恋姫慟哭アイゼツティア💔 負けヒロインが変身ヒロインになって勝つ話 

葉花守にしき

stage.1 「ボクはリンドゥ! キミたち負けヒロインの味方さぁ~!」

「人間よ、なぜ争う?」


 1000年前、血に塗れた戦場に一対の翼を持つ龍が天から舞い降りた。純白の鱗を日の光に煌めかせ、龍は大蛇おろちの如き体をもたげて語りかける。


「利を得るものがいれば、害を被る者もいる。幸福の絶対量は決まっているのだ」


 心に直接響く荘厳な声は憐れみと呆れを孕んでおり、人々は畏怖した。気づけば、皆一様に武器を手放し、龍を崇めていた。







「……こうして宇宙蛇そらへび信仰が興りぃ、年号がDE……すなわち龍暦りゅうれきに改められたんじゃなぁ」


 腰の曲がった老教師がタブレット端末を片手に退屈でありがたいお話を垂れ流す5限目の教室。窓から吹き込む春風と満腹の凶悪コンボでほとんどの生徒が机に突っ伏していた。しかし、ここは世界一の名門と謳われる龍ケ岡りゅうがおか学院。起きている者の顔つきはさすがに違う。


「宇宙蛇様は、我が校のルーツでもある……だがぁ、これはおとぎ話として……」


 なかでも、青みがかったミディアムショートの少女は、窓際後ろから2番目というVIP席に座りながら、鬼気迫る表情をしていた。だが、かっぴらいた目線の先は黒板でも教師でもなく、廊下側1番前の男子生徒に向けられている。


――はあぁ~♡ 今日も大地だいちの横顔かっこいいぃぃ~♡ すきぃ~♡


 少女の頭は幼馴染、本郷ほんごう大地への愛でいっぱいだった。


――はぁ♡ ずっと同じ教室にいられるなんて……受験がんばった甲斐あるなぁ~♡


 彼女の名は波蛇なみだ青空あおぞら、幼い頃にいじめっ子から守ってくれた彼のことが大好きで、そのときにした結婚の約束も未だに覚えているちょっと夢見がちガールである。しかし、自分から告白する勇気を持てず、ズルズル高校2年生までを続けていた。


――大地、いつになったら告ってくるんだろ……まさか、忘れてる……!? 


 当の大地は熱視線には気づかず、真剣に授業に耳を傾けている。


――いやまさか……でも、小1のときの話だし……よし、決めた!


「龍歴以前の記録が残っとらんから、本当のところはわからんがぁ……」


――今日こそ、わたしは告白する!!


 バン!と机を叩いて、累計100桁の決意とともに青空は勢いよく起立した。


「あ……」


 眠っていた生徒も起き上がり、青空はクラスの視線を独り占めにした。大地があきれ顔で首を振っていることに気付き、青空の顔が赤く染まる。


――うぅ~、はっずぅぅ、大地ぃ、見ないでぇ……。


「おお、どうしたぁ……ああ、波蛇の実家はぁ宇宙蛇神社だったなぁ」


「へ!? あ、ひゃい!」


「……いやなぁ、信仰は大事じゃよ。ただなぁ……学会では、戦争で滅びかけた人類がぁ、教訓として残した伝説と……」


 教師が端末を操作すると教卓に論文が浮かび上がり、生徒の視線が青空から離れた。


――あ、あれ? 助かった?


 青空を置いてけぼりにして教師は話を進める。わけがなかった。


「……ああ、せっかくだから答えなさい」


「えっ!?」


「戦争が終わって1000年、政府は何を進めとるのかな?」


 しれっと座りかけていた青空は肩を跳ね上げ、気を付けの姿勢をとった。再びクラスの視線が集まり、青空は目をすいすい泳がせる。必死で脳ミソをフル稼働させるが、授業なんてまるで聞いてないので答えなぞ出てくるはずもない。あわあわと震える背中を見かねて、後ろの席でノートをとっていた金髪縦ロールの少女がペンでつっついた。


