第33話 幼女、コイルトラブルを武器にする ―クゥハ視点あり―
*―クゥハ視点―*
村人を避難させる作業が完了した。
同時に、もう一体のダゴンが出現する。こちらは緑色だ。
〚人類、ダゴンの神、支配、受けるべき〛
どうやら魔女アトキンは知らないようだが、彼らは独自の言語体系を持っているし、ちゃんと人の言葉を理解できる。カタコトであるが、会話も可能だ。
アトキンすら知らない【超古代エルフ語】を理解できるなら、彼らの言葉はある程度なら把握できる。
いくらアトキンがダゴンと同化できたとはいえ、人間では習得できない。スキル表に存在しないのだ。よって、アトキンには解読をあきらめてもらうしかない。
発音とか、それ以前の言語だからだ。彼女の言葉を借りれば、【テレパス】と呼ぶ感じである。魔法とは違った、魔族独特の言語を理解する必要がある。
「あっちの幼女は、周りから神として崇拝されていますが?」
〚だから俺様たち、こっちの世界に来た。話が神に命じられて〛
聞けば、ダゴンの神はそうとうご立腹のようだ。
〚ダゴンの神、ブチギレ。誰に断って、人の領地に勝手に踏み込んでいるのか、と〛
「テネブライは、みんなの土地です。瘴気さえ払えば、誰でも出入りは自由のはず。あなたたちの神は、そこまで傲慢なのですか?」
〚……傲慢じゃない神、見たことない〛
「はい。苦労なさってるんですね」
〚お前も例外じゃない。魔王ベルゼビュートの娘といえど、容赦しない〛
ダゴンの触手が、クゥハに向けられる。跳ね回る丸太のように、突進してきた。
「ほっ」
クゥハは、ダゴンを触手ごと両断する。
あっけなかった。しかし、自分の力だけではない気がする。
「見事な切れ味でした。さすがドワーフ族」
ドワーフの生態を、クゥハは侮っていた。魔族ですらないドワーフに、自分の武器を預けたのは間違いだったのでは、と何度悩んだことか。
しかし、完成品を見てみると、とんでもない切れ味ではないか。
剣だけではない。
各種アーマーも、凄まじい特殊効果を持っている。
魚人たちの攻撃なんぞ、当たる度に威力を跳ね返していた。こちらが斬りかからなくても、ダメージを受けて魚人たちは自爆していく。爽快で、たまらなかった。
その恩恵を受けて、アトキンもパワーアップしている。
「ムシャムシャ。やっぱりアトキンが作る料理と違って、硬いですね」
クゥハは、炎であぶったダゴンの切れ端をかじる。
アトキンが調理したものより、繊細ではない。雑に焼いただけでは、こんなものか。
それにしても、アトキンと知り合って楽しいことをたくさん学んだ。
街での買い物や、グルメ。商売の仕方や、人との接し方など。
なにより、アトキンという友だちができたのがいい。
アトキンは、楽しい友人だ。共に戦ったり、切磋琢磨する間柄、つまり仲間ではない。楽しいことも、つまらないことも、アトキンとならわかり合える。
彼女も、ずっと友人を欲しがっていたようだ。
カニエという弟子も、できれば友人としてせっしたいみたいだが、カニエは一線を越えてはくれない。
その点、メフティはあっさりと友だちとして接していた。
まったく、アトキンといると飽きない。
一人ぼっちだったら、クゥハはもっと乾いた人生を送っていただろう。
「おっと」
ピンク色の触手が、飛んできた。
あっちも、やり合っているようだ。
こちらは片付いたし、見てくるか。
クゥハは、戦場へ向かう。焼きダゴンの切れ端を、クチャクチャとかじりながら。
*―クゥハ視点 了―*
ウチが装備したのは、火炎属性が永続で付与されているムチだ。
「そんなものが通じるか」とばかりに、ダゴンは大木のような触手をウチに振り下ろしてきた。
ウチは、高温のムチを振る。
ドン! とダゴンの触手が飛んでいった。
「これがコイルトラブルを用いたムチ、題して、【コブルウィップ】じゃ!」
コブル……正式名称「コイルトラブル」とは、鉄工所で起きる最も恐ろしい事故の一つだ。
高温の鉄がコイル状に加工されるには、圧延機という機械で圧縮・延長しなければならない。
その際にガイドローラーから外れると、まるで生きたヘビのように工場内をのたうち回るのだ。
この現象は、コイルの欠陥や、ガイドローラーの異常によって発生する。
ドワーフの腕があれば、そんなことにはならない。
だが、ウチがいた世界の鉄工所では、コブル被害ゼロが四五日続いただけで表彰されるくらいらしい。それだけ、コブルは大量に起きるのだ。
コブルは死亡事故を起こす他、工場自体にも甚大な被害を及ぼす。
そのコブルを、あえてウチは武器に変えたのだ。
「ようやく、ウチの武器の恐ろしさを理解したみたいやな?」
ピンクのダゴンが、動きを止めた。さすがに、攻めあぐねている。
「そっちが来ないなら、こっちからやらせてもらうで!」
ウチは、コブルウィップを振り回した。
目からの怪光線で、ダゴンはコブルを跳ね返してくる。
「読んどったわ、そんな攻撃!」
うちは、跳ねてきたウィップを手放した。
怪光線を放つ際に、ダゴンは一瞬動きを止める。
そのスキをウチが逃すわけがない。
「しまいじゃ!」
ウチはウィップを急激に冷やして、棒状に変化させた。棒高跳びの要領で、跳躍する。
「【コブル・スピア】!」
上を向いたダゴンの目を、コブルを発生させた状態の槍で突き刺した。
ズブズブと、ダゴンの目に槍がめり込んでいく。
ダゴンが消滅した。
【緊急襲撃ミッション:達成】と、アナウンスが脳内に流れる。
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