父の餞別と仲間
「エリオット、起きるんだ」
その声と体を揺すられる感覚で、エリオットは深い眠りから目を覚ます。
「ん……、父さん?」
いつもの起床時間より一時間程早い。昨日の夜の緑色に見せた輝く瞳をうっすらと開ける。
「エリオット、最後の訓練だ」
いつもの優しい口調ではないラルフの言葉にエリオットは半身を上げる。
「準備が出来たら庭先で待っている」
そう言い残し、ラルフは扉を閉めた。
二人は庭先で対峙していた。エリオットは稽古でいつも使っている剣を持ってきたが、ラルフはもう一つの剣を用意していた。
「この剣を使え、エリオット」
そう手渡された剣は、まだ新しく、鞘から抜き取ると曇り一つない鋭い刃が確認できた。
「父さん、これって……」
「旅に出る餞別だ。この日の為に、街で買ってきていた。父さんが見立てた最高の一振りだ」
その剣を手にエリオットは二回振ってみた。柄に巻かれた皮もまだ新しく、そしてエリオットに合わせたのか重さも丁度良い。
「さあ、もう一つ、最後の餞別だ」
ラルフは佩いていた剣を鞘から抜き取り上段に構えた。そして息を小さく吸う。
「構えろ、エリオット!」
「は、はい!」
ラルフの気迫にエリオットは正眼に構えた。
ラルフの気が充実していく。今まで向けられたことのない怒りや殺意といった気が内包している。
大気の痺れをエリオットは感じた。
俺を殺す気だ……。
そう気構えたエリオットに対し、ラルフはさらに殺意を高める。
その気迫にエリオットは、体が硬直している事に気づく。ただ抵抗に抗い自由を求めるように、心や体を父と同じ気迫を込めて押し返そうとする。
「いくぞ」
ラルフが声を出した瞬間、殺意が向けられた剣尖がエリオットを襲う。
反射的にエリオットが出した手は防御だった。上段の剣を受ける。
金属が絶叫を上げて、二人の剣が交錯した。
折れたのはラルフの剣だった。折れた剣先は三メートルほど飛び地面に突き刺さる。
「……よくやったエリオット」
「はぁ、はぁ……」
ただ一つの動作をしただけなのに、エリオットの呼吸は恐怖と、それに抗う力で気力を使い果たしていた。
「魔物は人を殺す気で襲って来る。躊躇は命取りだ。今の体の強張りを出来るだけ弛緩させるよう覚えておくんだ」
「はぁ、はぁ……」エリオットは口の中が渇いているはずなのに、必死に唾を飲み込もうとする。「……分かり、ました。ありがとうございます……」
「さぁ、朝御飯にしよう。朝は大切だ。何よりもな」
ラルフは使い込んだ自分の剣の最後を見て溜息をつき、エリオットの頭を撫でた。
三人で朝食をとった後、ラルフは村長のバルクスから二頭立ての荷馬車を借りに行き、二人を乗せた。
ウィスは家の手伝いのため今朝は顔を出せなかった。
ラルフは一応エリオットに先ほどの騎士剣と頑健な鎧一式、それにポーションを三つ持たせた。ポーションは腰に下げた袋に入っていて、エリオットの動きに合わせてカチャカチャとガラスの擦れる音を立てる。
飼葉を乗せたラルフは手綱を持ち、荷台に座る二人に声をかけた。
「じゃあ、出すぞ」
馬車はゆっくりと走り出す。
事情を知っているラルフとエミリエからは、エリオットに対して話すことは何もなかった。
魔法の練習以外、村の外に出たことがなかったエリオットは、森から平原へと移り変わる風景を目を輝かせながら見ている。遠くに青い屋根を被った白い王城が見えた。
「あそこが目的地? すごい、あんな高い建物があるなんて」
エリオットは瀟洒な建物と、その裾野に広がる街並みに感動していた。
エミリエはそんなエリオットを慈しむように見ていた。そして、どうか無事に旅を終えて戻って来て欲しいと、心の底から祈っていた。
それぞれの思いを乗せたまま荷馬車は検問に入り止められたが、ラルフの名前を出すと、すんなり通してくれた。好奇の目で街並みを見ているエリオットをよそに、荷馬車は真直ぐに王城の扉へと着いた。そこには四人の近衛兵が立哨していた。一人の近衛兵がラルフに近づく。
「スワリ村に出向しているラルフというものだが、国王陛下と面会したい。私の名前と、息子が覚醒したと言えば、すぐに許可が下りると思う」
そう言って国王直属の騎士の証明である銅製のメダルを見せた。
「了解しました。少々お待ちを」
