生誕
エミリエの両親を家に連れてきた頃には、午後の巡回に出ていたベルハルドも戻って来ていた。
「あっ、ラルフさん、お帰りなさい。もう陣痛が始まったらしいですね! さっきリビングで休憩していた助産婦さんに聞きました」
四人掛けの食卓に座っていたベルハルドは、卓上の蝋燭に火をつけて待っていた。
「お疲れ様、ベルハルド。そうだ、お湯」
釜にかけた鍋の水は、すでに沸騰していた。
ラルフは、その鍋を持って寝室に向い扉をノックする。
「ケーナさん、お湯を持ってきました。扉の前に置いておきます」
「うむ、まだお湯が必要になると思うから、釜の火は絶やさん様にな。あと水も多めに持ってきてくれ」
落ち着きくぐもった声が扉の奥から聞こえる。
「彼女の容体はどうですか?」
「順調だ。夜半前には無事出産すると思う」
「そうですか」
その言葉を聞いてラルフはとりあえず胸を撫で下ろした。
「ではリビングで待機していますので」
ラルフがリビングに戻るとエミリエの母、アリ―がお茶を淹れていた。
「お義母さん、ありがとうございます」
「なに、陣痛が始まってから赤子を取り出すまで、しばらく時間がかかります。気長に待ちましょう」
「そんなに時間がかかるんですか?」
「ええ、私の時は結構かかりました。食事も私が作りましょう。夕食はまだでしょ?」
「すいません、お手数おかけします」
「ちょうど釜に火も入っていますし、私たちも夕食はまだですから」
ケーナと助手の食事も準備した後、ラルフとベルハルド、エミリエの父親エルガの三人は、黙ったまま揺れる蝋燭の明かりを見ていた。
アリ―は時々寝室にエミリエの様子を見に行っては、男三人に報告していた。
「陣痛は順調に間隔が縮まっているそうよ。あともう少しみたい」
その言葉に安堵しながらも、ラルフとエルガは指を組んで祈りを続けていた。
「ベルハルド、もう寝る頃だろう。別に俺たちに付き合わなくてもいいんだぞ」
「いいえ、大丈夫ですよ。それにラルフさんのご子息が無事に誕生しないと眠れそうにないので」
そんな会話をしていると寝室から赤子の鳴き声がした。それと同時に、なぜかケーナの悲鳴も聞こえた。
それを聞いたエルガが真っ先に立ち上がった。
「産まれたか!」
エルガが先陣を切って寝室の方へと走った。ラルフ、ベルハルドと続く。
先程、男子禁制と言われていたが、ケーナの悲鳴が上がったので、エルガは「御免!」と言って寝室の扉を開けた。「どうした、ケーナさん!!」
ケーナは驚嘆の表情で赤子を抱いていた。
産後のエミリエには、すでにシーツがかけられている。
「どうしたんだ、ケーナさん!」
エルガはもう一度聞いた。
赤子を抱いたケーナが、「ゆ、勇者が……、勇者が……」と意味不明な言葉を呟く。
「は?」
男三人は目を点にしていた。
その赤子は既に泣き止み、緑色の瞳を見せていた。もう一つおかしな点と言えば、髪が銀髪だったことだ。エミリエは赤銅色の瞳とライトブラウンの髪。ラルフは黒の瞳に黒い髪。どちらの特徴も引き継いでなかった。
「勇者?」
「銀色の髪に、明るい緑色の目……、間違いなく勇者の特徴だ!」
「か、仮に勇者だったとして、何か不具合が?」
「そ、そうだ! 早くクレイトス国王に知らせなければ!!」
いつも冷静だったケーナだったが、今は混乱の極みといった感じだった。赤子を助手に託し、そしてそのままの恰好で豹変したように家を飛び出していった。
「どうしたんですかね」
ベルハルドは彼女の背中を見ながら呟く。
「さあ……」と返すラルフ。
その隙に今まで厳格に黙っていたエルガが、顔を蕩けさせて赤子を抱いていた。
「おお、エミ―。よくぞ無事に産んでくれた。俺の初孫かぁ~可愛いなぁ~。男の子か~」
まだ産まれたばかりだというのに、エルガは赤子の頬にキスをしていた。
「お義父さん、それ俺の役割!」
歓喜に沸く寝室で残された助手が叱咤する。
「まだ産後の作業が残っているので、男性は部屋を出ていってください!」
「う、うむ、すまん……」
孫を取り上げられたエルガは渋々立ち上がった。そして何回も振り返りながら自分の孫を見ていた。
「まったく、ケーナ婆さんも一体どうしたのかしら」
助手の独り言を聞きながらケーナが言っていた言葉をラルフは思い出し、部屋を出ていった。
「……勇者」
ラルフは一人ごちながらリビングへと戻った。
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