stage.4 「この子に……触れるなぁぁぁあああああ!!!!」


 熱線の進行方向に向かって一切の躊躇ちゅうちょなく跳躍した青空。空気を焼き切るヂヂヂという音が、暴虐的な破壊力を物語っていた。いくら強化された肉体でも、直撃すれば焦げる間もなく一瞬で消し炭に変わり果てるだろう。


「させないっ!!」


 だが、青空は避難した人々がいる校舎を……大地とヘレナがいる校舎を背にしているのだ。光線が眼前に迫り、少女は我が子を迎える母のように両手を広げる。絶望の光を一身で受け止めることを選択したのだ。


「……っ!!」


 死を覚悟して強く瞼を閉じる。ブラックアウトとともに空間を引き裂く音が聞こえなくなった。


「…………?」


 しかし、青空の感覚が消え失せたわけではない。


「…………なに、これ!?」


 恐る恐る瞳を開き、青空は眼前に広がる水の障壁に息をのんだ。清らかに宙を流れる巨大な円形の盾が、熱線を吸収していく。


――キミの力だよ。


「わ、わたしの……?」


――ティアリングは装着者の感情に応じて、特殊な能力を与えるんだ。キミの場合、すべてを受け止める心、あるいは流し去る心が水をつかさどる力として発現したんだね


「す、すごい……これなら!」


 亞獣の放った光をすべて飲み込み、きらきらと乱反射させた水のサークルは空中を揺蕩うたゆたう銀河のようで、青空は思わず見とれてしまう。だが突然、銀河は弾けて校庭を水浸しにした。青空は膝から崩れ落ち、ばしゃりと水たまりで顔を濡らす。


「え……?」


――ちからが……はいらない……。


――いきなり力を使いすぎたからだね……。ティアリングのエネルギーは人間には負荷が大きすぎるんだよ。


「そ……んな……」


――一時的に体がしびれているだけだから、じきに動けるように……まずい、勘付かれたか!?


 亞獣は目の前で倒れた青空に、のっそりと近づいていく。一歩進むごとに地面が揺れ、泥を含んで濁った水が青空の顔を穢していく。


「なに……この……おと……?」


 青空のすぐ頭上まで迫った亞獣は、かぎ爪のついた巨大な足を持ちあげた。まるで、ギロチンにかけられた姫君のように青空の顔から血の気が引いていく。


――まずいぞ……間に合うか?


「な……に……がぁっ!?」


 亞獣は小さな青空の背中を力任せに踏みつけた。


「スカぁ……?」


 顔を近付け、青空が動かないことを確かめるように、ぐりぐりと足を動かす。ぎしぎしと装甲が地面にめり込んでいった。


「ぐっ……ぐる……じぃっ……」


――まずい! スーツの防御フィールドが限界だ! はやく逃げるんだ!


「!?……うご……けな……い゛!!!?」


 亞獣は足蹴にした虫けらが動けないことに気付くと、再び足を振り下ろした。


「スカぁ? スカ……スカスカスカ……スカスカスカスカスカぁあ!!」


 恍惚と爬虫類の目を細めて、なんどもなんども踏みつけた。振り下ろされるたびに、青空は痛々しい呻き声を洩らし、苦悶に表情を歪める。


――落ち着いて! エネルギーはあるんだ! 力に集中して!!


「ぁ……ぁぁ……」


 青空はいよいよ、言葉を発することもできなくなった。少女が人形のように動かなくなると、亞獣は踏みつけるのやめて周りをうろうろと歩き始めた。じぃっと彼女を観察しては、ときおり尻尾の先でぺちぺち叩いている。まるで、壊れたおもちゃを前に、駄々をこねる子どものようだった。


――そ、そんな……なんてことだ。


 青空は、泥に塗れた虚ろな瞳で空を見る。今や、すっかり赤く染まっていたが、相変わらず綺麗で、最期の景色にはぴったりだと自嘲した。


――血みたいに真っ赤っかだ……はは、わたし死ぬのかな?


――あきらめないで!


――もう、いいよ……フラれたし。


――…………。


――ね、聞いて……リンドゥ……あたし……ね……空を飛んだとき……なんでもできるって……思ったんだ。


――そうだよ、キミならなんでもできる!!


――むり……だよ……かんちがい……だった……わたし……わたし……なんか……


 つうっと、青空の瞳から涙がこぼれて泥水に溶けていった。


「……スカぁ」


 亞獣はおもちゃが完全に壊れてしまったと気づき、投げやり気味にもう一度踏みつける。


「ぁぁっ!!」


 そして……かぎ爪を背中にゆっくりと突き立てていく。


「ぁ……ぁぁあああああああ!!!!??」


 ナイフのような爪が、スーツごと皮膚を破り、青空は絶叫した。


「スカぁ!?」


 亞獣は再びおもちゃが動き出したことで眼を見開き歓喜の声を洩らす。にぃっと頬のない口を引きつらせた。


――ああ、こんなやつに……こんな……ところで……


 青空は涙がどくどくと目から流れ出ていくのを拭うことすらできない。亞獣は、まるで最後に残していたショートケーキのイチゴをしゃぶるように、じっくりと真っ白な肌に爪を突き刺していった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 校舎全体に響く叫びは、あまりにも惨たらしく、あまりにも官能的だった。


――……仕方ない、まだやりたくなかったけど……おや?


 傷口をほじくり、青空の命をなぶる亞獣に向かって、何者かが突っ込んでくる。


「化け物がぁぁあ!! その足をどけろぉぉぉおおおおおおお!!!!」


 その男は、亞獣の眼前に躍り出た勢いを腕に装着したロボットアームに乗せて、鱗に覆われた腹部を殴った。頂点捕食者を前に竦む心を奮い立たせ、竜の瞳をねめつける。


「あ……ああ……」


 青空は朦朧もうろうとする意識で、その勇ましくも、恐怖でわずかに震える声になつかしさを覚えた。青空は、涙をぽろぽろこぼし、心底嬉しそうに彼の名を呼ぶ。


「だいち……!!」


 返事の代わりとばかりに、本郷大地はロボット研究会から拝借した試作型パワードアームを亞獣の横っ面に叩きつけた。


「この子に……触れるなぁぁぁあああああ!!!!」

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