第5話 作戦は臨機応変に





「聖女か……」


 ジークの言葉に、俺はいいことを思いついて声を上げた。


「そうだ!! ジーク。聖女になる前にノード侯爵家でリディアを保護できないかな?」


 ジークは眉を寄せた後に、沈黙してゆっくりと口を開いた。


「それは……悪くない考えだが……平民は戸籍なども整備させていない。この広い王都から少女を一人見つけることは至難の技だぞ?」


 俺はニヤリと笑って答えた。


「リディアは元準男爵家の令嬢だ。一代限りの爵位を譲り受けてたが、父が他界して平民になった。彼女の実家は、王都や貴族の邸宅の鏡や窓を手掛けるガラス屋を営んでいるはずだ」


 リディアは平民の中では裕福な家庭に育った。

 そのため知識と教養と貴族との繋がりを持つために貴族の通うセンディア学院に入学する。

 その入学式の時、学院の関係者しか入ることのできない礼拝堂で入学する生徒全員で祈りを捧げている最中に、聖女だという神託が下る。

 ジークが俺の顔を見ながら言った。


「なるほど、それなら場所を特定するのは容易い」


 俺はジークに向かって言った。


「だろ? じゃあ、俺が明日にでも行ってくるよ」

「レンが?」


 ジークは眉間にシワを寄せて考えた後に言った。


「御者に馬車で送らせたにしても、この世界に来たばかりのお前を一人にするのは得策ではない。私も同行しよう」

 

 それを聞いて今度は俺が眉を寄せながら言った。


「ええ~~ノード侯爵家のジークは、国民に氷の侯爵って呼ばれてるだろ!? 確か戦から戻ると王都を凱旋行進をしてるんだろ? 目立つって」

「スコアリーダーというのは恐ろしいな……そんなことまで知っているのか……」


 俺が知っているのは、舞台の台本に書いてあったからだが、今の様子では台本通りのようだった。


「というわけで俺が一人で行くよ」

「いや、レンだけでは不安だ」


 ジークと攻防を続けた俺たちは結局……。


「ん~~黒のフードの男って、いかにもな感じで目立つな。しかもめっちゃ質がいいじゃん。はぁ~~せめて茶色のフードとかないの?」


 ジークがフード付きのマントを羽織って、俺と二人で馬で行くことになった。

 俺は、馬小屋の周りを少し歩いて、庭師を見つけて話かけた。


「突然ごめんね、フード付きのマント持ってない?」


 庭師は立ち上がりながら答えた。


「フード付きのマント……? 持っていますが……」

「貸してくれないかな?」

「は、はい」


 俺は庭師から、茶色の少し汚れていい感じにダメージ加工をしてあるマントを借りた。


「ジーク、これ。借りてきた」

「ああ」


 ジークは素直に俺の借りてきたマントを羽織った。


「え!? 侯爵閣下がお使いに!? いやいや、そんな粗末な物を!!」


 慌てる庭師にジークは自分の着ていたマントを渡した。


「変わりにこれを……使え」

「え? え?」


 マントを差し出し続けるジークに恐縮した庭師は「ありがとうございます」と

頭を深く下げながら、ジークからマントを受け取った。

 ジークは庭師がマントを受け取ったことに満足して俺を見た。


「レン、それでは行くぞ」


 そして自分が先に馬に乗ると、俺を馬に引き揚げてくれた。

 てっきり後ろに乗ると思っていたのに、ジークの前に乗せられて抱き込むようにされてかなり恥ずかしい。だが、俺は馬には乗れないので、乗せて貰うしかないのだ。

 ジークの心臓の音が聞こえるし、片手で抱きしめられて、耳元でジークの声が聞こえて落ち着かない。


「どうした? 気分でも悪いのか?」


 耳元で聞こえる低音の甘い声と息が耳にかかり、思わず自分でも引くほどの甘い声が出た。


「んあっ……お、おい、ジーク。耳元で話すなよ……くすぐったいだろ?」


 ジークは楽しそうに言った。


「へぇ~、レンは耳が弱いのか……」

「んんッ……ってやめろって、エロ侯爵!!」


 思わず耳を片手で押さえて、声を上げればジークが不思議そうに尋ねた。


「レン。エロ……とはなんだ? 私はノードだ」


 俺はさらに耳を押さえていつの間にか叫んでいた。


「あ~~、今度教えてやるから、もう話すな~~~!!」


 こうして俺はげんなりしながら王都の西、聖女になるリディアの実家が営むガラス屋に向かったのだった。



 俺はジークにあえて少しだけガラス屋から離れた場所に下ろしてもらった。


「なぜここで降りるのだ?」


 俺はジークを見ながら答えた。


「ああ、偶然の出会いってのを演出したくてさ」

「偶然の出会いだと?」


 ジークは眉を寄せているので、俺は「ここで待ってて」と言ってガラス屋に向かった。ふと、ガラス屋の横道を見ると、丁度リディアの特徴である金色の髪に、翡翠の瞳を持つ少女が柄杓で植物に水を蒔いていた。


 チャンスだ。


 俺は彼女が水を蒔くタイミングで、水の当たる位置に走った。


「きゃあ、ごめんなさい!! 私の不注意で……大丈夫ですか?」


 計算よりも水の量が多くて俺は頭から上半身までびっしょりと濡れてしまった。

 だが、これで偶然の出会いを演出できると思った時だった。


「何をしている!?」


 は?


 俺は、走って来たジークに声をかけられた。折角フードで顔を隠したのに、走ったせいでフードが取れて顔が見えている。すると青い顔でリディアが声を上げた。


「もしかして……ノード侯爵閣下!!」


 あ……俺の計画が……。


 折角これをきっかけに話をしようと思っていたのに、リディアは青ざめて会話どころの空気ではない。

 

 何しに来たんだよ!!


 俺がそんな思いで、ジークを睨むがジークとは視線が合わない。ジークの視線は俺の胸の辺りに向いていた。


 なんだ?


 不思議に思っていると、ジークは突然マントを脱ぐと俺にかぶせた。


「とにかく着ろ!!」

「は?」


 全く意味がわからない。

 だが、ジークの表情は真剣そのもので、俺は反論できなくて仕方なくマントを羽織った。


「そんな誘惑するような姿でうろつくな!!」

「はぁ~~?」


 俺は本気で意味がわからなくて大きな声を上げてしまった。するとそれまで青ざめていたリディアが顔を真っ赤にした後に呟いた。


「もしかして逢瀬……」


 そして、姿勢を正すと淑女の礼をした。


「この度は折角の逢瀬に文字通り水を差してしまい、大変申し訳ございませんでした。侯爵様のように高価なお召し物はございませんが、そのままでは風邪を引いてしまいます。どうぞ、我が家でお着替えを……また、男性同士でも目立たないシンプルなお揃いのアクセサリーも取り揃えておりますので、どうぞご覧ください」


 あ……俺……もしかしてジークとデート中だと思われた!?

 しかも、アクセサリーを見て行けと営業までされてしまった。


 俺がこの状況をどうしようかと考えている隣で、ジークは平然と言い放った。


「世話になる」


 あ、否定とかしないんだ?

 もしかして、意味わかってないのか?

 ジーク……世間に疎そうだもんな……。


 俺は世間知らずのジークにため息を付きながらも、折角リディアと繋がりを持てるチャンスなので、彼女の提案を受け入れることにしたのだった。






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