第20話 幼女、王都にアンテナショップを建てる

 カニエが言うには、テネブライで育てた野菜や薬草は、えげつない回復機能があるらしい。


「その辺で適当に育てた薬草には、毒消しの作用がありました。また、かぼちゃなんてバナナクラスの完全食に育っています」


「どうして、ウチには感知できへんかったんやろ?」


「それはアトキン先生、クゥハさんもですが、あなた方に【リジェネ】機能が備わっているからですっ」


 テネブライの瘴気を取り込むことによって、ウチは勝手に魔力が回復していくのだという。

 カニエによると、そうらしいが。


「テネブライに漂う、あの独特の瘴気。あれは魔界から流れ込んでくるものだと、最近わかってきました。そりゃあ、人間は立ち入れませんよ。魔族のテリトリーなんですから」

 

 えらくカニエが、憤慨していた。



「自分の畑で育てた作物の効能も知らずに、売り込もうとは。わたしがついてきて、よかったですよ。あやうく、密猟者に乱獲されるところでしたから」


 そこまでデカい話だったのか。 


「よう商業ギルドは、ウチを疑わへんかったな? 見た目がこんなにかわいい、幼女やのに」


 見た目でごまかされて、足元を見られると思っていた。


「商売相手としては、申し分ありません」

 

 おおかた、どこかのお嬢様と見間違えたか。あるいは、ノームやドワーフのように『ちっこい種族』と思ったのだろう。


「アトキン先生はガチムチマッチョではないので、ノームが妥当でしょうね」


「ノームは『貧乳はステータスだ』一族やんけ。ウチはおっぱいあるんやで?」


「それをいうなら、『ドワーフは、腕や太もももガチムチなんやで』ですよ」


 カニエが、ウチの方言をマネる。


「どちらにせよ、あなたの姿くらいで、商業ギルドは人を差別しませんよ。商談に値する人物かどうかに、見た目はさして参考になりません」


「そうなんか」


「先生をテネブライ出身だ、と紹介したのがよかったのでしょう。テネブライは、なにがあるかわかりませんから」

 

 多少の違和感があっても、「テネブライなら仕方ない」って流せるわけか。

 

 商業ギルマスが、戻って来る。テネブライ産食材の、査定が終わったようだ。


「レディ・ネッド様。おまたせいたしました」


 自分の名前を呼ばれたのに、ウチは一瞬対応が遅れる。


 そうだった。ウチは、「アティ・ネッド」と偽名を作ったばかりだったっけ。


「おおきに。茶をシバいて待っとりましたで」


「は、はあ」


 ウチが手を上げると、商業ギルドマスターは首を傾げる。


「まあ、気にせんといて。ほんで、いくらほどに」


「大変申し上げにくいのですが……」


 ほらあ。やはり金には、ならなかったのだ。この商業ギルマスの顔を見ていればわかる。


「レディ・ネッド。これらの品をすべてこちらで買い取ろうとなると、我がギルドは国家に借金をせねばなりません」


「ふおおおおお!」

 

 マジかよ。それくらいの値段になると?


「ちなみに査定金額は、こちらのように」


「……国一個買えるやん」


 この金額は、ちょっと一国の交易金としては、もらいすぎだ。


 ウチは深呼吸をする。


「でしたらなあ。せや。ウチの部下が、というかムカイさんの部下が、街をウロウロして買い物しとるねん。それの代金を立て替えてんか?」


「どうぞどうぞ。この国の商品、料理を買い占めたとしても、お釣りが来ますよ。なんでしたら、数日滞在なさってくださいな。好きなだけ、なんでも買って、なんでもお召し上がりください」


 それでも、お釣りが来てしまうという。


 参ったな。セルバンデスの財布に大ダメージを与えるつもりは、なかったんだが。


「どないしょう?」


 ウチは、クゥハと相談する。

 

「ならばアトキン。テネブライの作物を、こちらで売る店舗を構えたらいいじゃないですか。王都はテネブライのアイテムが手に入り、我々は王都に土地が手に入ります」


「せや! アンテナショップや! よう言うてくれた!」


 ウチは、ヒザを叩いた。


 お試し価格で、割安の値段で提供してしまってもいい。


「大将! 店を建てさせてもろうても、よろしいか?」


 テネブライ産の商品なら、いい宣伝にもなると思う。

 

