父としての責任

 ラルフの家を飛びだしたケーナは、村の郵便員の家まで息も絶え絶えで辿り着いた。そして狂ったように扉を叩く。

「ピーク、起きてくれんか! 火急の用だ!!」

 しばらくして郵便員のピークが、ランタン片手に扉を開けた。

「もう、こんな夜更けに何の用ですか?」

 ピークはもうすでに寝間着に着替えていた。

「速達を頼む! 宛先はクレイトス王だ」

「王にですか! いったい何ごとですか!?」

「いいから手紙を!」

 そのときケーナは何も持っていないことに気付いた。

「ああ、すまん。紙とペンを貸してくれ!」

「はぁ、どうぞ」

 ピークはケーナを部屋に招き入れた。

 リビングに招き入れられたケーナは、紙とペンを借りるなり一筆したためた。

『スワリ村に勇者が生誕いたしました ケーナ』

 その紙を半分に折って封筒に入れる。

「すまない、これを!」と、書いたそれをピークに渡した。

 ピークはただ事ではないと思って、すでに着替えていた。

「分かりました。その代わり料金は倍ですよ」

「後で三倍でも四倍でも払うわい、頼んだぞ」

「馬単騎なので、二時間弱で着くと思います。それでは」

 検問を待たずに通過できる郵便員の制服を着たピークは厩舎へと走り、愛馬に跨って王城へ向かって駆けた。


 しばらくしてケーナが暗澹とした表情でラルフの家に戻り、扉を叩いた。

「どこに行っていたのですか、ケーナさん」

 扉を開けたラルフは問う。

「赤子は無事か?」

「はい、もう一人の助手の方が対応してくれて、今は眠っていますが」

「途中で飛び出してすまない。もう一度、赤子を見させてくれんか」

「ええ、構いませんけど」

 そう言ってケーナを寝室へ招き入れた。

 赤子はもう授乳が終わったのもあって、エミリエの腕の中で寝息を立てていた。

「ケーナさん、ありがとうございます」

 エミリエは無事出産できたことに礼を述べた。

「少し赤子を見せてもらってもいいか」

「? はい」

 眠っている赤子に近づき目に手をかけた。そして優しく目蓋を開けて瞳を見る。

「やはり緑色か……」

 ケーナは額に手をあてた。

 ラルフは唸るケーナに聞いた。

「ケーナさん、先ほど勇者がなんとかと言っていましたが……」

「ああ、数日経てば分かるだろう。今はそれしか言えない」

「勇者か……」

 自分の息子が勇者だとしたら、なんと光栄だろうと思った。だが同時に勇者が生誕したとなると、魔王という存在も現れるのかもしれない。少し悶々としながらも、親となった責任感を感じながら、ラルフはリビングで眠りに落ちた。


 そろそろ就寝しようかと思った壮年のビルダーナ国王クレイトス・ビルダーナは、スワリ村から届いた速達に目を見開いた。

『スワリ村に勇者が生誕いたしました ケーナ』

 短い文章だったが、彼の眠気を吹き飛ばすには十分な内容だった。

「なんてことだ、まさか私の代で勇者が誕生するなんて!」

 彼は急いで執務室に戻り、席に座った。そして引き出しから七枚の紙を取り出し、それらにペンを走らせた。

 一枚はスワリ村のケーナ宛。六枚は各諸国にだった。


 早朝、ラルフとエミリエは息子の名前を考えていた。エミリエは授乳で何度か目を覚まし、ラルフもそれに付き合っていたため、かなり寝不足だった。

 ベルハルドはまだ寝ているようで、エルガが来る前に早目に決めようと思っての事だった。

「ケーナさんが言うには勇者らしいから、三英雄の剣の達人であるニフラエムとかどうかな?」

「そんな名前付けて、もし勇者じゃなかったら名前負けしちゃうでしょ」

「うーん、確かに」

「私の知っている童話に出てくる、王子様のコーネリアスとかどう?」

「コーネリアスか、いかにも王子様っぽいな。もし学校に行った時、いじめられたらどうするんだ」

「うーん、確かに」

 二人はしばらく黙考していた。するとラルフが幾つか名前を列挙していく。

「ブックバルグ、エリオット、カスティアーノ、ニカ、エンドルフ……」

「あっ、エリオットが良いんじゃないの? 礼儀正しそうで」

「そう? じゃあそれでいく?」

「私は良いと思うわ」

「エリオット……、エリオットか。うん、エリオットでいこう。今日からお前はエリオット・ボルケニアだ」

 そう言ってラルフは、エリオットの頭を撫でた。

「エルガさんが来るまでに、村役場に出生届を出しに行ってくる」

 ラルフは急いで上着を羽織り、一応帯剣して外に出た。

「エリオット、今日からあなたはエリオットよ」

 エミリエは、まだ目を閉じている赤子の名を笑顔で呼んでいた。


「あら、ラルフさん、エミリエさんの様子はいかがです?」

 村役場の主任カミールが、一人役場が開くのを待っているラルフに声をかけた。

「ええ、昨晩無事に出産しました。今日は出生届を出しに来ました」

「それはそれは、おめでとうございます。それにしてもこんなに朝早く……。まだ時間がありますけど、ラルフさんなら特別です。どうぞ入って下さい」

「いいんですか? じゃあ、失礼します」

 カミールから出生届を受け取ったラルフは、紙面に自分と妻、エリオットの名前を書いた。彼はまた一つ父親になったという責任を感じていた。

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