第22話 幼女の人命救助

 人が、うつ伏せに倒れている。倒れている男性は、斧で武装していた。


 男性の周りには、おびただしい数の魔物が倒れている。

 魔物に襲われたのだろう。男性も、ある程度は抵抗していたようだ。しかし、力尽きたという状況か。


「それにしても、えらい装備や」

  

 装備品が、やけに特殊だ。どこの国のものでもない。服装も、ガチガチのヨロイやカブトではなかった。丈夫な革製の生地に、必要最低限の急所を隠す、動きと硬さを両方兼ね備えていた。こんな中世のような文明からは、想像もつかないはずなのに。

 特に、このマスクだ。独特の形をしている。ウチらの世界で言うところの、【ガスマスク】に近い。これで、瘴気を防げると考えたのだろう。


 しかし、男性は虫の息だ。処置をせねば、今にも死ぬ。


「まさか、これが役に立つ時が来るとは」


 ウチは、小さいネックレスをアイテムボックスから出した。


「アトキン、それは?」


「瘴気避けや。こういうときのために、作っといた」


 かつての自分のように、テネブライに迷い込んだ人がいるかも知れない。そういう場面で、役立てようと思ったのだ。


 まさか、こんなに早くそんな状況が訪れようとは。


「大丈夫や。しっかりしいや」


 ウチは、男性の後ろに回る。


 最初、男性は斧で抵抗を試みた。ウチが攻撃しないことがわかると、すぐに斧を下ろす。


 というより、ウチを見た途端、目を見開いた気がするが……なんだろう?


 まあいい。ひとまず、治療だ。

 

 傷を魔法で治し、装備の壊れた部分を修復してやる。


「かたじけない」


 男性は、かなりずんぐりむっくりしていた。首も腕も足も、筋肉で盛り上がっている。


「ウチは、アトキン。これをつけや。楽になるで」


「うむ」


 太い首に、ウチはネックレスをかけた。


 瘴気が、ネックレスに吸い込まれていく。


「すばらしい。なんという」


「延命効果も、一時的なもんや。恒久的には役に立たん。死にたくなかったら、すぐ帰りや」


「ああ。重ね重ねありがたい。だが、やらねばならんことがある」


 男性は、再び斧を構えた。


 眼の前には、魔物たちの親玉らしきカニの化け物が。


 クゥハとカニエドローンが、魔物に立ちふさがる。


「ここで倒れては、ドワーフとして恥となる。親玉を倒さねば、この【蜷局トグロのベヤム】の名折れ!」


 ドワーフ! 彼は自身を、ドワーフと名乗った。これは、魔物に殺させるわけにはいかない。


「カニエ、クゥハ。手を出さんといたって。この人がトドメを刺すって」


「ですがアトキン、大丈夫なんですか?」


「ええから」

 

 ここでウチがしゃしゃり出たら、彼のメンツを潰してしまう。となれば、このベヤムと名乗ったドワーフは二度とこの地を踏もうとしない。ドワーフとは、そういう種族だ。

 

「ベヤムやったな。ウチは、手伝わん。ただ、安全には帰したるさかい。存分にやりや」


「感謝する! このベヤム、魔物を倒さばあなたの領地から出ていこう!」


 ベヤムというドワーフの男は、斧を握り直した。渦巻きを辺りに起こしながら、ドワーフは自身をコマのように回転させる。


「【テンペスト・アックス】!」


 斧に水属性魔法を発生させて、ベヤムはカニの装甲を押しつぶす。


 魔物を、水属性魔法で圧殺とは。物理属性が乗っかっているとはいえ、無茶をする。


「いやあ、ありがたい。この【蜷局のベヤム】、感謝いたす」


「お礼なんてええねん。それよりベヤムはん、一旦引上げるで。船をよこしや。どうせ壊れてんねやろ?」


「うむ。あの木片がそうだ」


 ドワーフは、海に流されていた木片を拾い集める。


「船が壊れて、ここに流れ着いてな」


「ウソ言いよってに。テネブライに忍び込もうとしてたやろ」


「なにを根拠に?」

 

「そのガスマスクが、なによりの証拠や」

 

