなやつと……トワちゃん、何者なの?」
「トワはねぇ~、亞獣が出現した一年前からぁ~、ずっと戦い続けているんだよぉ~」
パタパタと翼をはためかせて、トワの戦いを見ている白蛇に、青空は食ってかかった。
「ずっと……? どうして!?」
「
首だけをこちらに向けて見つめるリンドゥの瞳に、異様な威圧感を覚えて、青空は唇をきゅっと結んだ。
――亞獣がカップルの幸福から生まれるのは教えただろ? すなわち、亞獣の体は正の感情エネルギー、ポジティヴィウムで構成されているんだ。だから、普通の攻撃じゃまず通用しない。
「だから、大地が殴っても……じゃあどうやって倒すの?」
――簡単さ、負の感情エネルギー、ネガティヴィウムで中和するんだ。そのティアリングを通してね。
青空は、自分の薬指に嵌まった指輪を見つめて、体に冷たい何かが流れ込んだのを思い出し目を見開いた。
「あのときの!?」
――そう。だけどキミはまだ、制御が不完全だったみたいだね。膨大なエネルギーも殆どが拡散して、十分な量を流し込めなかったんだよ。だから、倒しきれなかった。
「そんなっ……じゃあ!?」
青空はふらふらと屋上の縁に歩いていき、眼下を見下ろした。道路にはいくつも穴があき、崩れたビルの瓦礫が降り積もっている。人々は泣き叫び、逃げ惑う……まさに地獄絵図だった。
「わたしの……せいで……」
青空は、ぺたんとしゃがみ、膝の上で震えている自分の手を力なく見る。
――気に病むことはないよ。本来はトワのように、【
「……なきゃ」
「ん~?」
青空は拳を強く握って顔を上げた。
「わたしもいかなきゃ!」
――無理だよ。言っただろ、キミの体はボロボロで
「でもっ!!」
――無理なんだよ。変身は解除されたら、約20時間は再使用できない。指輪の負荷に耐えられないからね。
「そんな……」
「心配いらないよぉ~、トワは亞獣退治の専門家みたいなものだからねぇ~……まぁ強化されて、Re:亞獣になってるけど問題な――」
「おかぁあああああさぁああああん!!!!」
リンドゥがふよふよと、青空の周りを漂い励ましていると、男の子のただならぬ声が響いた。慌てて下を覗き込むと、瓦礫の横で泣いている少年が目に入り、青空の
「け、けい! 離しなさい!」
「いやだぁぁ! おかあさんと一緒に行く!! ぼくが助けるぅ!!」
「お願いっ……逃げて!!」
その光景を目に映した青空は、既に屋上の縁に足をかけていた。
――だめだ!
狂気的なまでの正義を瞳に宿した少女の前に、翼の生えた白蛇が立ちはだかる。
「どいてっ!!」
――どかない。あの子は、トワが助ける。トワ……
「わかってるっ!」
竜と剣戟を交わしていたトワは、腕の一振りを交わした勢いでビルの壁に足をかけた。そのまま、少年に向かって一直線に飛ぶ。だが……
「どこを見ている?」
どす黒い声が響いた瞬間、トワは自分に太く強靭な尻尾が向かってくることに気付き、咄嗟に腕で体を覆った。
「おごぉっっ……!!」
死角からの薙ぎ払いが直撃し、トワの体は
「ぅっ……!?」
お昼に食べた牡蠣フライが食道に込み上げ、トワの目に涙が浮かぶ。ごぽりと垂れ流される吐瀉物が顎を伝い、貝殻で覆われた真っ白な膨らみを穢した。
「ぅおえぇぇ……」
「トワちゃん!!」
「フハハハハハ……守る戦いは不得手のようだな」
苦悶に顔を歪める少女を見つめて、黒蛇は竜の肩で愉快そうに踊る。
「おかぁぁぁああさああん!!!!」
身をくねらせていた黒蛇が、ピクッと動きを止めて、ゆっくりと下に視線を移した。
「鬱陶しい虫だな……踏み潰せ」
ヴルゥムの命に従って、Re:亞獣はのっそりと少年の頭上に足をかざす。そのときにはもう、波蛇青空は屋上から身を投げていた。
「させない!!」
――青空!? 無茶だ!!
リンドゥは全身の力を解放して、彼女を追いかけようとする。だが、青空の体が淡く光っていることに気付き、思わず動きが止まった。
――馬鹿な……リミッターを振り切ったのか?
「わたしはぁぁああああああ!!!!」
少女の魂の叫びに呼応して、指輪が青く光り輝き、細い体を包み込む!!
「ぅおおおりゃぁああああああ!!!!!!」
青き戦士となった少女は落下のエネルギーを全て右腕に乗せて、竜の足を殴りつけた。
「ずがぁぁあああ!?」
暴竜は脚を払われて体勢をくずし、大きく後ずさる。青い衣の少女は、涙を流す親子の前に降り立ち、竜と黒蛇を見上げた。
「また、青い……」
黒い蛇が憎悪で満たされた瞳で少女を見下ろす。
「なんなのだ貴様はぁ!!」
呼びかけに答えるように、少女は構えをとった。その瞳からは涙の如く青い光が溢れている。
「わたしはスカイ……ティアスカイ! 泣くのはもう!! わたしだけでいい!!!」
スカイは、街灯の明かりで美しく照らされた全身に力を込め、雄叫びを上げた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます