stage.3 「ああっ……スク水天使たんっ!!」
青空の2mほど手前に着地した竜人のような怪物は、縦長の瞳孔をキョロキョロ動かす。
「すかぁ?」
どうやら距離を保ったまま青空を観察しているようだ。だらんと垂らしたザラザラの腕にもスカートを通していて、まるで羽毛恐竜のようである。そのあまりにも奇抜な見た目に青空が眉をひそめていると、脳内に声が響いた。
――これが【亞獣】だよ。人間のつがいから生まれる生体兵器さ。
「この声、リンドゥ!? 普通に喋れんじゃん!!」
――あれは肉体に引っ張られてるからさ。本来のボクはこうだよ。
「あそ」
――今のボクたちは指輪で繋がっていて、感覚を共有できるんだ。まあテレパシーみたいなものだね。
「へー……ていうか、今どこにいるの……」
――屋上だよ、悪いけどボクが亞獣に見つかるのは不味いんだ。でも大丈夫、キミの視界から状況は把握したからさ。順を追って説明するからよく聞いてね。
「ねぇっ……!」
青空は色々抗議したかったが、亞獣が腕を振り上げたのが目に入り口を閉じた。
「スカートぉぉお!!」
勢いよく振り下ろされる鋭い爪に、青空は反射的に顔を腕で守る。
――そっちじゃないよ。
「え……!?」
「危ない!」
「腋……!」
「気をつけろぉ!!」
がちゃがちゃ……
が、しかし亞獣が手にかけたのは青空の腰部分の装甲で、青空は呆気にとられた。必死に腰当てに相当するウイング状の装甲を掴み、引きはがそうとしている。
「ちょっ……なに、して」
――なるほど、この亞獣はスカートを集めることが行動原理みたいだね。
「なにそれ……んっ」
恐ろしい力で引っ張られ、青空は腰を突き出す形になり、
「「「お、おお~……」」」
男子生徒の感嘆大合唱に、青空の顔は真っ赤に染まる。わなわなと震え、おでこにくっきりと血管を浮き上がらせると、きっと亞獣を睨みつけた。
「はなせぇぇえ!!」
青空の鋭い右の蹴りが亞獣の股下へ炸裂する。あまりにもセンシティブは光景に、男子生徒たちは一気に青ざめ、女子生徒は鼻で笑った。
「ひえっ……」
「ざまぁ!」
「ありがとうございます!」
青空は、間髪入れずに左で亞獣の腹部を蹴飛ばし、そのまま華麗に後方宙返りをした。
「ぶっ飛ばした!」
「かっけぇ!!」
「ふつくしい……」
「が、がんばれぇ!!」
青空はつま先から綺麗に着地すると、腕で体を隠して前方を見やる。亞獣は四つん這いで着地すると爪を突き立ててブレーキをかけた。
「な、なんなのこいつ! ちゃんと説明して!!」
――焦らないで……。いいかい、亞獣は知的生命体の正の感情から生まれるんだ。
「う、うん……? なるほど??」
腕を組んで首を傾げる青空を、亞獣は低く唸り声をあげてにらみつける。亞獣と青空の間に走るただならぬ殺気に、人々は足がすくんで動けなくなった。
「あれ? もしかして……効いてる? 先生! 今のうちに避難を!!」
しかし青空が右手を振り上げ呼びかけると、腰の曲がった教師はハッとして生徒たちを見回す。
「みんなぁ、めんこいあの子がぁ、がんばってるうちにぃ……」
しわがれた声を合図に、金縛りが解けたように全員が動き出した。
「よぉし、焦らずにぃ~……」
「
「いいからいく……ぞっ」
「ああっ……スク水天使たんっ!!」
教師が中心となり、亞獣から離れて校舎に入っていく。青空は、少しほっとして周囲を見回すと、何人かの女子生徒がうずくまっていることに気付いた。その中の一人にクラスメイトのギャルがいることに気付き、青空は駆け寄る。
「ジュン! 大丈夫!? どうしたの?」
「あ、アイツに、スカートを盗られて……」
見ると、ジュンは腕をお尻に回して、必死にファンシーなクマ柄のパンツを隠していた。他の女子生徒も皆、同じようにパンツを見えないように手で覆い、顔を赤らめている。
「ひ、ひどい……なんでこんなこと」
――亞獣は親の欲望を歪めて自分の行動原理にするんだよ。
「スカートーーーー!!!」
「っ!?」
青空がハッと顔を上げると、亞獣は腕のスカートを引き抜き、次々と首にかけて咆哮していた。
「えぇ……今度はなにぃ~?」
――亞獣が進行しているんだよ。ほら、足元を見てごらん。
リンドゥの言われるまま視線を落とすと、青空は男女が倒れていることに気付き、ゾッとした。
「なんで、あんなところに……」
――バッテリーだよ。亞獣を生み出した親は昏睡して、幸福な夢を見続ける。感情エネルギーを供給し続ける生体電池の完成ってわけさ。
「そんなのって…………えっ」
亞獣の体が内側から押し広げられるように徐々に大きく、
――あれが欲望を糧にたどり着く亞獣の末期段階だ。
亞獣の首元に巻かれたスカートが、肉体と融合しながら大きく広がり、膜状に変化していく。スカートだったものの裾部分からはトゲが生え、頭部には大きな2本の角が突き出し、酷く攻撃的な見た目に変貌した。2mほどだった体躯は今や2倍以上に大きくなっている。
――そして、末期態の亞獣には破壊衝動のみが残る。気を付けて……。
ふと、亞獣の膜が淡く発光していることに青空は気付いた。それは、磁石のようにリンドゥの忠告とピシっとくっつき、最悪の結末を予感させる。
「あいつ、校舎の方を向いて……」
青空は突き動かされるように、亞獣に向かって駆けだした。
「やめろぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
青空が手を伸ばし、叫んだ次の瞬間、亞獣の鼻先で光が点となる。その直後、エリマキ全体から光の奔流が校舎に向かって放たれ、大気を空間ごと呑み込んでいった。
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