お手本
「エリオット君、疲れたでしょう」
昼食前にクラーレが聞いてきた。
「最初は疲れたけど、上手くマナが回せるようになってからは疲れなくなりましたよ」
「うん、自然とマナが回っている証拠ですね。午後も続けられそうですか?」
「大丈夫です」
すでにクラーレの教師魂に火がついていたようだ。子供の想像力に底が見えない魔力のタンク。それをかけ合わせたら、どのような魔法使いになるか。おもわず彼女の顔から笑みがこぼれていた。
「マナを感じとることが出来たので、今度は放出速度のコントロールを勉強します」
午後は塀に囲まれた庭での授業だった。塀といっても、木材を格子状に組んだだけの庭で。そこには雑草もちらほら伸びていた。
「じゃあ、まずはお手本を」
クラーレは、ひときわ高い雑草を指差した。その雑草とは五メートルほどの距離があった。
「あの雑草を魔法で切ってみます。よく見ててくださいね」
クラーレは午前中と同じように人差し指を彼女の目の高さまで上げた。すると指先の空気が歪み、それに吸い込まれるように風が集まる。彼女のベリーショートも、さらさらとその風になびく。
「いきますよ」そう言って、その歪んだ空気の塊が人差し指を曲げると同時に、歪んだ空気の塊が投げ放たれる。すると、その塊が飛ばされ雑草に当たった瞬間、雑草の先端が斬首されたように跳ね落ちた。
「あっ!」
「これは空気の刃をイメージして飛ばしました。簡単に見えますけど、ちょっと中級者向けの魔法ですね。この前、勉強で教えたように普通ならば、濃密な空気はすぐに掻き消えます。五メートル程の距離なら、相当大きいか強い空気の刃を生成しなくてはいけません。ただ飛ばすのは指を曲げる速度ではなく、身体を巡るマナの速度で飛ばさないといけません。指を曲げたのはあくまでも補助的なものです。ここまで言ったことは分かりますか?」
「はい、なんとなく」
「ただ放出するものをイメージしたもの次第で基本速度は変わります。たとえば……」
そう言ってクラーレは人差し指を高くかかげ天に向けた。指先の空気が歪み始める。すると上空に小さな黒雲が発生し帯電していく。タイミングを見てクラーレが腕を降ろすと、青い稲妻が見に見ない速度で地上に落とされた。落下地点には何もなかったため、空気が急激に膨張された破裂音だけが響き渡る。
エリオットにとっては、まさに青天の霹靂だった。
クラーレは逆立っていた髪の毛を手で直しながら言う。
「電気系統の魔法は性質上、初めから発射速度が桁外れだから便利なんですが、修練しないと狙った方向に発射されないから注意が必要です。それに近くに落とすと、自分も被害を受けますし髪の毛が逆立っちゃいます」
「すごいすごい!!」
エリオットは子供らしく、跳びはねて興奮を露にしていた。
「じゃあ、部屋に戻って放出速度の練習をしましょう」
「えっ、外でやらないのですか?」
「基本は室内でも出来ますよ」
「は、はあ……」
クラーレの使った魔法の練習が出来るものだとエリオットは思っていたので、少し落胆した表情を見せた。
部屋に戻った二人は再び向かい合わせで座った。
「では、今度は左手で放出する練習から始めましょう。両ききの方が、いざというとき便利なので」
午前中と同じように二人は手を取り、今度は時計回りでマナを循環させた。エリオットは最初とまどっていたものの、ものの五分ほどでスムーズに回せるようになった。
「慣れてきましたね。それでは今度は速度を一段階上げましょう」
クラーレからのマナのスピードが速くなってきた。エリオットは負けじと左手でマナを素早く送り返す。
「左手からのマナにまだムラがありますね。受けたマナをそのまま返すように」
エリオットは頷きながらも、相手のダンスのスピードに合わせるように、クラーレと一体になってマナを回すように集中した。
「マナの速度をもっと上げていきますよ」
「は、はい!」
クラーレはマナを送り込むスピードを段階的に上げていった。
午前中、エリオットは自然体で出来ていたものが、今は集中しないと相手に合わせられないほど、彼は悪戦苦闘していた。二十分ほど経った頃だろうか、エリオットに明らかに疲労の色が見え、額に汗がにじんできた。
「じゃあ、速度を落としましょう。休憩です」
苦難の表情を見せ始めたエリオットに、彼女は涼しい顔で言った。
マナの流れが止まった途端、エリオットはクラーレと手を繋いだまま項垂れる。
「き、きつかったです」
剣の稽古でも音を上げなかったエリオットが、初めて弱音を吐いた。
「先程の速度でも、私の最高速度の十分の一にも満たないです。練習あるのみです!」
「うへぇ~~」
エリオットはクラーレの手を離した。
「疲れました……」
「エリオット君は筋が良いですよ。私でさえ、この練習によって今の自分の速度に達するまで、八年かかりました。ですから、まだ私も成長段階です。基礎をしっかりと反復練習しないと、辿り着けるところまで辿り着けません。エリオット君なら、私の域に達するまで五年とかからないでしょう」
「ご、五年……」
「あれ? 今、無理だと思いませんでした?」
一年もエリオットを教育していたクラーレは、彼の性格を熟知していた。
「いや、大丈夫です! やってみせます!!」
エリオットは、この後ラルフとの稽古があるにもかかわらず、まんまとその言葉に乗ってしまった。
「後で一人で出来る放出速度の練習を教えましょう。暇なときにでも、やってみてください」
「はい!」
「とりあえず身体が落ち着いたら、もう一度やりましょう」
「……はぃ」
その日の午後は、エリオットが疲弊しきるまで練習が行われた。
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