第3話 悪役令嬢登場






「レン殿、まだ走られるのですか?」


 俺は、昨日からノード侯爵家で居候をさせて貰っていた。

 朝、起きると部屋の前に見張りの兵士がいたので、日課のランニングをするためのコースを聞いた。すると「レン殿を一人になど出来ません」と言って、一緒に走ってくれることになった。


「ん~~もうちょっとかな?」


 俺は毎日大体10キロは走っている。現在侯爵家の広大な敷地を一周したが……大体5キロと言ったところだ。もう一周くらいはしなくては物足りない。

 そして走った後に筋トレをして、木刀を借りて素振りをした。俺は昔から古武道を習っており、行ける時は道場に通っていた。ここは庭が広いので好きなだけ訓練ができる。

 俺が一通りトレーニングを終えて、兵士が差し出してくれた布で汗を拭くと、兵士は驚いた顔で言った。


「レン殿はどこかの国の傭兵だったのですか?」


 俺はアクション俳優だったが、この世界にそんな職業があるのかわからない。だから無難に答えた。


「いや、役者だったよ」


 俺がそう答えると、後ろから声が聞こえた。


「お前、役者だったのか……」


 振り向くとジークが立っていた。


 気配を感じなかった……。


 俺は、少し警戒しながらも軽い様子で答えた。


「うん、そう。あ、ジーク、俺の名前レンな?」


 ジークは俺をじっと見つめると、汗で張り付いていた髪を指ですくいながら言った。


「随分と汗をかいているな……水でも浴びたらどうだ?」

「ああ、そうするよ」


 俺が答えるとジークが無表情に言った。


「着替えたら食事にしよう。妹を紹介する」

「あ、ああ。わかった」


 『悪役令嬢』に会うと聞いて少し身構えてしまったが、この家に世話になるのならいつかは顔を合わせるだろう。それならば、早い方がいい。

 いつまでも俺を見ているジークを見ながら尋ねた。


「何?」

 

 するとジークは「いや、では後で」と言って去って行った。

 そして俺は井戸の水をかぶって、着替えをして食事に向かった。




 食堂に案内されると、ジークはすでに座っていた。

 執事に促されるまま、俺もテーブルに座った。ジークはお誕生日席に座っており、その対面する形でもう一人分の食事が用意されていた。

 そして俺の分はジークに近い場所に用意されていた。


「早かったな」

「まぁ、水を浴びて着替えるだけだったし……」


 俺は席に座ると、小声でジークに尋ねた。


「空いてる席が妹さんの席?」

「ああ」


 ジークは無表情に答えた。もう少し愛想よくできないものかと、思いながら待っていると、扉からぽっちゃりとした煌びやかな服を着た小柄な女の子が入って来た。

 

 あれが悪役令嬢カレンか……。

 

 カレンは、俺を虫を見るような目で見ながら言い放った。


「お兄様、男娼でもお呼びになったの?」


 ダンショウ?

 談笑?

 断章?


 俺は咄嗟に、カレンの言った言葉を理解出来なかった。

 ジークは表情を変えることなく答えた。


「男娼ではない。この男の名はレン。渡り人だ。我々の未来を知っているらしい」


 その時俺はようやく言葉の意味を理解した。


 ああ、ダンショウって、男娼かよ!? よく日常会話でそんな単語が出て来るよな……ったくこのお嬢さん、どんな日常過ごしてるんだよ!?


 さらにカレンは、バカにしたように高圧的に言った。


「そんなの嘘に決まっていますわ。まさかお兄様がそんな詐欺師にひっかかるなんて……」


 まぁ、それはわからないでもない。

 いきなり、俺のような男が朝食の場に現れて『ウェルカム!!』って大歓迎される方が不気味だ。

 俺は片目を閉じると、あえて軽い口調で言った。


「よろしくな、カレンちゃん」


 カレンは顔を真っ赤にして怒りを露わにしながら言った。


「カレンちゃんですって!? なんて馴れ馴れしい!!」

「俺との出会いの事は小物入れの三番目の引き出しの中に入っている日記に何って書くのかな? 今度教えてね」


 怒り狂うだろうと思っていたカレンはなぜか、唖然としながら呟いた。


「どうしてそれを……」


 俺はにっこりと微笑みながら言った。


「だから、俺は君たちを知っているんだって」


 実は、舞台のセットで小道具さんは『ここは絶対原作通りにいきます!!』とこだわっていたのが、悪役令嬢カレンの日記を書くシーンだった。

 だから俺はカレンが日記を書いていることも、どこに日記を隠しているのかも知っていた。


「きゃ~~~~~!! 覗きですわ~~~~!!」


 カレンは大きな声をあげると、食堂から走って出て行ってしまった。

 どうやらやり過ぎてしまったようだ。

 俺は、もうしわけなくてジークに「悪ぃ」と言うとカレンを追うために席を立った。するとジークに腕を掴まれた。


「お前……他に何を知っている!?」


 俺は、ジークに向かって言った。


「後で詳しく話するって、今後のこともな。とにかく今は、カレンを追う」


 俺は急いでカレンの後を追うと、ジークも俺の後について来たのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る