stage.2 「ねえぇ! 思ってたのと違うっ!!」

 青空は礼拝堂に背を向け、校舎につながる扉を見据えて腕を振る。


――わたしが行って何ができるの?


 そう思いながらも、足で地面を蹴りだすことをやめなかった。なぜなら……


「困ってる人はほっとけない!」


 昔から変わらない、彼女のモットーである!


「すと~っぷぅ……」


「ふべっ」


 キレッキレのキメ顔で意気込んだ矢先、目の前に飛びだしてきたリンドゥと衝突して青空は情けない声を洩らした。まさにマンガのように目をくの字にして、おでこをさすっている。


「もぉ~、なんなのぉ~?」


「急ぐならぁ~近道をしたほうがいいと思ってねぇ~」


「まず、その喋り方をやめればいいのに」という台詞を飲み込んで青空は首を傾げた。


「近道ぃ? ここ中庭だよ……?」


 礼拝堂から校庭に行くには、必ず一度校舎の中に入らなけらばならないのである。直線では200mほどだが、実際は結構面倒な道順だった。顔に疑問符を浮かべ続ける青空にリンドゥは首をピーンと伸ばして答える。


「上だよ」


「うえ?」


 青空はさらに眉根を寄せると頭上にそびえる校舎を見上げた。優に10mは超えるであろう3階建ての屋上にカラスが止まっている。


「いやいや~、こんなの登れないよ」


「登らないよぅ、跳ぶのさぁ~!」


「跳ぶ!!??」


 まさに突飛な提案に、青空は思わず体がのけぞり倒れそうになった。腕をわたわた振って堪えていると、リンドゥがとぐろを巻いて肩に乗ってきたが、そんなことはもはや気にならない。


「無理だよ!?」


「いけるよぅ~、まず~空の上をイメージしてぇ~……両足に力を集中してぇ……」


「え、ええ~?」


 青空が半信半疑のしかめっつらで足に力を込める。その瞬間、左手から体の中をひんやりとした何かが駆け抜ける感覚がして、自然に目が見開かれた。


「いまだよぉ、じゃぁ~んぷっ!」


 リンドゥの声を合図に地面を蹴っ飛ばすと、青空は背中に白く大きな羽が生える錯覚を覚えた。まるで重力など存在していないかのように、みるみる地面が遠くなっていく。


「あ……あはははっ! すごいっ! すごいよ、リンドゥ!」


 風が青空の美しい髪をなびかせる。彼女は宇宙を抱きしめるかのように両手を目一杯広げて笑った。


「わたし、飛んでる!!」


 無邪気で透き通った笑顔の青空は、小さくなった屋上を、礼拝堂を、街を見下ろす。まるでクリスマスの朝にプレゼントを開ける小さい子どものように。誰でもいいから喜びを分かち合いたくて、キョロキョロしたら、ぱっちりお目目の白蛇が小さな翼をはためかせてこちらを見ていた。


「ちがうよぉ~」


 リンドゥは青空の目を見つめて、小さく首を振った。


「え?」


 次の瞬間、ガクンと青空が体に重いものが乗せられた感覚を味わうのと同時に、リンドゥはさらに上に向かって飛んでいく。違う、青空が落ちているのだ。


「ひぃえぇええええぇぇぇえええええぇぇええええぇええええ!!!!」


 顔の皮膚がぷるぷると震えて、髪はばたばたとはためき、さっきまでの笑顔はどこえやら、波蛇青空は苦悶の表情で屋上に向かって急降下していく。


「やばいやばいやばい!! 死んじゃうぅぅぅううう!!!!?」


 波蛇青空は無我夢中で手足を動かし、空中を泳いだ。だが、態勢が整うどころか錐揉み状態に陥ってしまう。そうこうしている間にコンクリートタイルがすぐ目の前に迫っていた。


「い……いやぁぁっぁぁぁあああぶべしっ!!」


 健闘むなしく、青空は腹ばいで屋上に墜落した。


「い……いっだぁぁ~……くは……ない……??」


 が、信じられないことにピンピンしている。青空は目をぱちぱちさせながら起き上がると、自分の体を熱心に隅々まで見まわした。


「ほねも……おれてない?? どこも……けがして……ない……??」


「そのスーツが防御フィールドを発生させているからねぇ~。それにぃ、身体能力がぁ~大幅に強化されているんだぁ~」


 ぱたぱたと優雅に降りてくるリンドゥを青空はポカーンと口を開けて見つめる。そのまま何とはなしに目で追っているとリンドゥは青空の左手にちょんと頭をくっつけた。優しく……まるで口づけでもするように。


「この【ティアリング】のおかげでね」


「てぃあ……りんぐ……?」


 青空は赤子のように復唱して、リンドゥが頭を乗せた自分の手を呆然と見つめる。そして、ようやく気付いた。


「あれ、わたし指輪なんかしてたっけ……?」


 青空は目の前に手をかざして、薬指に嵌められた見覚えのない指輪をまじまじと見つめる。銀色の蛇が自らの尾を咥え円環を成しており、目の部分に青い宝石がはめこまれていた。


「うわ、これもへび……」


「ひどいなぁ〜、そんなに蛇が嫌いなのぉ?」


「キライっていうか、いやな思い出が……」


 がっくりと露骨に肩を落とす青空の足元に、リンドゥが降り立った。そのとき――


いやーーーーーーーーー!!


 悲鳴が風に乗って届き、青空の顔に緊張が走る。


「っ!!」


 青空が屋上のへりに手をかけて校庭の方を見ると、下校中の生徒が何かから逃げ回りパニックになっていた。


「わあ!? 大変なことになってる!!」


「……そうだねぇ、とにかく行ってみよぅ~!」


「わかった! はやく助けなきゃ!!」


 遥か下の地面に青空は一瞬、躊躇うが、頬を叩いて一息に飛び越えた。


――校庭の真ん中なら人がいない! 今度は、うまく着地してやるんだから!


「んんんっ!! どいてぇえええええ!!!!」


 青空の絶叫に人々はそろって顔を上げた。その誰もが不安げに顔を歪ませている。


「だれ!?」

「上だ! 人が降って来る!!」

「スク水!?」

「スカートぉぉぉ!!」

「女の子が降って来るぞぉぉ!!」


 ド派手に砂埃を巻き上げて、混乱する人々の前に波蛇青空は片膝立ちで着地した。その姿に生徒も、教師も、息をのむ。その場にいる全員の視線が一人の少女に集約した。


「よし、着地成功! さ、どこ――」


 青空は周囲を見回し、混沌の元凶を探すが、その必要などなかった。


「スカぁぁぁぁトぉぉぉおおおおお!!!!!!!!」


 尋常ならざる咆哮を轟かせた何者かが、粉塵を切り裂き、一直線に青空へ飛び掛かる。長い尻尾をくねらせて、恐竜のような頭部を持つ怪物が目の前に躍り出た。それは、エリマキのように首にスカートを巻いた変態だった。


「ねえぇ! 思ってたのと違うっ!!」

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