「アオ、惑星開拓ですわ……」


「あ、わ、惑星開拓! です!!」


「正解じゃぁ~、さすがは人類の未来を担う宇宙科だなぁ……。そう、人口飽和により政府は――」


キーンコーンカーンコーン……


「んぁ? あぁ今日の授業はぁここまで――」


「しゃぁ! 学食の残り物もらいに行くぞ!」

「おぅ! からあげは俺たちのもんだ!!」


 鐘が鳴り終わる前に男子2人組が教室を飛び出していった。


「ほっほ……元気があっていいのぅ」


 教師が笑いながら廊下に出たのを合図に生徒たちは一斉に動きだす。


「次ってなんだっけ~」

「ミー先輩ってまだ休んでんの?」

「あ、不審者でたって」

「全身白タイツ? きっもぉw」

「彼氏もずっと休んでるらしいよ」

「えーやだ、駆け落ち~?」

「シミュだから移動じゃん……だるぅ」


 途端に騒がしくなる教室。彼らは思い思いの話題に花を咲かせており、とうに青空のことは視界に入っていない。


――た、助かったぁ。


 青空が後ろの席を振り返ると、ヘレナ・フォン・ブラウンは上機嫌にほほ笑んでいた。


「ヘレナ、ありがとう……」


「気にしないでくださいまし。これくらいじゃアオから受けた恩義にはちっとも足りませんわ~!!」


 ヘレナは心底嬉しそうに両手を広げて青空を見つめる。


「ちょっと!? 声おっきいってば!!」 


「忘れもしませんわ……去年の夏、転校してきたばかりのワタクシは、ひとりぼっちだった。そのときアオが話しかけてくれて……ほんっとうに嬉しかったんですのよ!」


 手を組んで瞳を輝かせるヘレナに迫まられ、青空は嬉しいやら恥ずかしいやらよくわからない感情になり、思わず背中を向けた。すると……


――あっ……大地。


 大地がクラスメイトに手を振りながら歩いてくるのが目に入り、青空の背中はじっとりとシャツに張り付くほど汗ばむ。


「ふっ……相変わらず仲がいいな」


 告白を決意したにも関わらず……否、決意したからこそ、青空は想い人を前にして動けなくなった。


「あったりまえですわ!!」


 蛇に睨まれたような青空にヘレナが抱き着く。背中に伝わる温もり、奇しくもそれが、彼女に一歩を踏み出させた。


「あ……あっ、あのね……」


「アオ……?」


 ヘレナは何かを感じ取り、すっと手を離した。不安げに目じりを下げて青空を見守る。


「ん? どうした、ソラ」


 ソラ、小さい頃から変わらない大地だけの呼び方である。たった2文字で青空の胸はさらに高鳴り、破裂寸前だった。しかし、彼女はありったけの勇気を集めて、次の言葉を絞り出す。


「だいじな話が……あるの」


 上目遣い。潤んだ瞳から偶然繰り出された破壊力に大地は思わず目を逸らした。


「そう……なのか」


 バツが悪そうに頬を掻き、窓の向こうの雲ひとつない地平線を見やる。だが、深く息を吸い込むと、青空の目を見つめ、肩に手を置き、言った。


「実は、俺も大事な話があるんだ」


「え?」


「ここじゃ、あれだからさ……放課後、礼拝堂に来てくれ」


――え…………え!? それって……まさか? まさか、まさかぁ!?





♡ ♡ ♡ ♡





「俺たち、付き合うことになったんだ」


「え゛?」


――いま、なんて?


