第22話 俳優は策士にもなる



 ノード侯爵家に到着すると俺たちは足早にジークの部屋に向かった。

 そして部屋に入った瞬間、ジークが両手を扉について俺を腕の中に閉じ込められた。


「この刺客は、第一王子側が放ったと思って間違いないな?」


 ジークの言葉に俺は大きく頷いた。


「うん。そうだと思う……俺がリディアと会わせるのを断ったから、ジークを暗殺するという方法を取ったのだと思う」


 元々舞台の台本で、ジークが刺客に狙われることはわかっていた。

 俺はニコラス殿下の最後のセリフを思い出して確信した。

 ――そうですか……私としては親切で提案したのですが……

 あの時、ニコラス殿下はそう言っていた。

 恐らく俺が、大茶会でリディアと仲がいいというのを見せたせいで選択肢が生まれたのだろう。

 

「お前の話だと、側妃殿下が刺客を放ったのだろう?」

「そう……ニコラス殿下の……母親」


 側妃は第一王子の母親だ。

 俺はニコラスの態度にどうしても胸の中に何か霧のようなものが掛かり、モヤモヤとした気持ち悪さを感じていた。


 第一王子という身分で、俺のような見た目が小娘(?)にまで異様に気遣う姿。

 部屋の中は、自分というよりも不特定多数の令嬢の好みにしつらえてあった。

 そして極め付けが……

 ――あなたが私との身体の関係を望むのなら……

 身体を重ねることさえも相手が主体。

 そしてこの物語の最後は、母親が刺客を放ったにもかかわらず、なぜか母親ではなくニコラスが幽閉される。

 俺は至近距離でジークを見つけて言った。


「ねぇ、どうする? あえて第一王子に本当のことを話してみる?」


 ジークに尋ねると迷うように言った。


「いや。それは止めた方がいいだろう。これは推測だが……第二王子は……レンに特別な感情を持っているように思う」


 どうやらジークのアルバート殿下の態度で気付いたようだった。

 俺は頬をかきながら困ったように言った。


「あ……うん、ね?」


 ジークは目を大きく開けながら言った。


「気付いていたのか?」


 ジークの言葉に俺は頷いた。


「まぁ、俺……そんなに鈍い方じゃないし……たぶん、これまでは学院では男だとして振舞ってきたけど、あの人ずっと俺のこと男装の令嬢だと勘違いしてたんだよ。でも今回と、前回の大茶会で俺がドレスなんて着てたから、女の子だって確信を持っちゃったみたいだ……」


 実は学院でアルバート殿下と過ごしながら時々、令嬢のように扱われているように感じることがあった。

 まさか、こんなことになるとは……

 俺が視線を逸らしているとジークが俺の頬に手を当てて俺の視線を自分に向けながら言った。


「いっそのこと、レンを私の婚約者として大々的に発表するか?」


 ジークの提案に俺は「ん~」と言って答えた。


「……それは最終手段だな。だって俺、いくら可愛い男の娘になれても……実際には男だからさ……結婚できないだろう? 俺との婚約破棄を発表してもさ、二番目と思うと……ジークのお嫁さんになる人が悲しい思いするだろ? ……ということでもう少し現状で様子をみるよ。もしかしたら、今後アルバート殿下がリディアと急接近するかもしれないからさ」


