第34話 運命に勝負を挑む(2)






「折角デザイナーが丹精込めて作ってくれたのにな、結局ジークにしか見せらなかったな……」


 俺はドレスのスカート部分の紐を引いて、ドレス部分を投げ捨てると、動きやすい袴のようなドレス姿になった。

 そして隠していた足元から剣を取り出した。


 ガシャン!!


 俺に斬りかかろうとする男をジークが剣で弾き飛ばしながら言った。


「私が見られれば十分だ。それに、その姿もいいぞ……」


「それは……どうも!!」


 俺も襲い来る賊を剣でなぎ倒しながら言った。


「レン、入り口まで走るぞ」


「ああ」


 俺たちは剣をで退路を確保しながら、先ほど通って来た階段の上の広い踊り場にきた。


(ああ……。やっぱりこの展開からは逃げられないのか……)


 俺まで戦えると思っていなかったのか、敵は混乱していた。

 ジークが大きく弧を描きながら斬りつけて行く。まるで剣舞のように剣を振る彼は、やはり美しいと思った。


 ――カシャーン!! カシャーン!! カン!!


 俺は素早く動いて相手の剣の死角を狙って斬りつける。剣を振り、そして相手の間合いに入れたら一本背負いで、他の剣士に投げつけた。そして、回し蹴りからの抜刀術で相手を制した。


 俺が今まで習ってきた全てをぶつけた。


 ――カシャーン!! ドコッ!! ガシャン!!



 肩で息をしながら、剣を振るった。前からの一撃に対応していて、横からの反応に遅れてしまった。


(っく!! よけきれるか!?)


 ジークが俺の背後から剣を振って、相手を廊下に沈めた。

 ――トン。

 次の瞬間、ふと背中に体温を感じた。


「はっ、はっ、レン。無事か?」


 俺は息を整えながらジークの声に返事をした。背中側にジークがいることが無敵に思えるほどほっとしていた。


「……ああ」


 お互いが肩で息をしながらも無事を確認した。


(こいつの背中、あったけぇな)


 お互いを背にして、敵を倒していく。

 ジークが背中側にいると、背後の攻撃に気を取られなくていいので、攻撃に集中できた。

 向こうも同じだったらしい。


(ジークなら、こう動くか?)


 それから一気に敵の数を減らしていった。


 ――ガン! ドコッ!! カーーン! カン!!


 辺りに剣の音が響いた。

 再び、ジークと背中を合わせるとジークが口を開いた。


「レン、ケガはないか?」


 俺は「ないよ」と言った後に、ふと近くを見た。気が付くと、もうすぐそこにはあの階段が見えた。


(くっ!! 早く片をつけないと……。ジークが!!)


 目の前にはまだ三十人ほどの賊がいた。


(やっぱり、舞台でジークがしたヤツやるか……)


 騎士像を駆け上ってシャンデリアに飛び移り、シャンデリアを落下させて敵の足止めする。


(俺に出来るか……)


 ふと、シャンデリアを見つめて息を呑む。


(やって見せる)


 俺はジークに背中を合わせると、ニヤリと笑いながら言った。


「ジーク、愛してる」


 その瞬間、ジークは俺の顔を引っ張ると、一瞬で唇にキスをした。

 そしてジークは騎士像を駆けのぼり、シャンデリアに飛び移った。


「マジか!!」


 本物のジークのシャンデリア移りだ!!

 俺は感動しながらも巻き込まれないように階段の端に剣を振りながら移動した。


 ヒュンヒュンと、シャンデリアのしなる音が聞こえた次の瞬間。

 シャンデリアが落下。近くにいた賊を巻き込み、シャンデリアが派手に壊れて大惨事。

 

 そしてジークが着地した場所に賊が待っていた。

 俺はその賊を剣で薙ぎ払ったが、もう一人の賊に剣を向けられて、ジークが体勢を崩した。


(落ちる!!)


 ジークの死因となった階段落ち。

 あの落ち方では助からない、致命傷だ。


 だが……――


 俺はジークの腕を掴んで思いっきり、ジークを階段の上に投げ飛ばした。


(階段落ちは俺が引き受ける)


