第33話 運命に勝負を挑む(1)


 空中庭園に案内されて、執事はどこかへ行ってしまった。

 辺りを見回すと、まるで植物園のようにガラス張りの温室のような室内に花や木が植えてある。雨でも野外でパーティーを楽しむというのがコンセプトらしいが豪華な建物だ。


(こんな場所をジークの最期にしたのか……)


 戦場に何度も出向き、その度に国を勝利を導いた立役者の最期がこの豪華なゲストハウスというのが、少し皮肉めいているように思えた。

 そんなことを考えていると、ジークが口を開いた。


「この後、ニコラスが姿を見せるのだろう?」


「ああ……――それだけじゃないけどな」


 俺は大きく頷いた。

 舞台では、側妃からの呼び出しで、ニコラスが現れた。

 そして人形のように『私には使命があります』とジークに剣を向ける。

 ニコラスはそこでジークに剣を振り払われるが、ジークはその後、賊に囲まれる。


 恐怖で足が震えそうになる。


(絶対にジークを失うわけにはいかない!!)


 ふと、頬にあたたかさを感じて顔を上げると、優しく微笑むジークの顔が見えた。


「レン、今夜は手加減しないからな……無茶をするなよ?」


 今夜……

 

 俺は思わずジークの顔を見つめて笑ってしまった。


「はは。ああ、俺もジークが欲しい……――朝まで付きやってやるよ!」


 そう、今夜の約束。

 それは……――生きて帰るというジークの決意。


(ジークが生きて帰るって言うなら、生きて帰るしかないよな)


 ジークが何か気配を感じたように俺の頬からさっと手を離し、空中庭園の奥を見た。

 俺もつられてジークの視線の先を見ると豪華絢爛なドレスが見えた。

 まだ距離はあるので、あまり顔がわからない。


「側妃殿……」


 ジークが俺にしか聞こえない声で呟いた。

 

「側妃!?」


 俺は思わずジークを見つめた。

 だっておかしい、ここに来るのはニコラスだったはずだ。

 それなのになぜ、ニコラスではなく側妃が現れたのだろうか?


 じっと側妃を見ていると、とうとう側妃が植物の影から姿を見せた。


「ごきげんよう、ノード侯爵」


 側妃はジークに向かって扇を顔の前で開きながら不機嫌そうに声をかけた。

 

 俺にはなぜ、側妃がこの場に現れたのか見当もつかなかった。

 だって、舞台のニコラスは手下を引き連れて、『あなたに恨みはありませんが』と問答無用でジークを襲って来た。

 今は、物陰にたくさんの人の気配は感じるが、いきなり襲って来るという様子ではない。

 そもそも戦えもしない側妃がこの場に来る意味がわからない。


「これは、側妃殿下。お久しぶりです。大切なパーティーの前だというのにお話とは?」


 ジークは背筋を伸ばして無表情に言った。

 側妃は苛立ちを隠さないままに言い放った。


「侯爵。あなたの妹をノード侯爵領に幽閉して頂けませんこと?」


 側妃は突然信じられないことを言い放った。


(どうなっているんだ? カレンが聖女に関わっていないから断罪の材料がないのか? それにしたってこんなバカげた提案に首を縦に振るわけがないだろう)


 俺は側妃が何を考えているかわからなくて眉を寄せた。

 ジークは無表情に言った。


「そのようなことを私が了承するとでも?」


 側妃がパチンと扇を閉じた。

 すると、信じられないほど多くの賊が姿を現した。


(嘘だろ……――舞台よりも原作よりも随分と多い!!)


 俺の背中に冷や汗が流れた。

 こんなに多いというのは正直想定外だ。

 側妃は目を弧にしながら言った。


「ニコラスは王になるべき選ばれた人間。人でありながら人ならぬ力を持つ、聖女こそが伴侶に相応しいですの!! それなのに!! 『カレンを愛している』と言ったのです。あの娘以外と結婚はしないと!!」


 側妃はかなりご立腹だが、俺は狂喜乱舞だった。


(よっしゃっ!! カレン、ニコラスを本気にさせたのか!! しかもニコラスを側妃から解放した!! やるじゃん、カレン)


 俺が喜んでいると、隣でジークが口角を上げた。


「妹は、どうやら殿下の愛を手にしたようだ。これはめでたい。なぜ愛し合うという二人の仲を引き裂くような無粋に手を貸す必要があるのです? 私は馬に蹴られたくはない。お断りいたします」


 わざと側妃を挑発するかのように煽るジークに向かって、側妃は醜く歪んだ顔で扇をバキッとへし折ると、ジークに向かって投げつけた。

 ジークはよけもせずに、その扇を右でキャッチした。

 マジでかっこいい、俺の男!!


「くっ!! あの娘に何かがあったら『ただではすまない』と私を睨みつけたのです。ニコラスはあの娘に酷く執着しています。命を奪うのは危険です。ですので幽閉を」


 そこまで言うと、側妃を数歩後ろに下がった。

 代わりに屈強な男たちが前に出て来た。

 そして再び側妃が口を開いた。


「言い直しましょう。ノード侯爵。命が惜しくば、妹を領地に幽閉なさい」


 ジークは変わらない余裕の表情で答えた。


「……――断ると言ったはずだ」


 その瞬間、ジークに刃が振り下ろされたのだった。

 




 


 

 

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