第19話 一夜明けて……
「レン、腕が下がっているぞ」
「くっ!! ジークの力が強すぎなんだよ!!」
大茶会の次の日、俺はジークを朝稽古に付き合わせた。
ノード侯爵家の整備された訓練場に俺とジークの剣が重なる音が響いている。
昨日は、令嬢としてお淑やかに振る舞っていた俺はバランスを保つためにもどうしても身体を動かしたかった。
「これくらいにするか? 今日は学院に行くのだろう?」
「ああ。そうだな」
俺は着ている服の裾で顔の汗をふくと、ジークがじっと俺を見ていた。
俺はニヤリと笑うと、冗談っぽく言った。
「俺が令嬢じゃなくてがっかりしてるんだろう? 男だから、胸ないし」
ジークは俺を見ながら真剣な顔で言った。
「いや、むしろ触れたいと思っていた。汗が流れて……いや、なんでもない」
「エロいって?」
俺が目を細めると、ジークが小さく頷いた。
「そうだな……そうかもしれない……」
なぜだろうか、俺は真剣な顔でエロいと言って俺から目を逸らせずにいるジークから目が離せなかった。さらに
「……触ってみる?」
冗談っぽく言ったつもりなのに、自分の口から出たとは思えないほど甘い声が出て驚いていると、ジークが俺のシャツの上から脇腹に触れた。
「煽るなよ、私をどうしたいのだ?」
ジークも戸惑っているようだが、俺も戸惑っていた。『冗談だって』と止められないでいると、ノード侯爵家の者が訓練場に駆け込んで来て、ジークに「王宮より早馬です。早急に返事を求めています」と言った。
ジークははっとすると、俺から離れて「行ってくる。レンは着替えて食堂で待っていろ」と言って歩いて行ったのだった。
ジークの後ろ姿を見て、俺はほっとしたような、残念なような複雑な気持ちになったのだった。
俺、何やってんだか……
俺は、2人分の剣を片付けて「はぁ~」と、大きな伸びをして空に手を広げた。
今日は風が気持ちいいな……
しばらく目を閉じた後にゆっくりと開いて声を上げた。
「さてと、着替えて朝食に行きますか」
◇
食堂に向かう途中にカレンに会った。
「おはよう、カレン」
「おはようござます、でしょう。レン」
「おはようございます」
カレンにあいさつをするとカレンが俺を見ながら言った。
「昨日、いつもは必要最低しかお話にならないニコラス殿下が、あなたのことを聞いてきたわ」
「ああ、聖女を助けたって言っただろう? 親しいって言ったからな、それでだろうな」
そう答えると、カレンが心配そうに俺を見ながら言った。
「レン、油断しないようにね」
俺はカレンが心配してくれることが嬉しくて笑顔で言った。
「ああ、ありがとう」
「ふん、お礼なんて必要ないわ。私に火の粉が降りかかるのを阻止したいだけよ」
そう言ってカレンは先に歩き始めた。
本当に素直じゃないな……
そう思っていると、前からジークが手紙らしき物を手にして歩いて来た。
「お兄様! それは誰からですの?」
カレンが急いで、ジークに近づいた。
俺もジークに近付くと、ジークが俺に手紙を差し出した。
「え? 俺!?」
手紙を受け取ると、差出人を確認した。
――ニコラス。
(これって……ニコラス、第一王子か!?)
カレンも手紙を覗き込んできた。ジークは何かを考えるように口を開いた。
「ああ。今日の午後、殿下との個人的なお茶会に招待したいそうだ」
「個人的なお茶会ですって?」
それを聞いたカレンが俺の手から手紙をひったくり、中身を読み始めた。
(人の手紙を勝手に読んじゃダメだぞ……とはいえ、婚約者の自分を差し置いてお茶会の誘いがきたら気になるのは当然か……)
手紙を読むカレンの目が滑るように文字を追っているのがわかる。
しばらくしてカレンが手紙から顔を上げて、ジークに尋ねた。
「お兄様。ここには、返事を早馬の者に伝えて欲しいと書いてありますが、なんとお答えしたのですか?」
ジークは無表情に答えた。
「第一王子からの誘いを断る訳にはいかないだろ? もちろん承諾した」
「そう……ですわよね……」
カレンが力なく声を出した。
きっとカレンとしては複雑なのだろう。もう何年もニコラス殿下と個人的なお茶会に参加したことはないと言っていた。
それなのに大茶会で一瞬会っただけの俺が誘われたのだ。
「レン、今日は学院は休み、急いで準備をする必要がある」
ジークの言葉に俺は首を傾けた。
「え? 午後からなのに学院を休むの? 準備って……?」
俺が尋ねるとカレンが大きな声で言った。
「いいこと、ジーク。わかっていないようだから教えてあげるわ!! あなたは令嬢として招待されたの!!」
令嬢として招待。
それはそうだ。俺はジークのパートナーとして参加したのだ。女性と思われるのも当然だ。
ということはつまり……
「あ!! 服!!」
カレンは小柄なのでカレンのドレスはとてもじゃないが入らない。俺はドレスは昨日汚れてしまったあのドレスしか持っていない。
ジークが大きくため息を付きながら言った。
「その通りだ。すでにデザイナーの元に早馬を出した。朝食が済み次第、店に向かうぞ」
「ああ」
こうして俺は学院を休んで、再び令嬢になるための準備をすることになったのだった。
◇
「信じられない~~~、レンちゃんったら、よりにもよって第一王子を落としちゃったの~~~???」
デザイナーの元に行くと、大きな声を上げられてしまった。
「いや、いや、そういうんじゃないって……ただ話しただけだと思う」
ジークがデザイナーに真剣な顔で言った。
「突然で悪いが、今日の午後までに、今、この店ある第一王子に対面させても問題ないドレスをレンが着れるようにしてくれ!! あと、脱がせることが難しいドレスにしてくれ」
脱がせって!! ……ああ。男ってバレるわけにはいかないもんね?
もしかして、不敬罪とかになっちゃう??
デザイナーは、野太い声で言った。
「イエッサー、任せろ、必ず操は守る。そして間に合わせる。レン、直接身体に合わせてドレスを調整するからすぐに脱げ!! 俺は店からドレスを何着か持ってくる」
いつもと違って迫力満点のデザイナーの様子に俺は背筋を伸ばした。
「はい!!」
こうして俺はお姉様から、任務に忠実な軍曹のようになったデザイナーのおかげで無事に衣装を手に入れることが出来たのだった。
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