「ええ、もちろん!」


「競合相手の問題もあるから、わりかし高めの値段設定にさせてもらうけど」


「便利ではあるが、汎用性で言ったらやっぱり店売り!」と、ユーザーには思わせてやりたい。


「そうですね。手が出せる利用者は、どうせ高ランクの冒険者でしょうし」


「せやせや。頼んます」


「わかりました。比較的競合と接触しない、隠れ家的なショップなどはいかがでしょう?」


 いいね。知る人ぞ知る名店とな。

 

「ちょうどいい物件がございます。ご一緒にいかがでしょう?」


「観に行かせてもらうで」


 ウチはギルマスについていき、物件を見せてもらう。


 案内されたのは、こじんまりとした路地裏の建物だ。他のショップは花屋か、常連しか相手にしないような小さい喫茶店しかない。


「ここは元々、マジックアイテムのショップだったのですが、魔術師が高齢のために亡くなり、持て余しておりました」


 なるほど、結構な場所代がかかる。ここの店主は、かなりお稼ぎだったらしい。


「こちら、無料でご提供させていただきますよ。ギルドの担当者付きで」


 ギルドが派遣した警備まで、付けてくれるという。

 それくらい、ヤバい商品だったのか。

 まあ、テネブライ出身のムカデ人間を店に立たせておけば、悪党なんか片手でぶちのめせるだろうけど。


「ホンマに? 出血大サービスやん」


「いえいえ。これでも、十分すぎるくらいですよ」


 場所代と土地代、すべて商業ギルドが持つという。その代わり、売値を勉強してくれってことか。


「ええでしょう。商談成立ですわ」


「ありがとうございます」


 こうして、ウチは王都にお店まで構えることに成功した。しかも、乗客御用達の。

 

「ですが、お気をつけください」


「どないしたんで?」


「実は、他国もテネブライに関心を抱いているらしく」


 兵士を派遣して、テネブライの調査をしているかもしれないとのこと。


「そのときは、そのときや。害がないんやったら、ええし」


「そうですか。さすが領主様ですね。どっしりと構えていらっしゃる」


 商業ギルマスが、頭を下げる。


「色々とおおきに」


 ウチは、商業ギルドに戻って、各種書類を整理し終えた。


 街へ繰り出す……にしても、ウチはもうほとんど王都は見て回ったんよなあ。生前に。

 それに商売となると、商才のないウチが見ても仕方がないし。ムカデ亜人組に、がんばってもらうしかない。


 おっと、王都を回らせたい人物が、一人いた。


「お待たせしたな、クゥハ。王都を見て回っておいで」


「はいっ」


 クレープ屋さんやら、アクセサリ売り場など、クゥハは女子っぽいところを見て回る。

 乙女かな? あんなゴツいヨロイを着ているのに。


「教祖アトキン様。ただいま戻りました」


 亜人たちが、ウチにひざまずく。


「こんな公共の場で、そんなかしこまるのはやめてや」


 ウチはすぐさま、彼らを立たせた。


「それより、どうやった?」


「クレープというものが、おいしかったですっ」


「いやクゥハ、あんたに聞いてへんから」


 他の亜人種たちは「コロッケがいい」とか、「王都のドワーフを雇いたい」とか、思い思いの意見をいう。


 ドワーフか。会えたら、スカウトしてみたいな。鉱石に関しても、詳しいだろうし。

 

「帰ったら、作り方を教えるさかい。ほんでな。数名ほど、王都に残ってもらいたいんや」


 ほお、と数名の亜人種が関心を持つ。


 王都を足がかりとして、世界の常識を学んでもらうにはいい機会だ。

 ちなみに彼らは、種族間で【シンクロニシティ】が作用するらしい。学んだ知識は、種族内で共有できるそうだ。経験・技術まではさすがにシンクロしないので、教わる必要があるという。


 残りたいものを、挙手制で選ぶ。


 五名くらい、残るといい出した。

 

「基本、人間に危害を加えるんは、やめときや。横柄な客相手やったら、手加減せんでええけど」


「はい」


 あと、他国の状況を報告するように伝える。


 こうして、ウチの王都探索は終わった。

 大収穫だ。

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