第21話 幼女、新エリアを弟子と散歩

 それから数日間は、交易などで多少忙しくなった。


 王都に設立したアンテナショップが、大繁盛している。

 ポーション代わりになるキュウリや、マジックポーション代わりになるトマトなどが人気だ。調理しても効果が消えないことも判明した。

 冒険者たちは、野営地でトマトをピザにして食べるという。魔力も回復して、おいしいというダブルでうれしい効果があると、評判だ。

 キュウリは塩漬けにして、冒険者や兵団の携帯食になっているという。


 なんか、こそばゆい。ウチはちょっと、畑に手を加えただけなのに。


「なにを言っているんです、アトキン先生。テネブライの土地の効果だけで、あそこまで優れた野菜は取れませんから。あなたが何らかの魔力を、知らないうちに流し込んでいるのです」


「無自覚バフ魔法とか、厄介すぎるやんけ」


 自家栽培の野菜にバフ効果をもたらすといっても、自分ではコントロールできないってわけだ。

 ちょっと複雑な気分である。栽培スキルに、ちょっとポイントを割り振ろうかな。そうすれば、明確に効果を付与できるはず。


 おっと、忘れてはいけないことがあったんだ。

 

 弟子が「テネブライを探索したい」と言っていたのに、ないがしろになっている。

 そろそろ、新しいエリアに向かうか。


 いつもは森エリアばかりだったので、ちがう場所に行きたい。

 

「それが、アトキン先生のアバターなんですね?」


「せやねん。モンスターやねんけど、気に入ってる」


 ウチはカニエに、魔物としての正体を明かした。

 触手ツインテなんて、いつごろ晒しだだろう。


「久しぶりですね、その姿を見るのは」


 ウチもそない思うわ。


「触手は、髪の毛にしたんですね。もっとウネウネってさせてもよかったのに」


「髪をまとめづらいんよ。視界を塞いでうっといし」


 アグレッシブに戦いたいので、なるべくコンパクトにしたいのだ。また「幼女といえばツインテ」ってイメージも、譲れないポイントである。人間体も、ツインテールにしているし。


「いいと思います。ちゃんと【ダゴン】……ですか? 取り込んだ魔物の特性を活かしつつ、自分のこだわりも出すという我の強さもあって」


 実に、的確な指摘だ。さすが我が弟子。

 

「なぜかこの姿やと、みんなウチのことを『邪神様』って崇めるんよ」

 

「それだけの魔力を垂れ流していたら、そりゃあ誰だってあなたを邪神呼ばわりしますよ。崇めていないと、手を出してしまいそうです」


「うわっ。弟子に言われると、真実味が増すなあ」


 ウチは、自分の身体を腕で隠す。


「ところで先生、森エリアはクリアしちゃったんですよね」


「せやねん。新天地を開拓するで」


 今回ウチらは、「第二エリア」に向かう。

 第二エリアってのはテネブライに実在するのではなく、勝手にウチがそう呼称しているだけだ。二番目に入ったエリアだから。


「騎士団長。森エリアの調査は、あんたたちに任せるわ。お願いね」


 カニエが、騎士団に指示を出す。

 おお、リーダーっぽい。


「大丈夫です」


 女性の騎士団長が、腕を胸の前に曲げるポーズを取った。王国の敬礼だ。


「えっとですね。アトキン先生。このマスコット型アバターなんですが、武装を取り付けていません」


 逃走と防御に特化させたため、攻撃力がないという。

 そもそも、テネブライの魔物に人間界の武装が通用しないと睨んだらしい。

 さすが、我が弟子だ。ちゃんと、テネブライの特性がわかっている。


「なので、保護していただけると助かります」

 

「よっしゃ。今回は調査だけや。ウチの後ろに、ついときや」

 

「はい。お願いします」


 カニエのアバターが、ついてきた。

 当のカニエは、部屋で待機である。


 カニエの部屋にはアンテナが装着されていて、ここから魔力をアバターに注ぎ込むのだ。

 

