第18話 大茶会(2)



 俺はアルバート殿下に手を引かれて、人気ひとけのない場所に連れて来られた。そして、アルバート殿下は足を止めると、俺を見ながら切なそうな顔で言った。


「レンですよね? あなたはなぜノード侯爵と一緒にいるのです? そんな……侯爵の瞳の色のドレスなんて着せられて!! 恋なんてしてないって言ったのは嘘だったのですか?」


 瞳の色?

 あ……そういえば、ジークも瞳の色だと言っていたが……何かあるのか?

 いや、そもそも俺ってバレた??


「あの……人違い……」


 抵抗試みてみるが、アルバート殿下は絶対零度の視線を向けながら言った。


「私がレンさんを間違うとでも?」

「ご機嫌よう、殿下。そうです、私はレンです。よくわかりましたね……」


 無理、誤魔化せないと悟った俺は秒で正体をバラした。


「わかりますよ」


 アルバート殿下は当たり前のように言った。


「ところで、紫を着ると何かあるのですか? 俺はこの色が似あうと思っているのですが……」

「え? パートナーの瞳の色をまとって夜会に参加するのは『結婚前提』を意味します。まぁ、夜会ではないですが……」


 えええ?

 そうなんだ。ジーク言わなかったよな?

 夜会じゃないからいいや~とか思ったのだろうか?


 アルバート殿下が「そうか、深い意味はないのか……」と顔を緩めると、俺の頬に触れた。


「やはり本来の姿は美しいですね」


 本来の姿??

 どういうこと?

 女装ですけど!?


 アルバートはまるで獲物を狙う猛獣のように目を奥を光らせながら言った。


「確かに紫も似合いますが……青も似合うと思いますよ」


 そう言って、俺の頬にキスをした。

 目の前にアルバート殿下の青い瞳が輝いていた。

 あ、もしかして、青が似合うってそういうこと??

 自分の瞳の色ってこと??


 あれ? もしかして、俺、口説かれてる??

 アルバート殿下って、聖女リディアとくっつくのに!!


「待って下さい」


 アルバート殿下から距離を取ると、近くで話し声が聞こえた。


「あれは……ニコラス兄上と聖女殿? どうされたのだ?」


 アルバート殿下も咄嗟に、柱に隠れた。

 なるほど、兄弟そろってここに女性を連れ込むって……王族ワンパターンだな!?


「聖女殿、少し話をしませんか?」

「あの……話なら、みんなの前で……」


 リディアはニコラスに言い寄られていた。

 リディア、ピンチじゃん。

 俺は、アルバート殿下の唇に人差し指を当てた。

 アルバート殿下は驚いた後に顔を真っ赤にしていたが、俺はそれどころではない。


「殿下はこのまま会場に戻って。俺はリディアを助けます。いいですね。約束ですからね」


 俺がリディアを助けようとアルバート殿下の口から手を離すと、肩を引き寄せられて至近距離で尋ねられた。


「本当にあなたはノード侯爵の婚約者ではないのですね?」


 俺は微笑んで頷くことで返事をした。

 するとアルバート殿下はゆっくりと俺を離してくれた。

 そして俺は、アルバート殿下から離れると、能天気に声を上げた。


「あれ~~ここ、どこかしら? ああ~~リディア様~~!!」

「え?」

「あなたは……ノード侯爵の……」


 俺はニコラス殿下を見ながら微笑んだ。


「ニコラス殿下まで!! これは失礼を!! あ、もしかして、リディア迷ったの?? 一緒に会場に戻ろう? ニコラス殿下、リディアをありがとうございます」


 俺は、唖然としているニコラス殿下から風のようにリディアをさらってその場から逃げた。多分近くにジークもいるだろう。


「その声、レン様!?」


 俺は「し~」と言って片目を閉じると、リディアが嬉しそうに「助けて下さってありがとうございます」と言ったのだった。

 はあ、よかった。リディアはこの後、ニコラス殿下に強引に唇を奪われて、その記憶で苦悶するのだ。

 それを防げただけでもよしとしよう。


 そして会場まで来ると、リディアが俺を見て微笑んだ。


「レン様、本当にありがとうございます」

「いいって、怖かったな」

「……はい」


 すぐにリディアの護衛が姿を見せたので、俺はリディアを預けてジークを探した。


 ん~~近くにいるはずなんだけどな~~


 探したがすぐに見つからず、少し歩くと俺は頭に片手を当てた。


「ジーク様、今度観劇をご一緒しませんこと?」

「ジーク様、この後はどうされますの?」


 ジークは令嬢に囲まれて身動きが取れなくなっていた。

 は~~俺がリディアを助けられてよかったぁ~~。


 ほっとしていると、誰かとぶつかった。


「あ、すみません」


 思わず振り向くと令嬢数人がくすくすと笑っていた。

 見れば、新品のドレスに飲み物がこぼれていた。

 向こうは謝罪する様子もなく、くすくす笑いながら俺を見ている。


 うわ~~~陰険だな~~


 折角作ったドレスだったが、仕方ない。

 全てはジークがモテまくるのが原因だと思うことにしよう。


「大丈夫か?」

「へ?」


 俺がジークのことを考えていると、目の前にさっきまで令嬢に囲まれていたジークがいた。


「離れて悪かった」


 そして何を思ったのか、ジークは俺の額にキスをした。

 その瞬間、会場のあちらこちらから男女の悲鳴が聞こえた。

 さらに俺の腰を抱き寄せ、頭にキスをするというあからさまなイチャラブを見せつけた。

 

 俺は小声で「どうしたんだよ?」と聞くと、ジークが「令嬢が巻けない……悪い。これでは聖女を追えない」と言った。


 は~~~もう、その件は片付いたって……


 俺がげんなりしているとジークがさらに耳に唇を寄せながら言った。


「それに、折角美しい姿だったのに、台無しだ」


 俺は思わずジークを見て笑って小声で言った。


「あ、美しいって思ってたんだ。言うの遅いよね?」

「声が出なかったのだ……あまりにも……美しくてな」

「はは、可愛いとこあるな、侯爵閣下」

「からかうな」


 俺たちのやり取りは小声だったので、周囲には聞こえなかったようだが、二人でイチャラブしているようにしか見えなかったと、家に戻ってカレンに聞いたのだった。

 

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