第20話 王宮への呼び出し



「うん、やっぱり俺ってキレイだね」


 俺は鏡を見ながら半ばヤケになって言った。

 ここまで長い道のりのだった……


「ああ、こんなにキレイになってくれるんなら……俺の犠牲も無駄ではなかった……な……」


 デザイナーはここまで息を付く間がなかったのか、俺の姿を見ると、がっくりと椅子に座り込んで真っ白になった。

 アシスタントの男性もぐったりしている。


「本当にありがとうな」


 お礼を言うと、いいから行け、と顔で合図をしてくれた。


「さぁ、ジーク。間に合ったな。行こうぜ」

「ああ」


 そして俺はジークと共に馬車でニコラス殿下の元に向かったのだった。

 ジークは馬車の中で俺のドレス姿をじっと見つめると、無表情に言った。


「その色も似合っている」


 今日は、お店にあった青いドレスを着ていた。露出はほとんどなく装飾品も少ない。グラデーションのかかった青色を存分に魅せるタイプのドレスだった。


「ありがとう、今日は褒めてくれたな」

「ああ。その色だと……少しだけ冷静に見れる。だが……今後新しいドレスを作る時は……」


 俺は笑いながら言った。


「紫だろ?」


 ジークは「ああ」と頷いたのだった。





「ようこそ、お待ちしておりました」


 俺が城に到着したのは約束の二十分くらい前だった。お城に呼ばれたら、移動時間も最低でも三十分前には到着したかったが……これが最速だったのだ。

 ジークと共に広い宮廷内部を歩いていると、一際豪華絢爛な装飾品の並んだ通路に出た。すると俺たちを案内してくれた執事が口を開いた。


「この先は、ジーク様のみご案内いたします。ノード侯爵は別室にてお待ち下さい。別の者がご案内いたします」


 やっぱり一緒には行けないのか……残念。

 あわよくばジークも連れて行きたかったが、そう上手くは行かなかったようだった。


「さぁ、こちらです」


 そして俺はいかにも令嬢が好みそうな部屋に通された。どう考えてもここはニコラス殿下の私室ではないだろうし、一般的な応接室というわけでもないだろう。

 部屋の中には豪華というよりも華麗な調度品や美しい景色を描いた絵画、小さな置物が置かれ、カーテンにはふんだんにレースが使われていた。

 ドレスを着た令嬢が好みそうなあまり沈み込まないタイプの座り心地のいい明るい色のソファに座って部屋の中を見渡していると、侍女がワゴンを押しながら入ってきた。


(あれは……アフタヌーンティー!?)


 侍女はテーブルにお茶と、三段のトレーの上に小さくて可愛いお菓子がのったティーセットを置いた。お茶は綺麗なバラ色で、バラの花が浮かんでいた。

 さすがカレン婚約者がいても他の女性と親密になる王子様だ。

 何もかも完璧すぎる接待だ。

 ――もし俺が令嬢ならな……


(ちょっと引くくらい女の子好きそうなもてなしだな~~。お茶にも花びらが浮かんでるし、お菓子だって見た目が鮮やかで小さい! まさに令嬢の小さな口にも入る一口サイズ。……カレンには悪いが……遊んで無きゃ、このチョイスは選べないよな……)

 そして、侍女は最後にテーブルの端にベルを置いた。


「何かありましたらベルでお呼び下さい。それでは失礼致します」


 そう言って侍女が退席した。


(あれ? カレンに王宮の侍女は基本的には部屋に待機だって教わったけどな……俺は婚約者じゃないから侍女は付かないのか?)


 侍女が部屋を出て行ったことに疑問に思っていると、ふと不自然にレースのかかった場所があった。


(……? なんだ?)


 俺は、素早く近づいてレースをめくった。すると部屋を見つけた。


(ここ……隣の部屋と繋がってるのか?)


 そして俺は少し中を覗いて驚愕した。


 …………!!!!


 そして素早くソファーに戻った。心臓が早鐘を打った。


(どうしよう……巨大ベットがあったんだけど!?)