 第二エリアは、海沿いの荒野地帯である。


「いけるか? カニエ」


『問題ありませんね』


 カニエのアバターがまともに動くか心配だったが、遠隔操作にも耐えられそうだ。若干、声がこもっている。潜水服みたいな、構造なのだろう。


 一面に、荒れ果てた山々が見える。

 草木は一応生えているが、かなりまばらだ。砂漠とまではいかないが、水場は特になさそうである。


 瘴気は……かなり濃いな。これは、カニエが生身で入ってこなくて正解かも。


「海が近いなら、こっちから潜入してもよかったのでは?」


 もっともらしいことを、クゥハが聞いてきた。


「あまりにも、瘴気が濃い。こんなところから入り込むのは、よっぽどの度胸がないとアカン」


 第一候補として、ここからのルートは考えていた。いざとなったら、船で帰れるだろうと。

 しかし、波が強い。単身で船から移動するとなると、骨が折れる。船が壊されると、退路が立たれてしまう。

 また、草木が全く見えない。食料確保・育成・保存が困難だと思った。

 さらにいうと、アイテムの発見率に乏しい気がする。

 なので、こちらから入るのはあきらめた。


「案外アトキンは、慎重派なんですね。後先考えず、魔物と融合する度胸はあるのに」


「好奇心は高いけど、分の悪い賭けはやらん主義やねん」


「ですね。王都にはカジノもあるのに、まったく寄ろうとしませんでしたし」


 あれこそ、ボッタクリもいいところだ。「勝負好き」なセルバンデス王が、許可したのだ。どんなイカサマをされるか。たとえハッタリなどがない真剣勝負だとしても、セルバンデスを相手になんかしたくない。


「あんたもカジノなんか、行かへんかったやん」


 正確には、行ったことは行った。が、ひやかしだ。まったく賭けなかったのである。


「ワタシは、闘技場で戦ってみたかったですね。強い相手はいませんでしたが」


 参加するほうかよ。

 

「せやな。あんたが出ていったら、賭けにならんし」

 

 セルバンデス兵団がまとめてかかってきても、クゥハなら小指で倒してしまうはずだ。


『おっ。先生、さっそくアイテムがあります』


 カニエが、貝殻を拾う。

 

 アバターの手は特殊な作用があり、物体をくっつけることができる。


『これは、なにかしら? 材質は貝だけど、独特の形状だわ?』


 興味津々で、カニエはつまんだ貝殻をチェックした。

 

「ウズラガイですね。素材は貝なんですけど、タマゴなんですよ。生まれてくるのも、鳥なんです」


 ウズラガイの鳥は小さいながら、栄養価が高いそうだ。


『そうなんですね。成長した姿を、見てみたいわ』


「めったに、人前で姿を見せることはありません。タマゴに擬態して、物陰に隠れてしまいます」


 ウズラガイは、海沿いの岸壁で貝に擬態して、獲物の魚をおびき寄せる。自分より大きな魚に食われるリスクもあるが。

 

『タマゴのふりをする貝なんて、珍しいですね。どんどん、面白い生態が見つかりそうね!』

 

 楽しげに、カニエがあちこちを探し回る。


「水場は、ないな」

 

 海沿いなのに、真水地帯もなさそう。


「地下水でも掘れたら、ちょっとは潤うんやろうけどな」


 ここで水が手に入らなければ、「行って一旦帰って」という、面倒なルートにせざるを得ない。


「クゥハ。あんたも、荒野エリアに入ったことはないんよね?」

  

「はい。ですがこの手の荒野には、地下水脈があるはずです」


「せやな。草木があるってことは、雨も降るんやろうし」


 海があるなら、この付近には川があるはず。もしくは、地下水脈が。


「ただ、ダンジョンの可能性もあるので、警戒してください。どんな強いボスがいるか、わかりません」


 クゥハが、そう教えてくれた。

 

  



『……先生! 来てください!』

 


 海沿いを歩いていたカニエが、なにかを発見したらしい。


「どないしたんや、カニエ!?」


『人が倒れています!?』

 

 瘴気が濃すぎて人が入れないテネブライに、人が!? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る