stage.8 「フハハハハハ!! 無駄だっ!! 人は滅びるために生まれたのだ!!」
暴竜は荒い息を洩らし、腕を振り上げる。
――まずい! トワ!!
「はっ……!」
頭に響いたリンドゥの声で、少女は顔に生気を取り戻し、勇気を振り絞って立ち上がった。トワは瞳に深紅の炎を灯すと、腕をX字に組んで天に掲げた。
「『
トワが両腕を勢いよく広げると、怪物を囲うように火柱が発生し、生徒たちはどよめいた。
「うぉ! 急にでっけぇ炎が!」
「怪物の動きを封じてるぞ!!」
「ふぉお……これがトワたその力なのくわぁっ!!」
「ここでぇ……たおすぅ!」
流石の暴竜も身じろぎしており、肩の黒蛇は不機嫌そうにとぐろを巻いている。
「ふぅ~……ふぅ~っ♥」
しかし、トワの額には玉の様な汗が浮き上がり、引きつった笑みを浮かべていた。なぜならば、彼女の力は体表から放つ超高温の火炎であり、体内に巡る冷たい
「きっっっつぅ~……♥」
だがしかし、馬鹿にしてはいけない。極限を超えてサウナに入れば、人間は当然死ぬ。まして、今回は広範囲かつ高火力の炎を一気に発生させた膨大な負荷が小さな体を苛んでいるのだ。
「はあぁああぁああ……♥」
こんな顔をしているが、トワは今、必死に戦っているのである。そんな、たった一人で巨体に立ち向かう、ちっぽけな背中に青空は思わず手を伸ばした。
「トワ……ちゃん……」
――青空、キミは休んでいるんだ。トワ、無理をさせてすまないが、もう少し頑張ってくれるかい?
「いい……よぉっ♥」
トワの瞳がさらに赤く輝くと、炎の檻は勢いを増して、巨竜に覆いかぶさるようにドームの形となった。
「ふん、こざかしい……こんなもの、Re:亞獣となった今……」
――Re:亞獣……相変わらずのネーミングセンスだな。ヴルゥム!
「む……リンドゥか? フハハ……また隠れているようだな」
――お前には言われたくないよ。急に現れて、何が目的だ?
「フハハハハハ!! なにを言い出すかと思えば……決まっている」
ヴルゥムと呼ばれた黒蛇は揺らめく業火の中で身を震わせ、獲物を弄ぶ猫のような恍惚な声音で宣言する。
「人類の根絶だ」
――やっぱり、意思は変わらないんだね。
青空と大地、そしてヘレナ、その場にいる全員の表情から、色という色が失われた。
「今……なんて?」
「ね、ねえ、やっぱりなんかの撮影じゃない?」
「あ、ああ……こんなのあるわけ」
正常性バイアス、生徒たちの大半が現実逃避をしてしまう。だが……
「ほう、彼女たちの戦いが虚構であると……? 否! 断じて否である!!」
「さ、西城……」
西城丈二は、少女たちへの畏敬の念から現実離れした現実を受け入れていた。そして、彼だけではない。
「ですわ、先輩の仰っていることはよくわかりませんが……ワタクシは応援しますわ!」
「ああ、そうだ……悔しいがそれしかできねえ……」
本郷大地は、ラグビー部の肩を借りて、一歩前に踏み出した。
「けど、だから……」
「フハハハハハ!! 無駄だっ!! 人は滅びるために生まれたのだ!!」
人間を嘲笑い、炎の中で踊り狂っている蛆虫を見て、波蛇青空の心には純粋な怒りが沸き上がる。
――こいつだけは、許しちゃいけない。
「ふーっ……ごめん、もうっ……♥」
トワは全身汗だくで目も虚ろで、炎の勢いにムラが出始めた。黒蛇は、目ざとく弱まった部分を見定める。
「フハハ……そろそろ限界のようだな……生憎ワレワレは忙しいので失礼するぞ……いけ」
ヴルゥムが絶対零度の声で命じると、巨竜は炎の鳥かごを突き破り、跳躍した。管理棟をかすめながら、校舎の向こうに着地すると、また飛び上がり、暮れる太陽を置いかけるように西へ西へと進行していく。