 そう言って俺はジークの変わりに階段に飛び込んだ。





 俺がこの世界に来る前……――


『クロスクローバー控室 水沢蓮様』


「お疲れさまで~す」


 その日も無事3日目の公演が終わって、解散になった。俺が帰り支度をしていると、階段落ちのスタント仲間が話かけてきた。


「レン、大丈夫だったか?」


 きっと階段落ちの時に失敗してかばった右手の心配をしてくれているのだろう。


「ああ。でもちょっと腕痛めた。受け身が甘かったな。つい殺陣の方に気を取られてな」


 俺が腕を上げると、相手はホッとしたような顔をした。


「まぁ、今回の殺陣複雑だしな……気持ちはわかるけど、気を付けろよ!! まだまだ始まったばかりだぞ」


「ああ。サンキュ!」


「あ、そうだ。俺、師範におまえ呼ぶように言われてたんだよ。師範裏にいるぞ」


 仲間は炭酸飲料のキャップを開けながら、教えてくれた。


「そうなのか。悪い、俺行ってくるわ」


「おう!じゃな!!」


「お疲れ~~~!!」


 師範は舞台裏にいるらしいんので、急いで行くことにした。


「お疲れ様です」


 師範の傍に行くと、師範に無表情に腕を握られた。


「痛っ!! なにするんですか! 痛いじゃないですか!!」


 俺はすかさず、腕を抜き取った。


「当たり前だ。なぁ、何度言ったらわかるんだよ。いい加減、階段を落ちする時は、落ちることを受け入れろよ」


 師範の言うことは抽象的だ。


(受け入れてるつもりなんだけどな……)


「一応受け入れてはいるつもりなんですけど……」


「あんなガチガチの階段落ちじゃ、ケガするって、何度言ったらわかるんだよ」


「……」


(俺だって、なんとかしたいけど……どうしたらいいかわからないんだよ!!)


 階段落ちは毎回気が抜けない。だからこそなんとかしたいと俺なりに考えていたつもりだ。

 だが、師範のいう『受け入れる』っていうのをどうしても理解できなかった。


「なぁ、演出変えるか? 殺陣からの連続階段落ちじゃ、頭の整理できないんじゃね~か?」


 師範は頭をかきながら、俺の演出変更を提案してきた。この人が頭をかく時は、本気で悩んでいる証拠だ。

 確かに今回のこの演出は俺の事務所が中々許可を出さなかった。

 それも当然だ。舞台で毎回階段落ちをしていたらケガのリスクが上がる。俺の仕事は、舞台だけではなかった。ケガをしたら別の現場に迷惑をかけてしまうだろう。


 だが……――


「善処します。ですので、演出を変えるのはやめて下さい!! 俺、この役やれて嬉しいんです」


 師範が溜息をついた後に、真剣な瞳を向けてきた。


「そうか……じゃあ、明日の公演では、階段を落ちることを受け入れろ。大切な所を守るのも大事だが、力を入れずに落ちるのを受け入れることが、一番大切なんだよ」


「はい…」


(受け入れるか……)


 俺が悩んでいると、師範が俺の肩を掴んだ。


「いいか、階段を落ちることを悲観するな。怖がるな。もう、落ちてるんだ。落ちてることを受け入れて、楽しめ」


 俺はその言葉に眉を寄せた。


「楽しむ? 階段落ちをですか?」

「そうだ」


 階段落ちは怪我する可能性もある危険なことだ。

 それを楽しむ?


「師範……俺、そっちの趣味ないんですけど?」


「そういうことじゃね~~。いいか、楽しむっていうのはふざけることじゃない。身体で感じるままにただ、状況を受け入れるんだ。痛みも怖さもそれを全部受け入れて認めるんだ」


「痛みと怖さを受け入れて認める?」


「ああ」


 そして、師範は小さく笑った。


「レン、お前なら必ず出来るさ」



 衝撃吸収材もプロテクターも何もない。

 本当の階段落ち。

 普通なら恐怖しかないだろう。


 だが俺の頭の中には、師範に言われた言葉が、響いていた。


(そうだ。もう落ちてるんだ。落ちるしかない。)


 ――レーン!!!!





 遠くでジークの声が聞こえた気がした。

 だが今の俺は、周りの喧騒をバックミュージックにして、ただ階段を落ちることをただ受け入れていた。


 ――カーン、ガシャン!!


ジークの太刀音が心地よく聞こえた。


――レン。今、行く!! 死ぬな!!!!


ジークの必死な声が聞こえた。


(大丈夫。ジークを残して死ねない)


俺は、何も考えず階段を落ち受け入れていた。





 ――ダン!!!!


「くっ!!」


 勢いよく階段の一番下の壁に叩きつけられた。だが思った程の衝撃はなかった。


(無事だったのか……?)


 俺は今まで一番見事な階段落ちを披露した。


「レン! レン!! 目を覚ませ! 死ぬな!!!!」


 目を開けると、ジークが必死な形相で俺を抱き起こしていた。


「……死なないよ」


 俺はゆっくりと目を開けて呟いた。

 すると、涙を目に溜めたジークと視線がぶつかった。


「レン!!!!」




 俺の後ろに騎士が見えた。

 指揮をしているのは第二王子のアルバート殿下だった。

 騎士たちは剣士たちを次々に拘束していった。


(助かった……)


「レン!! 無事か!?」


 アルバート殿下が走って近づいて来た。

 そして俺を抱いているジークを見た。

 あたかかい……――


 よかった……――俺、ジークを助けられた……


 そこで俺は意識を失ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る