 隣の部屋には天蓋付きの豪華なベットが置かれていた。

 そして俺はもう一度、部屋の中を見渡した。


 女性が好きそうな部屋。

 女性が好きそうなお茶。

 女性が好きそうなお菓子。

 そして、下げられた侍女。

 

 全てが俺の考える最悪の可能性を示唆している。

 そして拳を握りながら思った――服は死守しよう。


 それだけを決めて座っていると、ノックが聞こえて第一王子のニコラス殿下が部屋に入ってきた。

 俺はソファから立ち上がると優雅に微笑み、殿下に淑女の礼を取った。


「お初にお目にかかります、ニコラス殿下」


 ニコラス殿下は、微笑みながら言った。


「本日はお越し頂きありがとうございます。急な申し出に答えて下さったこと嬉しく思います」


 あいさつを終えるとニコラス殿下はなぜか、ソファーに座らず立ち尽くしていた。


「……」

「……?」


 俺たちはお互い顔を見合わせながら首を傾けた。そしてニコラス殿下が口を開いた。


「私はどこに座ったら君にとって好ましいでしょうか?」


(どこに座ったら好ましい?? なんだこの質問? 何かの隠語か?)


 貴族の隠語はいくつか教わっていたが、その中に『どこに座ったら好ましいか』というのはなかった。しかも俺のお茶はすでに侍女が用意してくれていた。


「では、こちらに。私はもう茶を準備して頂いたので」


 俺は前のソファーに案内した。するとニコラス殿下は少し驚いた。

 何? その驚き??

 俺がニコラス殿下の反応に戸惑っていると、殿下が口を開いた。


「隣でなくてもいいのですか? どこでもいいのですよ?」


 隣? え? 何で?

 俺はよくわからないまま答えた。


「え、ええ」


 なんだ?


 ニコラス殿下は俺の前に座り、にこりと笑った。


「執事を呼んでも?」

「ええ」


 なぜか俺に執事を呼ぶことを確認すると、ニコラス殿下はベルを鳴らした。すると、すぐに執事がやってきてお茶の準備を始めた。お茶の準備が終わると、執事は部屋を出ようとした。俺は気になっていたあることを尋ねた。


「殿下、失礼を承知でお聞きします」

「今日はあなたとの会話を楽しみたいのです。失礼だなどの前置きはいりませんよ」


 ニコラス殿下がふわりと笑った。

 笑った顔は綺麗だが……まるで人形みたいだな。


「どうして、執事を下げるのですか? 傍にいて下さった方が不測の事態にすぐに対処できるのではないですか?」


 するとニコラス殿下は益々目を丸くした。


「執事が同席してもよろしいのですか?」

「ええ。もちろんです」

「では……侍女が同席してもよいのですか?」

「はい」


 なんだ? この変な質問?? 意味がわからない!!

 俺が内心困惑しているとニコラス殿下が執事を見た。


「では」


 執事も頭を下げた。そして手を叩くと、部屋の中に3人の侍女が入ってきた。

 やっぱり王家でも侍女は室内で待機するんだ?

 でも、それならなぜ最初は誰もいなかったんだ? 俺が許可したから入ってきたんだよな?

 俺の胸の中に違和感が広がっていくのを感じた。

 それから俺は「さぁ、お好きなものを召し上がって下さい」と言われて、侍女にお菓子を取ってもらったが、このニコラスという男が謎過ぎて迂闊に食べられない。


「あの、ニコラス殿下。本日はなぜ私を招き頂いたのしょうか?」


 一向に話が始まらないので、俺の方から話を切り出した。するとニコラス殿下は俺を見て言った。


「あなたは聖女の友人なのでしょう? あなたを通して彼女に会わせてもらえませんか? 私は彼女との仲を深めたいのです」


 は?

 おい、こいつ……頭大丈夫か?

 俺がジークの家に住んでるのは知ってるんだろ? 手紙が来たしな……

 ジークの家にはカレンがいるんだぞ? 

 婚約者がいて、他の女と仲を深めたいって……不謹慎過ぎだろう……

 ニコラス殿下は何を思ったのか、俺を見ながら言った。


「お礼はいたします。あなたが私との身体の関係を望むのなら……今からでも……」


 この人、何言ってるの~~~!?

 怖い、怖いんですけど!?

 俺は不快感を表に出さないように微笑んだ。


「身体の関係など望みません。それに聖女に会わせるというのもお断りいたしますわ。殿下」


 するとニコラス殿下が悲しそうな顔をした。


「そうですか……私としては親切で提案したのですが……」


 親切とは?

 誰か、こいつに親切の意味教えてやってぇ~~!?

 心の中で混乱する俺に向かってニコラス殿下は心底気の毒そうに言った。


「では気が変わったら……いつでも……どうぞ」


 そう言って、ニコラス殿下は席を立って部屋を出て行った。

 俺は唖然としながらニコラス殿下の背中を見送ったのだった。



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