 夕日が照れくさそうに笑う大地の顔を照らしていた。隣では頬を染めたヘレナが彼の手を遠慮がちに握っている。青空は頭が真っ白になった。


「いつ……から?」


「昨日……ヘレナに告白されたんだ、ここで」


「ですわ……」


 大地がヘレナの目を見て、ヘレナが大地の目を見る。青空が知らない2人がそこにいた。


「あはは……そっかぁ」


「ソラ……」


 自分を心配する優しい声。幼いころから変わらない大地の声音に、波蛇青空は笑顔をつくった。


「おめでと~!! ヘレナ、大地をよろしくね! 見ての通り本当にいいやつだからさ! 本当に……」


「もちろんですわ!!」


 ヘレナ・フォン・ブラウンは屈託のない笑みを浮かべて、波蛇青空の手を取る。ズキリ、と何かにヒビが入った痛みを彼女は知らないふりをした。


「2人とも生徒会長と副会長で頭もいいし、すっごくお似合いだよ! いいなぁ、美男美女カップル!」


「お、おう? ありがとうな……お前には、伝えておきたかったんだ」


「っっ…………ぁっ……なにそれ! 意味わかんないっ」


 波蛇青空は笑顔を崩さない。口角を吊り上げて2人を交互に見た。幸せそうなその顔を……。


「ああ、そうだ。ソラ、お前の話って」


「え?! あー……明日の物理の宿題忘れちゃっててさぁ~、見せて?」


 今できる精いっぱいのでまかせだった。


「またかよ~……仕方ないな。じゃあ、生徒会室くるか?」


「は!? いやいや、邪魔しちゃ悪いし! 明日見せて! ね!!」


「そ、そんな、遠慮しないでくださいまし……」


「ああ、今日はロボ研と部費について話すくらいで――」


「い・い・か・ら! わたしはマリトッツォ食べに行くの!」


 少女は2人の後ろに回り、ぐいぐいと背中を押す。


「あとは2人でごゆっくり~!!」


 いたずらっぽく笑う少女は、困惑しながら歩いていく2人に手を振った。


「ったく……じゃあなー!」


「アオ~! また明日~!」


「うん、バイバ~イ!」


 2人が見えなくなるまで笑顔で手を振った。手をつなぎ幸せそうに歩く後ろ姿に向かって振り続けた。


「そっかぁ……」


 2人が見えなくなっても振り続けていた手を不意に止めて、青空はふと顔を上げた。


「ぁあ…………きれい」


 澄みきった青がどこまでも広がっている。しかし端っこは赤く染まり日没が近いことを訴えていた。


「…………かった」


 彼女は糸が切れたように腕をだらんと垂らすと、その場にしゃがみ込んでしまう。顔を膝に埋め地面を見ていると、足元に小さな点を見つけた。その染みは、雨も降っていないのに、ぽつ……ぽつ……と増えていく。


「おそ……かったぁぁ……」


 波蛇青空は、ひとりぼっちで泣き始めた。


「もう……すこしぃっ……はやくっ……いってればぁっ……」


 そんなことを考えても仕方ないのは分かっている。だが、考えずにはいられなかった。心が後悔で満たされ、溢れ、目から零れ落ちていく。



 彼女は……波蛇青空は、負けたのである。



「でも……大地がっ……しあわせなら……」


「負けてもいいと?」


「ふぇ……?」


 突然、足の間から白蛇がにょろんと現れ、泣きじゃくる青空を見上げて話しかけた。その奇想天外な光景に……


「ぎぃえええええええ!!?? 喋る蛇ぃぃいいい!!??」


 青空は超人的な反射で飛びのくと、先ほどまでの感傷が嘘のような絶叫を上げた。


「へびぃ!! へびきらいい!!」


「失礼だなぁ~、ボクは蛇じゃないよぅ~?」


 白蛇は不服そうに呟くと、背中についた小さな羽をぱたぱたとはためかせる。


「うわ、飛んでる!? ああ、そっか幻覚! フラれたショックで幻覚を見てるんだ! いやぁ、蛇が喋るわけないもんね~……あはは」


「幻覚でもないよぅ~? ボクはリンドゥ! キミたち負けヒロインの味方さぁ~!」


「まだなにか言ってるぅ……あ! ひょっとしてドッキリ?」


「キミには亞獣と戦う使命がある! 悲しみを力に変えてぇ~、アイゼツティアになるんだぁ!」


「えー、これホログラムかなぁ? そう考えると、ぷにぷにしてて結構かわいいかも!」


 青空はリンドゥの鼻先を触ろうとおっかなびっくり手を伸ばした。そのとき――


「亞獣の気配!? ごめん!!」


 リンドゥは電気が走ったように青空の左手に噛みついた。というより薬指をすっぽり吞み込んでいる。


「ぎぃいやぁああああああああ!!!! はなれろぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!!」


 青空がでたらめに腕を振り回すと、リンドゥは意外にもあっさりと口を離した。が、次の瞬間、青空の左手から青い光が溢れて、腕から這いあがるように体に巻き付いた。


「へ!? なに、つめた!!」


 全身が光で縛られると、まず制服が青と白を基調とした競泳水着のようなスーツに変わった! ボディラインがくっきりと浮き出るデザインで、決して小さくはない整った胸が強調される! 


 青空は溢れ出る不快感を隠すことができなくなった。


「は?……は??」


 続いて、腕を包み込む光が弾けるといかめしい装甲に! 脚を包み込む光が弾けると白いブーツに変わった! しかし、太ももと腋は丸見えであり、端的に言って破廉恥である。繰り返そう。ひじょ~~に、破廉恥なのである!


「な、なにこの格好ぉ!? さいっていっ!!!! カメラどこ!!!?」


 青空が腕で体を隠しながら、鬼の形相で周囲を見回した。そのとき……


いやあぁああああああ!!!!


 身を裂かれるような悲鳴が轟く。少女は衝動的に走り出し、白蛇は満足げに微笑んだ。


「ふふぅ〜、やっぱり負けヒロイキミンは最高の英雄ヒーローだよぅ〜」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る