その近衛兵は甲冑の擦れる音を盾ながら城内へと駆け足で入っていった。
エリオットは相変わらず物珍しげに辺りを見渡している。
「街には来たことがなかったからな、珍しいか?」
「うん。甘い匂いや良い香りがしたり、色々な物が売っていて見飽きない。近くに、こんな街があったんだね」
「エリオットは、ずっと剣術と魔法の練習ばかりで遠出しなかったものね」
「これから世界を回って、色々な経験を積むことになる。魔王がいるとしたら、それを倒して無事にスワリ村に戻ってこいよ」
「うん、分かっている。必ず無事に帰ってくる」
ラルフは一晩考えた後、勇者として送り出す事に決めた。ただ無事に帰って来て欲しいとだけ願っていた。ラルフとエミリエは、エリオットに最後の言葉をかけるかのような話をしていた時に、先ほどの近衛兵が戻ってきた。
「国王陛下の許可が下りました。どうぞこちらへ」
ラルフは一度頷いた後、荷馬車の背後に回りエミリエの手をとって馬車から降ろした。エリオットは荷馬車から飛び降り三人は歩いて少し開かれた王宮の門をくぐった。
白を基調とした王宮の内部は絢爛としており、不況の世を感じさせなかった。ここでもエリオットは宮中の骨董品などに興味津々といった表情を見せていた。
謁見の間に三人は通され、すでに玉座に座っていたクレイトスに、ラルフとエミリエはひざまづき頭を垂れた。エリオットもそれに倣う。
「三人とも頭を上げてほしい」
クレイトスの落ち着いた声が謁見の間に響く。
三人は頭を上げてクレイトスの表情を見た。
「クレイトス国王陛下、突然の訪問で申し訳ありません。昨夜、エリオットが覚醒し書簡で知らせるより早いと思いまして連れてきた次第です」
「構わない。ところでエリオットよ魔王がいるというのは本当か?」
一国の王が自分の名前を知っている事に戸惑いながらも述べる。
「はい。魔王は存在します。だから僕、いえ……、私が倒さなくてはいけないのです」
各国の手紙には魔王の『ま』すら出没した情報は無かったが、クレイトスは顎髭を扱きながら用意していた言葉を発した。
「分かった。だがお主はまだ弱く若い。旅の供をこちらで用意したので、その者たちを導き、共に魔王を倒してほしい」
エリオットが了承する前に、クレイトスは立ち上がり机の上にあったハンドベルを鳴らした。すると謁見の間の奥の扉から二人の人影が姿を現した。そのうちの一人は隆とした体格のベルハルド・ガレーだった。
「ベルハルドさん!」
「よっ、坊ちゃん。……じゃなくて、もうエリオット君って呼んだ方がいいかな?」
「エリオットでいいよ。久しぶり!」
もう一人の女性には見覚えがなかった。その女性はベルハルドの隣に並び一礼した。
「初めまして、ブランノール法治国より参りました、カルナ・ディエロと申します」
カルナはどこかクラーレの面影があった。だが年齢はエリオットと変わらないぐらいだ。白い法衣に身を包み、水色の長い髪をポニーテールでまとめ目は薄い茶色だった。右目に小さな涙ボクロがある。身長はエリオットより頭半分ほど低い。
「初めましてカルナ。これからよろしく。ところでクレイトス国王陛下、いつ御二人を用意されていたのですか?」
「そ、それはだな、何というか、そ、そう! こんなことも想定して準備させておいたのだ!」
と、何とか苦し紛れな言葉を発した。
「その御慧眼、さすが国王陛下であらせられます」
エリオットは慇懃に額面通り受け取った。
「う、うむ。ではエリオットよ、気をつけて旅をしなさい。後は少ないが幾ばくかの路銀を用意している。そなたがいなくなることで悲しむ人はたくさんいる。決して無茶はいかんぞ。武具は揃っているか?」
「はい、父よりいただきました最高の騎士剣と鎧を持っております」
「あと世界地図を渡す。無事に帰国し自分の使命を果たすのだ。私からは以上だ」
「ありがとうございます」
エリオットは膝まづいたまま頭を下げた。
その会話を一階の一室で聞いていたトラステリアと彼女を護衛する騎士、シノビたちがいた。
「ようやく出発ね、では私たちは先に出発しましょう」
トラステリアは騎士たちに目配せすると、自分の荷物と無線を持って素早く城外に出た。
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