勇者
ラルフが家に帰ると、エミリエの両親とケーナがテーブルでお茶を飲んでいた。
「ただいま戻りました」と、言うなり、戸口の近くにいたエルガが飛びついてラルフの両肩を掴んだ。エルガの目の下には酷いくまが出来ている。
「ラルフ、なんで勝手に名前を決めたんだ!」彼は涙目で訴える。「三十二個も名前を考えてきたのに!」
こうなることが予測できたので、ラルフは早めに手を打っておいたのだった。
「いえ、以前からもう決めていましたので……」と、嘯く。
「でもエリオットか……。何度も復唱するとピッタリな気がしてくるな」
すぐにラルフから手を離し、エルガは顎を指で挟んで頷く。
ようやく落ち着いたエルガを余所に、ケーナがラルフに話しかけてきた。
「赤子は……、エリオットは落ち着いているみたいだな。それと一つ言いたいことがある。二、三日内に国王から馬車が来るはずだ。それに乗って王に謁見して欲しい。産後のエミリエには体力的に辛いとは思うが」
ラルフは瞠目した。
「国王自らにですか!?」
ケーナは首肯する。
「もちろんエリオットを連れてだ」
「昨日言っていた勇者というのが関係しているのですか?」
「それはまだ言えない。あくまでも確認という事だ」
「わ……、わかりました」
国王の命とあらば行かない訳にはいかない。昨晩ケーナが言っていた『勇者』と言う言葉が関係しているのだろう。勇者と言われる我が子を、真っ当な道に育てられるだろうか。ラルフは背中に重圧を感じ始めていた。
馬車がスワリ村に着いたのは、エリオットが産まれて三日後の朝だった。
出向してきたベルハルドは、もうしばらくスワリ村の警備につくことになった。
ラルフは王都から来た馬車に、エリオットとエミリエを乗せた。白を基調とした馬車は王都に向って走り出す。その馬車にはケーナも乗っている。
誰も一言も話さない。ラルフは不安顔のエミリエの手を握った。大丈夫だ、という意味を込めて。
産後の女性と赤子を乗せているため、馬車は出来るだけ振動させないように六時間ほどかけて王都へと着いた。門をくぐる際、知った顔を見つけたが馬車は止まらない。そのまま王城へと入っていく。ラルフにとって王城に入るのは久しぶりだった。高さが平屋の二倍程の扉の前で馬車は止まった。近衛兵によって馬車の扉が開かれ、馬車は入っていく。
停まった先でラルフは馬車を降り、エリオットを抱いたエミリエの手をとって、二人して王城を見上げた。ケーナも後に続く。その門が開けられ、エミリエの手を握ったまま城内へと入っていった。
近衛兵を先頭に連れて行かれたのは、謁見の間ではなく一階の奥にある一室だった。その部屋に通されたとき、入り口の近くに国王のクレイトスが立っていた。近衛兵もラルフも思わず膝まづく。それを見たエミリエとケーナも膝まづこうと構えた。
「いや、そんなに畏まらなくていい。こちらこそわざわざ来てもらってすまない。今、機械の点検中だから、しばらく待っていてくれ。すぐに終わる」
クレイトスのバリトンの声は一室によく響く。
「機械、ですか?」
中腰から立ち上がりながらラルフは問う。
「何百年前に作られた古の機械だ」
その機械は、十畳ほどの部屋の中央に置かれていた。成人男性が横になれる程の、金属で造られた細長いテーブルのようだった。その機械に一人の男性が横たわり、体表が青白い光を放っていた。その機械の下から太い紐の様なものが、ちょうど腰の高さぐらいの別の機械へとつながっている。その腰の高さぐらいの筐体で、もう一人の男性が点検をしている。やがて点検をしていた男性がクレイトスに目をやった。
「クレイトス国王、動作確認が終わりました。正常です」
すると金属のテーブルに寝ていた男性が起き上がり、横に避けた。
「ではラルフよ、その赤子をテーブルの上に置いてくれ」
「は、はい!」
ラルフはエミリエからエリオットを受け取り、テーブルの上に乗せた。そしてクレイトスの隣に戻った。
「測定を開始してくれ」
クレイトスが二人の男に命じる。
二人のうち一人の男が筐体のボタンを押した。するとエリオットが先ほどのように青白く光り出し、室内を明るく染めた。その光は天井まで伸び、王宮を揺るがす。余人は驚愕の表情で見ていた。
「数値はどうだ?」
「な、七百を超えています。常人ではありえない数値です!」
「……とうとう来てしまったのか」クレイトスは目を瞑って呟く。「ついに勇者が誕生してしまった」
ケーナは崩れ落ち、ラルフとエミリエは呆然と二人の様子を見守ることしか出来なかった。
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