「な、なんだ……?」
「追い払った……のか?」
「うむ、トワたその力に恐れをなしたに違いぬわぁい!」
「いや、違う。もっと人が多い場所に向かったんだ」
安堵する生徒のなかで、運動部の肩を借りた本郷大地は深刻な顔で呟いた。生徒たちは彼を見つめて生唾を飲み込む。
「あっちは……ミチノク駅の方角ですわっ!?」
「そぉいうことぉ~」
「え、あの……?」
一方の青空は、いつの間にかトワにお姫様抱っこをされていた。
――よし、急ごうか。
リンドゥの言葉が終わらないうちに、トワは巨竜の背中を見据えて跳躍し、青空は浮遊感に包まれる。
「ひょぇぇえええええええええええええ!!??」
「いってきまぁっすぅ♡」
素っ頓狂な声を上げる青空を抱えたトワは笑顔を振りまき、飛び去って行った。人々は赤と青の少女をしかと見送る。せめて、これぐらいしかできないのだから。
「うぉぉぉ!! がんばれ!! トワたそぉぉぉおお!!」
西城は両こぶしを握り締め、空に向かって吠えた。
♡ ♡ ♡ ♡
尻尾をくねらせ進んでいく竜を、トワは、建物の上をピョンピョン飛び移って追いかけている。緑化地帯の木々や、自然公園の池、巨大な農業プラント、景色が目まぐるしく過ぎ去っていき青空は目をバッテンにしていた。
「ひぃぃいいい!!??」
「あはっ♡ 元気になったみたいですねぇ♡」
「アドレナリンとスーツの効果でぇ、一時的に和らいでいるだけだよぉ?」
トワの装甲から、リンドゥが顔をだして青空を見つめて首を傾げる。いつの間にいたのか、そういうのは、もうどうでもよかった。
「と、トワちゃんっ! なんでわたしを――」
顔をすぼめて、口を開いた青空は、青い競泳水着のようなスーツが淡く発光していることに気付いた。そして、すぐに光が弾けて、元の制服に戻ってしまった。
「あ、あれ……?」
「リミッターが発動したんだよぉ~、指輪が点滅してたでしょぅ~?」
「え、うそ? 気づかなかった……」
「あっぶなぁ~い♡ もうちょっとでぇ……バレちゃうとこ……ぇ!?」
例の如く、クスクスと囁くトワだったが、青空の顔を見ると目をパチクリさせた。
「あ……あなた、は――」
――トワ、奴の動きが止まった。いまだよ。
「ふぇ!?」
ビクッと、トワが顔を上げると、暴竜は駅のロータリーを踏み鳴らし、車を放り投げたり、駅ビルを破壊したり、好き勝手に暴れまわっていた。
「とめなきゃっ!!」
青空は、またも考える前に動こうとしていた。が、今回はトワにしっかりと抱きかかられていたので、ビルの屋上にそっと降ろされた。
「ふふっ……見ててくださいねぇ~」
トワは得意げな微笑みを向けると、すっと立ち上がった。紅き髪をはためかせた少女は、竜の背中を見つめ、左手をゆっくりと胸に当てる。神秘的な雰囲気を纏った姿に、青空は固唾をのんで見守っていた。
「【
叫びに応え薬指の指輪が赤く輝き、トワは何かを掴むように拳を握りしめ、振り出す。いや、左に弧を描く手には、実際に分銅のようなグリップが握られていた。先端からは鎖が伸びており、腕の残像をなぞって、じゃらじゃらと心臓の位置から現出していく。
「え……ええぇ!?」
鎖が波打ちながら引き抜かれていき、その最後にはトワの身長より大きな
「本当のぉ……アイゼツティアの戦いをっ!!」
少女は、華奢な腕で錨のついた鎖をぶん回し、ぷるんとした唇をニヤリと曲げて、言い放った。
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