悲劇の舞台が溺愛物語に変っていたら……どうしたらいい? 

藤芽りあ

第1話 千秋楽、熱狂の渦の中


 少し早い心臓の音が聞こえる。

 舞台に臨む時はいつだって、落ち着かない。

 演じる度に場の空気も観客の雰囲気も変わる。

 どんなに入念に準備しても、何が起こるかわからないのが舞台の醍醐味でもあるが怖さでもある。


れん、ラスト行くぞ」


 目を瞑り深呼吸をしていると、座長に声をかけられ俺はゆっくりと目を開けた。


「はい」


 よし、行こう!!


 今日は俺の出演する舞台『クロスクローバー』の千秋楽だった。


 

 俺、水沢みずさわ れん23歳。職業はアクション俳優。高校生の時からこの世界にいる。

 今回の舞台は、人気漫画『クロスクローバー』を舞台化した作品だ。

 俺は悪役令嬢の兄役、ジークを演じさせてもらっている。


 この舞台での見せ場は、なんといってもアクションシーンだ。特に数分にも及ぶ緊張感のある殺陣シーンは各方面から絶賛されている。

 稽古はかなりハードで身体は生傷や打撲も絶えない。

 身体が悲鳴を上げるたびに病院や整骨院にお世話になりながらやり遂げたので、千秋楽への想いもひとしおだった。

 俺は戦闘シーンで命を落とすという役なのでアクションがかなり多い。

 そして、俺は今日で最後となる悪役令嬢の兄として舞台に立つ。



 カーテンコールでは、大きな拍手喝采を浴びた。

 拍手はまるで会場を巻き込む渦のようになって磁場となり、何かとてつもない大きなエネルギーを発生させるような感覚になる。

 この時のために全ての努力があったのだと心から思える瞬間だ。

 鳴りやまない拍手を受けながら無事に舞台の幕が降りた。


「お疲れ様です!! 最高だったよ~~」

「お疲れ~~~!! 無事に終わったねぇ~~~!!」

「お疲れ様!! 大きなケガがなくてよかった!!」


 舞台が終わり、出演者やスタッフみんなと終わったことを喜び合う。

 皆、終わった直後は不思議な高揚感や達成感に包まれ、少ない言葉しか出てこない。

 それは俺も例外ではなく、すれ違う人みんなに「お疲れです!! ありがとうございます」と言いながら、着替えるために控室に戻った。





 ――水沢蓮様控室。

 控室に戻ると小さく息を吐いた。


「ふぅ、終わった……」


 終わった直後に感じた喜びと興奮から、無事に終わったことへの安堵と、この役との別れに少しだけ寂しさを感じた。

 マネージャーの早良さんは席を外しているようで、俺はノロノロと豪華な衣装を脱いで、舞台の化粧を落とすためにクレンジングを手に取った。


「ふぅ~」


 顔を洗って鏡の中の自分を見ると、ジークから自分へと戻っていた。

 ――終わったな。

 化粧を落とした鏡の中の自分を見てようやく、この役を終えたことを実感した。


 ――トントントン。

 

「レン~~~入るよ~」


 マネージャーの声が聞こえて返事をした。


「は~い」



 

 一年前。俺はマネージャーから舞台の仕事がきたと報告を受けた。


『蓮!! 舞台の話が来てるぞ! しかも今話題のクロスクローバーのジーク役。アクションが、かなり多いみたいで、女性の注目度が高いって言って小沢社長が息まいてたよ』


 人気のアニメで俺も見たことがあったので、ジークという人物は知っていた。


『え? 俺に?? 確かジークって悪役だろ? 今まで悪役なんてしたことないのに……』


 俺はその時、雑誌の撮影現場から自宅に戻る途中の移動の車だった。

 車の中で、うとうとしていたこところに話しかけられ驚いてしまったのを覚えている。


『社長が台本を読んだってさ。かなりカッコイイ悪役らしいぞ。社長がかなり喜んでいた。この舞台で様子を見て今後、お前の仕事の幅を広げるって息まいてたぞ』


『へぇ~~でも、確かに色んな役に挑戦したい』


『レンなら、色気あるいい悪役になれるって、期待してるよ』


『あはは、うん。ジーク、確かに寡黙で孤独な悪役でカッコイイよな。うん、俺も結構好きだし、やらせて下さい』


『社長に伝えておく』


 俺は、ジークを演じることができるのがとても嬉しかった……――




 俺にとってこのジークという役は生涯でもきっと忘れることのできない役だろうと思う。

 ぼんやりとボロボロになった台本を眺めていると、マネージャーが撤収作業をしながら言った。


「あ、そうだ。レン、今のうちに打ち上げに来ない方ににあいさつしておけよ。後は俺が片付けるから!!」


「ああ、頼んだ。じゃあ行ってくる」


 俺はあいさつをするために控室を出た。

 するとその瞬間、ぐにゃりと空間がねじ曲がった気がした。

 船酔いのようにゆらゆら揺れて、気持ち悪い……。


 何だ?


 そして気が付けば俺はまるで西洋の城のセットのなような場所に立っていたのだった。




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