stage.5 ◆ 青 蛇 点 睛 ―せいじゃてんせい―
「だ……いち……だいちっ!! だいちぃっ!!!!」
波蛇青空は何度も彼の名を呼び、本郷大地は答えるように何度も亞獣を殴りつけた。
「スカー……ト」
しかし、大地の拳は亞獣には全く響く様子はない。それどころか不愉快そうに欠伸をされる始末だ。
「……すかっ」
――え……
まるで虫でも払うように、大地は尻尾でいとも簡単に薙ぎ払われた。ロボ研の粋を集めたアームが粉々にぶちまけられ、金属片が雪のように降り注ぐ。
「ぉぇごっ……」
大地は軽々と宙を舞い、べしゃっと地面に落下した。目を剥いて血反吐を吐き出し、拭おうとした左腕が動かないことに気付く。血に染まっていく想い人に、青空は目玉がこぼれるほど瞼を開き、狂ったような悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁあああああああああああ!!!!」
あばらが折れ、左腕と左足も変な方向に曲がっている。だが、それでも本郷大地は諦めなかった。再び立ち上がり、ずるずると足を引きずりながら、青空に向かって進んでいく。
「ぃや……いやぁ…………もぅ……やめてっ」
亞獣は目を細めると、青空から足を離して舌なめずりをした。
「だめっ! やめてっ!……死んじゃうからぁ!……もう、いいからぁ!!」
「困ってるやつをほっとけるわけないだろ!!!!」
大地が柄にもなく語気を荒げて叫ぶ。青空はハッと目を見開いた。その幼稚で似つかわしくない言葉が、青空の中にしまわれた幼い記憶を呼び覚ます。その男は泥だらけでボロボロのくせに、瞳には絶対に消えない炎が宿っていた。
――あのときと……同じ……
力強い目つきで亞獣を睨みつける姿が、傷だらけでいじめっ子に向かっていく小さな男の子の姿が重なる。
「……っぁぁ!!」
――そう……だ……。だから……わたしは……。
彼女の英雄を映した瞳から
――大地に憧れて……!
――まさか……!?
青空の視界を通して、指輪の光が強くなっていくのを感じ、リンドゥはとぐろを解いて驚きをあらわにする。屋上のへりに身を乗り出し自らの肉眼で確認して震撼した。
――馬鹿な……早すぎる。
一方で、亞獣は大地だけを瞳に映したまま、のっそりと距離を詰めていく。両者の視線は拳が交わされる距離で重なった。
「おらぁぁぁああ!!」
本郷大地は雄叫びをあげ、ガラクタになったアームをヤケクソとばかりに亞獣へぶん投げる。が、体勢を崩してそのまま前方に倒れてしまった。
「スカぁ……」
亞獣は煩わしそうにアームをはじくと、大地に向かって腕を振りかぶる。
「ばぁあか!!」
だが! 本郷大地は、その一瞬のスキをつき、隠し持っていたボルトを亞獣の眼球に突き刺した! 本郷大地はただ倒れたのではない、倒れるフリをして懐に潜り込むことが狙いだったのである!
「ズガああああああああ!!!!」
亞獣は目からボルトを引き抜くと、痛みに天を仰ぎ、怒りで尻尾をむやみやたらに地面に叩きつけた。
「へ……へへ……ざまぁ……ぐっ!?」
「ずぎゃあああ!!!!」
怒り狂った亞獣は大地を鷲掴みにすると、超至近距離でエリマキを発光させ始めた。全火力を持って、たった一人を消し炭にしようとしているのである。大地は己の非力さに、怪物の暴虐に、怒りがこみ上げ、顔面の筋肉が武者震いを起こした。
――だから……わたしはっ!!
だがしかし終わりではない! 愛する人が苦しむのを前に呑気に寝ていられるほど、波蛇青空は肝が据わっていなかった。彼女は、湧き上がる衝動に身を任せ、這いずり、足掻き、手を伸ばす。
――大地を好きになったんだぁぁぁああああ!!!!!
青空の心に呼応するようにティアリングが強く輝き、全身に絶対零度の血液を送りだす。ズタボロの体に無理やり言うことを聞かせ、生まれたてのガゼルのようにぶるぶる震えながら上体を起こす。
――よせ
「……んどは……わたしが」
――キミにはまだ……
バンっと電気に打たれたように、泥水をまき散らして跳ね上がった少女の瞳には、蒼い炎がほとばしっていた。青空は大地を締め上げる亞獣を視界に捉えると、右の拳を血がにじむほど握りしめる。
――やめろ青空ぁああ!!
「こんどはぁわたしがぁぁぁああ!!」
蒼く輝く瞳の軌跡は蛇の如く!
青空は電光石火で亞獣の顎下に間合いを詰め、目をかっぴらいて狙いを定める。ビキビキと頬を引きつらせ全身全霊を込めた拳を振りかぶり……
――大地を消すことで頭がいっぱいで、わたしなんかに気づきもしないクソ野郎の顎下に渾身のアッパーカットをぶち込む!!
「大地を守るんだぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!」
「ず……ずがぁっっ!!??」
■
青
蛇
点
睛
■
まさに必殺。ティアリングに蓄積された全エネルギーを込めた鬼神の如き一撃は、亞獣の顎骨に食い込み、砕き、頭部を胴体ごと直上に跳ね上げた。亞獣は茜色の空に向かって大口を開けて起立する。直後亞獣から放たれた光線は、天高くどこまでも伸び、美しい光の柱となった。
♡ ♥ ♡ ♥
血と涙を流し、怪物の顎を弾き飛ばした少女を、彼は屋上から静かに見下ろしていた。蛇は拍手でもするかのようにぺしぺしと尾で配管を叩きながら独り言つ。
「
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