第29話 掃除中にうっかり花瓶を割ってしまった直後の顔



「ちょっと、レン……どうしたの? その顔」


 馬車に乗ると、俺はカレンに怪訝な顔を向けられていた。


「俺、どんな顔してる?」


 カレンは、「そうね」と少し考えた後に言った。


「掃除中にうっかり花瓶を割ってしまった直後の侍女のような焦りと困惑と罪悪感が混じている顔?」


 なるほど、うっかり第二王子の誘いは受けたものの、ジークに相談もせずに勝手に参加を決めてよかったのか……と迷いと焦りと罪悪感が混じってる。


「ああ、確かにそうかも」

「一体、どうしたの?」


 カレンに聞かれて俺は口を開いた。


「実は……第二王子のアルバート殿下に今度のパーティーに誘われてさ……」


 その瞬間、カレンの顔が固まった後に青くなった。


「まさか、お誘いを受けたんじゃ……」

「受けた……」


 カレンは頭を抱えた。


「何やっているのよ!! 王族のパートナーは事前にボディチェックがあるのよ!! 男だってすぐにバレるわ!! もし男だとわかったら詐欺罪で投獄もあり得るわよ!!」


 マジかぁ~~~~~!!!

 よかった、パーティーの相手役を引き受けなくて!!


 俺は少しだけ焦りながら言った。


「いや、さすがにパートナーじゃないって、招待客だよ!! 招待客!!」


 カレンは「ああ、招待客……レンはアルバート殿下とも仲がいいものね」とほっとしたように言った。そして眉を寄せながら言った。


「招待されたのなら、普段のままでパーティーに行けるのでしょう? 何が問題なの? あ、もしかして、お兄様に止められたから?」


 俺は頷いた。


「うん。まぁ、それもあるけど……俺、アルバート殿下の選んだドレスで出席するんだって……明日ドレス見に行く」

「はぁぁぁあ~~~!? どうして? レンが男性だって知らないの??」


 俺は項垂れながら言った。


「いや……知ってる……」


 カレンが酷く微妙な顔をした。そして俺の肩に手を置きながら言った。


「早急にお兄様にご相談しなさいね」

「……はい」


 俺は項垂れながら頷いたのだった。





 その日の夜。

 俺は執務室ではなく、ジークの私室を尋ねた。

 ジークはお風呂から上がったばかりのようで、まだ少しだけ濡れた髪にバスローブを着ていた。


「どうした? こんな時間に珍しいな」


 俺はベッドに座るジークの前にまで歩いた。


「ジーク。今日さ、アルバート殿下に個人的な招待された。例のパーティー」


 するとジークはベッドから立ち上がると「なんだと!?」と言って俺を睨んだ。


「それで、受けたのか?」


 俺は頷くことで返事をした。

 そして、油断していた俺の視界がぐるりと回り、背中にベッドの柔らかを感じると同時に、目の前にはジークの顔しか見えなくなった。


「……は?」


 気が付くと俺はジークにベッドに押し倒されていた。


「なんだよ……」


 俺がジークを見ながら尋ねると、視界いっぱいにジークの顔が近づいて来て思わず目を閉じた。

 すると耳の下と肩の間。前にキスをされた場所に柔らかさを感じた。


「なぜ、わからない!!」


 そしてジークは俺の肩に顔を付けたまま切なそうに言った。

 俺はジークの重さを感じながら答えた。


「俺は、パーティーに行って、ジークを守りたい。そっちこそ、どうして連れて行かないなんて言うんだ。俺のこと信用していないのか? 言ってくれないと、わからない」


 気が付けば俺は必死に声を上げていた。

 するとジークが顔を上げて俺の両頬を掴んだ。


「理由など……わかっているだろう? お前を失いたくないからだ。私は狙われるのだろう? もしもお前が巻き込まれてしまったらどうする!? そんなの許せない。私はお前を絶対に失いたくはない」

 

 言い終わると同時にジークに唇を奪われた。

 これまでの触れるようなものではなく、全てを奪うような……

 ジークの想いが伝わってくるような……

 そんな口付けだった。


 ゆっくりと口が離れて、俺はジークの色気に満ち、熱のこもった瞳を見つめジークの頬を両手で挟みながら言った。


「ジークって、俺のこと……――好きなんだ?」


 するとジークに再び噛みつくようなキスをされた。

 全てを暴かれ、身体の力が抜けるのに熱は増す。

 そんな攻撃性の高いキスをされて、思考の薄れた俺にジークは切なそうに言った。


「好きなど……生温い言葉で片付けられるような感情ではない。誰にも見せたくないし、誰にも渡したくない。生涯私の側に縛り付けておきたい」


 必死な顔で過激なことを当たり前のように懇願し、想いを口にするジークに向かって俺もジークに短いキスをしながら言った。


「俺も、例え、死神にだろうと……――ジークを渡したくない」


 ジークは驚いた後に目を細めた。

 そして俺たちは再びお互いの唇の柔らかさに溺れたのだった。



 


 

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