第23話 真実は身体で
次の日の朝。
俺は稽古を終えて頭から水を被った。
「ふぅ」
下を向いていると、「はい」と声がして、誰かに布を手渡されたので「ありがとう」と言って受け取って顔を拭いて頭を拭いて顔を上げた。
すると目の前にはカレンが立っていた。
「え? カレン、どうしたんだ?」
ここは訓練所横の井戸だ。
本来、カレンが来るような場所ではない。
俺はとりあえず、布を首から下げてカレンを見た。するとカレンは、俺に手紙を広げて見せた。
俺は濡れないように顔だけ近付けて手紙を読んだ。
――親愛なる婚約者カレン
あなたからのお茶のお誘い喜んでお受けいたします。
学院が終わりましたら、王宮へ起こし下さい。
ニコラス――
「おお、ニコラス殿下から返事来たじゃん。しかも誘い受けるって」
俺が手紙から顔を上げると、カレンが泣きそうな顔で言った。
「信じられないわ……ここ数年、お茶なんてご一緒したこともないのに!! 私が誘ったら、こんなにあっさりとお受けして下さるなんて!!」
カレンもずっと悩んでいたのだろうな……
無理もない。両親が他界。兄は戦でずっと家を留守にしていた。
その間、カレンは家を守りながらニコラス殿下の婚約者としてずっと一人で孤軍奮闘していたのだろう。婚約者がいてその相手から距離を置かれるというのは相当精神的な負担が大きかったのだろうと思う。
「カレン、手繋いで、感想。――忘れるなよ?」
カレンは少しだけ口を尖らせながら言った。
「わかっているわ。レン、食事に行きましょう」
「ああ」
その後、俺は着替えて朝食に向かった。そして朝食の席で、カレンには俺が護衛として付きそうことが決まった。
今度は化粧もドレスもなく、高い靴を履いてカツラを付けた男性従者のレンとして……
まぁ、男性の姿なのに変装というのもおかしいが……
その後。俺は学院に行き、いつも通り木刀を倉庫から出していると、倉庫に心配そうな顔のアルバート殿下がやって来た。
「こんにちは、アルバート殿下」
俺がにこやかにあいさつをすると、アルバート殿下が慌てながら言った。
「レン、あなたがそのようなことを……なぜ、ジーク殿はあなたにこんなことをさせているのだ!! もう、我慢が出来ない!! あなたは私がもらい受ける」
俺は、アルバート殿下に手を引かれて悟った。
――ああ……これ以上。彼をこのままにしておけないな。
これは長年、人の好意を受け続けた俺が自分なりに持っている判断基準。
親愛や友愛のうちは、いくら側にいても問題ない。
そして、恋愛ごっこまではまだ引き返せる。
だが……
――アルバート殿下、俺に本気になっちまった……
自惚れではなく、答えることの出来ない好意には、引き際というのを知らないとお互いを傷つけ合って、二度と戻れなくなるのだ。
答えることのできない好意に対して引き際を知らずに家族を壊し、本当に大切にするべき人を失った男女はとても多い。そのくらいこの引き際というのは見極めるのは難しいが、俺は芸能人とたくさん学ばせてもらえたのだ。
俺は小さく息を吐いて、立ち止まると真っすぐにアルバート殿下を見つめながら言った。
「アルバート殿下。待って下さい」
「え?」
アルバート殿下は俺が止まった理由がわからないのか、困惑しているようだった。
「レン……いくらあなたがこのままでいいと言っても私は……これ以上は……」
俺は、手の力が緩んだ殿下の手を離すと、倉庫の扉を閉め、中から棒で扉を押さえて、簡単に鍵をかけた。
「レン!! どうしたのです? 未婚の男女が密室にいてはあなたの醜聞になります」
紳士なアルバート殿下はこんな状況でも俺の評判を気にしてくれている。
本当に……いいヤツなのだ。だから、決断が遅れてしまった。
俺は心の中でアルバート殿下に詫びた。
アルバート殿下、こんな方法しか選べなくてごめんな。
俺は自分の着ているシャツのボタンを片手で一つずつ外しながら、アルバート殿下に近付き、耳元でわざと声を低くして囁くように言った。
「男女ね……」
そして、シャツの前のボタンを全て開けると、アルバート殿下の手を俺の胸に持っていって再び囁いた。
「殿下……問題ないですよ。俺……男ですから……男と密室にいても醜聞にはなりません」
ゴクリと耳元でアルバート殿下が息を呑む音が聞こえた。
アルバート殿下の手は緊張しているようで石膏のように動かない。
俺は耳元で囁くように言った。
「もっとちゃんと触って確かめて下さい。――俺は、男です。あなたと同じ……」
そしてさらに殿下の手を自分の胸に押し付けた。
アルバート殿下の手が、ぎこちなく俺の胸を撫でた。そして殿下はいつの間にか夢中で無遠慮に俺の胸に触れてきた。
そして鎖骨や、脇腹、へそ……触れられるところは全て……一心不乱に俺の身体を撫でていた。
さすがにここまで触られると思っていなかった俺は少しだけ驚いたが、納得するまで触ってもらう覚悟を決めていた。
そして、殿下が胸の先に振れた瞬間。
「んぅ……」
油断していた俺の口から甘い声が出た。
あ、しまった。
その瞬間、アルバート殿下が俺の顔をじっと見つめたと思ったと同時に顔が真っ赤になった。
ふと、アルバート殿下の下半身を見るとぴったりとした制服がテントを張ったようになっていた。
あ……殿下……
俺の視線を追った殿下は、慌てて下半身部分を両手で隠すと鍵になっていた棒を外すと、倉庫の扉を開けて走って出て行った。
やり過ぎたかな……
「やり過ぎだ」
俺が思ったことと全く同じセリフが背後から聞こえて、振り向くとジークが立っていた。
「聞いてたんだ……」
俺の問いかけにジークが頷きながら言った。
「ああ、アルバート殿下がお前を探しに来たからな……イヤな予感がして後を付けた。アルバート殿下は振り向きもせずに走って行ったから私の姿は見ていない」
ジークは俺の前まで歩いてくると、俺のシャツを持ってボタンを止めてくれた。
「そんなに簡単に……脱ぐな」
俺は困ったように言った。
「一番確実だろ?」
するとジークは不機嫌そうな顔をしたかと思えば、シャツの上から俺の胸の先端を撫でたかと思えば、人差し指のはらで強く潰した。
「んっ……」
俺は慌てて胸を隠しながら言った。
「ちょっと、ジーク!! 何するんだよ!!」
ジークは俺の胸から指を離すと不機嫌そうに言った。
「少し触れたくらいでそんな声が出るほど弱いなら、無防備に晒すな。あと……私もお前のその声を近くで聞きたかった……」
は?
ちょっと、ジークさん、今のセリフ……何?
そしてジークが切なそうに言った。
「あと……身体を見て、男だとわかったくらいであきらめられるくらいの想いならいいがな……」
「え?」
殿下は俺のことを女の子だと思ったから気になるようになったんだろ?
男だとわかったらもう……
俺が困惑していると、ジークが木刀を持ってくれた。
「ほら、もうすぐ時間だぞ」
「ああ、そうだな」
俺は慌てて倉庫の外に出たのだった。
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