第2話 異世界転移




「何者だ!?」


 振り向くと、見たこともない外国人男性が立っていた。

 しかも服装がかなりクラシカルだ。まるで俺がさっきまで来ていた舞台衣装のような中世ヨーロッパの貴族の衣装という雰囲気だった。


「俺は……水沢蓮だけど……こんな答えでいいの?」


 どうして言葉が通じるのかとか、ここはどこなのかとか……疑問は次々に湧いてくるが、言葉にならなかった。


「どこから現れた? 音もなく現れたように見えたが……それにその格好は……初めて見るが……」


 男性が戸惑うのも仕方ない。

 いきなり謎の男が出現したのだ。俺なら大声をあげるだろう。だか、彼はとても冷静だった。


「俺もわからない。さっきまで廊下を歩いていたはずなのに……」


 男性は窓から空を見上げて呟いた。


「お前は……月の渡り人か……」

「は?」


 男性の視線の先を見ると、窓には赤い大きな月と、青い大きな月が半分見えていた。


「月が二つ?」


 思わず呟くと、男性が俺を見ながら言った。


「赤い月の夜に現れた月の渡り人は災いを……青い月の夜に現れた者は幸いを、という言い伝えがあるが……赤と青両方が半分づつ出ている日に現れた者は果たして、どちらだろうな?」


 男性は感情の見えない瞳で、俺を見た。


「どうしたい? 事情を話せばきっと多くの貴族が君の後見人になりたがるはずだ」


 俺は、目の前のグレーの髪に紫の瞳を持つ男に話かけた。


「君は? 俺の後見人にはなってくれないのか?」

「ほう、血を好むと言われる我がノード侯爵家に後見人になってほしいというのか?」


 俺は、その言葉を聞いてはっとした。

 銀髪に紫の瞳……そして、ノード侯爵家……。俺は震える声で尋ねた。


「なぁ、もしかして君って、ジークって名前じゃない……よな?」


 その瞬間、俺の首に剣が突き付けられた。男は目を細めて低い声で言った。


「なぜ、我が名を知っている?」


 俺は両手を上げながら答えた。


「あ~~そうだな、俺は君たちを知っていた……としか言えない」


 ジーク・フォン・ノードは、俺がさっきまで舞台で演じていた悪役令嬢の兄だ。容姿の記述、そして口調がどれも俺の演じた男の特徴に一致していた。


 ――嘘だろ? 自分の演じた男に会えるなんて……。


 俺の喉元には未だに剣が突き立てながらも興奮している自分に気付いた。するとジークが眉間にシワを寄せながら言った。


「俺たちだと?」

「ああ。君ってさ……カレンっていう妹いない?」


 ジークの瞳がさらに鋭くなる。そんな彼に向かって俺は少し考えて口を開いた。


「君たちの未来を知っているって言ったら……信じるか?」


 ジークは目を大きく開いた後に、剣を鞘に戻した。


「お前、まさかスコアリーダーなのか?」


 スコアリーダーと言うのが何かよくわからないが、預言者のようなものだろうと解釈した。

 俺は少し考えながら言った。


「まぁ、俺は君たちの未来しかわからない。だから、君が後見人になってくれると助かるけど……」


 もし他の貴族の名前を言われても俺にはその人たちがどうなるのかはわからない。

 ジーク、カレン。そして、カレンの婚約者の第一王子とニコラスと第二王子アルバート。そして……平民から聖女になるリディア。

 俺がわかるのは舞台の主要人物のこの5人くらいだ。

 それに……。


 俺は目の前の男を見つめた。


 ――恐らくこのジークという男は若くで命を落とす。

 自分が演じたということもあるが、見ず知らずの人間がいきなり部屋に現れたのに、騒ぐことも叫ぶこともなく、淡々と対処したこの男はきっと普段から感情を表に出すことを許されない過酷な世界で生きてきたのだろう。

 俺はこの感情を殺して懸命に生きる男を死なせたくないと思ってしまった。


 ジークは、無表情に俺を見ながら言った。


「私たちの未来を知るのなら、他に渡すわけにもいかない。我がノード侯爵家が後見人になろう」


 こうして俺は、ノード侯爵家に居候をすることが決まった。


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