 ジークが俺の顔を泣きそうな顔で見つめながら「そうか……」と呟いた。

 そう、俺はジークの親友にはなれても……伴侶にはなれないんだよ。


 なぜだろう、当たり前のことを思っただけなのに胸が痛んだ気がした。

 俺はジークから再び視線を外しながら言った。


「ジーク悪い。ちょっと、カレンの所に言ってくる……離して……」


 ジークは「わかった」と言うと、まるで惜しむようにゆっくりと俺から離れた。

 俺は「また夕食でな」と言ってドレス姿のままカレンの部屋に向かったのだった。





「カレン~~いる~~?」


 カレンは、すぐに扉を開けた。


「あ、カレン、実は……うわぁ~~~~」


 カレンは俺の顔を見ると同時に俺を部屋に引きえれると、ジークと同じように俺を扉に押し付けて両手を腰の辺りについて俺を逃がさないというように閉じ込めた。


 本当にこの兄妹って似ているな……


 俺が二人の血を感じながらぼんやりとしていると、カレンが真剣な顔で言った。


「今の、王家の馬車でしょう? 何があったの? まさかニコラス殿下が送って下さったの?」

「カレン、落ち着いて。近いって!!」


 俺がカレンに声をかけるとカレンが俺を睨みながら言った。


「当たり前でしょう? 逃げないようにしているのだから。それで、どうしたの?」


 俺は頭をかくとできるだけ怖がらせないように普段の様子で答えた。


「あ~~帰り道で賊に襲われてさ、偶々通りかかったアルバート殿下の一行が助太刀してくれたんだ。それで心配だからって、送って貰ったの」


 カレンはそれを聞くとゆっくりと、俺から離れた。


「そう、アルバート殿下が……でもやっぱり襲われるっていうのは嘘じゃないのね」


 カレンは無理やり話を逸らしたようだった。

 俺はカレンを見ながら言った。


「なぁ、カレン。ニコラス殿下のこと好き? 前にさ、カレンを幽閉した後に、ニコラス殿下も捕まるって言っただろう? カレンはさ、自分が無事だったら、殿下を助けたいって思う?」


 カレンは眉を寄せながら言った。


「前にも言ったけれど……殿下のことを好きだとか、嫌いだとか……そういう感情はよくわからないわ」


 カレンはそこまで言うと、顔を上げて俺を射貫くような眼差しで見ながら言った。


「でも、私はずっとニコラス殿下の妻としてあの方を支えるつもりで生きてきたわ……それは間違いないわ」


 カレンのひたむきな瞳が俺にはとても眩しく見えた。

 そして俺はカレンに尋ねた。


「まぁ、絶対にないと思うけど、カレンから殿下をお茶会に誘ったことってあるの?」

「あるわけありませんわ!! そんな


 あ~~やっぱりないんだ。


 俺はこれは行けると確信を持ってカレンに言った。


「カレン。これから毎日、ニコラスをお茶にお誘いするんだ」

「は? レン、あなた、何を言っていますの!?」


 カレンは真っ赤な顔で大きな声を上げた。だが俺は構わずに続けた。


「それが唯一のニコラスを救う方法だ」


 俺の真剣さが伝わったのか、カレンが声を押さえた。


「殿下をお茶にお誘いすることがあの方を救う方法だなんて……」


 戸惑うカレンの手を取って俺は畳みかけるように言った。


「いいか、カレン。お茶会の時は必ずニコラスの隣に座ってこんな風に手を握って」


 俺はカレンに恋人繋ぎを伝授した。


「こ、こ、このような、は、は、はしたないことを、私にやれと?」

「うん。やって。ニコラス助けたいでしょう? それにカレンだって婚約破棄とかされたくないだろう?」


 カレンは眉を寄せながら「それはそうですが……」と言った。

 そして俺は最後にとても重要なことを言った。


「そしてカレン、これが一番大切だ。二人でお茶を飲んだ後は帰り際にならずお茶会の感想を言うんだ」

「感想?」

「そう。ああ、カレンが俺に教えてくれた『有意義な時間でしたわ』っていうのはダメだ」

「え?」


 唖然とするカレンに向かって俺は少し考えながら言った。


「例えば……『今日の殿下は上の空で淋しかった』とか、『今日はたくさん話ができて嬉しい』とか、そういう感想を言うんだ」

「淋しいなどと言っては……お困りになるのではないかしら?」

「大丈夫。それがニコラスのためにもなるんだ」


 俺が片目を閉じると、カレンは深く頷きながら俺を見て言った。


「わかりました。私もどうするべきなのか策があるわけではありません。どうせ婚約破棄をされ幽閉されるのでしたら、レンの策に乗りましょう」

「ああ、頼む!!」


 カレンはすぐに文机に向かった。


「ええ……早速すぐに手紙でお茶にお誘いいたします」

「うん、頼むぞ」


 俺はカレンの手紙の邪魔をしないように部屋をでようするとカレンに呼び止められた。


「あ、そうでしたわ、レン」

「ん?」


 カレンが困ったように笑いながら言った。


「ニコラスではなく、ニコラス殿下ですわ」

「あ、ごめん……」


 こうしてカレンが俺の策に乗ってくれると約束してくれたのだった。

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