 顔のマスクを、ベヤムは手で覆う。


「うむ。いかにも。うう」


 ベヤムが、膝をつく。これは、本格的な治療が必要だ。


「ほら、いわんこっちゃない」


 ウチは、ベヤムを診る。

 やはり、ネックレスが壊れていた。瘴気を吸う効果が、切れかかっているのだ。


「一旦退くで。態勢を立て直しや」


 ウチらは、一旦帰ることにした。


「クゥハ、ドワーフって地下ってイメージがあったんやけど、海にもおるんやな?」


 帰り道、ウチはクゥハに尋ねてみる。


「アトキンは、知らないんですか? 海沿いに住むドワーフだって、いるんですよ」


 そうういったドワーフは、大昔には魚にも変身できたそうだ。

 全然知らんかった。ウチが知ってるファンタジーなドワーフとは、大違いである。


「なんで、テネブライに海から入ろうとしたん?」


「海からではない。地下水脈から向かおうとしたのだ」


 地下から行けば、瘴気の影響を受けないだろうと考えたらしい。


「しかし、地下の方もダメで」


 瘴気は、テネブライの地下にも湧いていたそうだ。


「船で逃げようとしたら、魔物に襲われてな。せめて素材の採取だけでもと思い、戦った次第で」

 

 家に帰ってこられたので、さっそく治療を開始する。


 触手でウニョウニョと、ベヤムの身体を撫でた。いわゆる、触診だ。


「瘴気には、ほとんどやられてない。さすが、ドワーフの技術やな」


 テネブライを調査するなら、ドワーフに頼んだらよかったのだろう。とはいえ、ドワーフの力を持ってしても、数時間しか持たないか。


「瘴気を抜く。この身体やったら、それができるはずや」


 ウチは、ベヤムの身体から瘴気を吸い出す。


 そこまでひどく汚染されているわけじゃない。

 ウチは、この瘴気を大量に吸い込んで死んだ。

 身体が丈夫なドワーフとて、例外ではないか。


「よっしゃ。あとは休ませとこか」


「うう」


 もう、ベヤムが目を覚ます。身体も、老化をしていない。 


「かたじけない」


「あんまりムリしなや。お茶を入れるさかい」

 

 ベヤムに、薬草を混ぜたお茶を振る舞う。


「かたじけない。改めて礼をいう」


 薬草が効いたのか、ガラガラだったベヤムのノドが潤っていた。


「ワシは【蜷局トグロのベヤム】という」


 ここからはるか北西にある、ノルムス半島出身のドワーフだという。


「ドワーフの原住民が住んでいる、大陸じゃないですか」


 カニエが興味深く、ベヤムの話を聞いた。


「いかにも。王都セルバンデスにも、多くの同志を排出したぞ」


「存じ上げております。王都に住むドワーフは、ほとんどがノルムス地方の出身ですね」

 

 みんなで自己紹介をしあう。


「カニエ皇太子妃。あなたの技術はすばらしいものだ。ドワーフ族の技術があれば、武装も可能だろう。力を貸すぞ」


「ありがとうございます」


 技術者同士のためか、カニエとベヤムは意気投合した。 


「テネブライには、どういったご要件で?」


 カニエが、ベヤムに問いかけた。


「武者修行だ。テネブライには、強いモンスターが大量にいると聞き、腕試しに参った」

 

 王都で売られていたテネブライ産の素材にも、興味があったという。王都に立ち寄ってから、こっちに来たらしい。


「自己紹介してもろうと悪いんやが、出直してんか? テネブライを調査したいんやったら、もっと仲間を連れてきたほうがええわ」

 

「潜入の許可を、いただけるので?」


「ええもなにも、ウチはこの森林エリアの管理者権限があるだけやで。テネブライ全土を支配しているわけやない」


「左様か。ワシはてっきり、あなたがテネブライの神なのかと」


 ベヤムが、木製の像をテーブルにコトリと置く。


 ウチも最初、倒れていたベヤムがそれを握りしめているのを見て、びっくりした。

 どおりで、ベヤムがウチを見て、驚いたはずである。


「これは王都で、邪神像として売られていたものだ」


 ベヤムが懐の中で大事にしていたのは、ツインテ触手の幼女を模した像だった。

 

「ウチのフィギュアやん……」

 

(第三章 完)

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