魔法の勉強

「ただいまー」

 いつものように巡回を終えた昼下がり、エリオットがラルフと一緒に帰ってきた。

「おかえりなさい、思ったより早かったわね」

 リビングにいたエミリエが、クラーレと共に二人を出迎える。

「それでは夕食を作りましょうかクラーレ」

「はい、奥さま」

 夕闇が立ち込めるまでには、まだ時間があった。家から夕餉(ゆうげ)の香りがするまで、エリオットはラルフを相手に剣の稽古をしていた。


「エリオット君、今日からは魔法について勉強します」

「まほう?」

 翌朝から早速、魔法の練習が始まった。二人はエリオットの部屋で、向かい合わせに座っている。

「私の国では、魔法というものが盛んに研究されています。ただ魔とは名ばかりで、魔物や悪魔とは関係ありません。魔法はマナというエネルギーを循環させ一点、もしくは全身から放出するものです。マナというものは大気や植物、昆虫、などにも微量ながらも流れていますが、動物の方がマナの容量が高いです」

「はぁ」

「一気に言ってしまいましたが、とりあえず試しにやってみましょう」

 クラーレは人差し指を立て、そして僅かに集中した。すると指先から陽炎が立ち上がり、やがて渦を巻きながら発火した。煤すら出ないその渦巻く赤い火柱は、五センチほどだったが、エリオットを驚かすのに十分だった。

「すごい!!」

「すべての物質は、アトムと呼ばれるもので出来ています。マナはアトムを刺激し、色々な状態に変化させることが出来ます。これは風と炎のイメージを具現化し、一点から放出したものです。イメージは組み合わせることが可能です」

「すごい、すごい!!」

 エリオットは目を煌めかせ、その瞳に火柱を映していた。思わず身を乗り出す。

「エリオット君、とりあえず落ち着いて」

「は、はい」

 エリオットは取り直して背筋を伸ばす。

 クラーレは指先の炎を消した。

「まずはマナの流れを感じるところから始めましょう。それではエリオット君、両手を前に出して」

「はい」

 エリオットは素直に両手を前に出した。

 その手をクラーレは輪になる様に、しっかりと掴んだ。

「では、私は右手でマナを流し込んで左手で同じ量を奪います。すなわちエリオット君からしてみれば、左手からマナを送り込まれて右手から出ていくことになります。まずは微量を流し込み少しずつ増やしていくので、それを感じてください。それではいきますよ」

 軽く微笑んだクラーレは、ごく微量のマナを流し始めた。エリオットを見るも反応がない。徐々に強くしていくと、違和感を感じ始めた。マナを流し込む先のエリオットが。底の見えない巨大なタンクのようなイメージが浮かび上がる。

「なにこれ……」

 瞠目するクラーレは、思わず過剰にマナを流し込んでしまった。

「あ、何か少し暖かいものが流れ込んできている感じがする」

 それでもエリオットは平気な顔をしている。

「あっ、ごめんなさい!」

 クラーレは思わず手を離して謝った。反射的に謝ってしまったが、本当に悪いとは思ってなかった。エリオットの潜在能力を知った驚きと、大量にマナを流し込んでも全然平気な彼に、畏怖に近い驚きを感じたからだ。

「ちょ、ちょっと待って下さいね」

 クラーレは激しく動揺していた。彼女の胸中には、驚嘆と歓喜の波が押し寄せていた。魔法の逸材を目の当たりにしたのと、勇者たる存在である子供を育てられることに。

「クラーレ先生? クラーレ先生ってば!」

「あ、ああ、ごめんなさいね。続きをやりましょう!」

 我を取り戻したクラーレは、再び両手を前に出した。

 それにつられて、エリオットも両手を伸ばして手を握る。

 クラーレは再びエリオットにマナを流し込んだ。彼女のマナはどんどん吸収されていく。

「エリオット君、今度は自分で右手からそれを放出してみましょう。私と君とで循環するようなイメージで」

 少し難しい課題にエリオットは目を細めた。

「えっ、こ、こうかな」

 エリオットは思わず右手に力がこもる。

「それは単に力を入れているだけです。私のマナを流れているのを感じて、それを循環させて押し出す感じで」

 エリオットの苦闘は続いた。二十分ほどクラーレのマナを感じ続けていると、自分にどんどん何かが蓄積されているのを感じ始めた。感覚を掴み始めたころ、彼の右手から徐々にマナがクラーレへと流れ始めた。

「いい感じですよ、そのまま、そのまま」

 クラーレのマナが左手から流れ込み、それを上半身で移動させ右手から放出する感じを掴めてきた。

「あ、分かってきたかも」

「やっぱり覚えるのが早いですね。うん、いい調子です。後は左手に入ってくるマナと、同じ量のマナを右手から出すように調整してみて下さい」

 要領を掴んだエリオットの右手からの放出量が、クラーレのマナの量に近づいてきた。やがて訓練を始めて三十分後、エリオットとクラーレのマナの循環はスムーズになった。

「もうコツを掴んだみたいですね。これを集中しながらではなく、自然と流せるようになるまで続けましょう」

「はい!」

 その訓練は、ラルフが午前の巡回から帰ってくるまで続けられた。

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