第19話 幼女、弟子と街へ

 ウチは、王都セルバンデスへ繰り出すことにした。商業ギルドに、掛け合うためである。


「すごいですね、アトキン! 人間の作った飛空艇なんて、初めて乗りましたよ!」


 ウッキウキで、クゥハが飛空艇の中でハシャぎ回っていた。こういうところは、まだ子どもだな。

 

 しかし、他の魔物たちも同じような感じだった。なにもかも、興味深く観察している。ウチの【精神感応】による監視があるので、ハメは外さない。だが、好奇心を止めるまではできないみたいだ。


 兵士たちは最初、彼らが元々魔物だと聞いたときは、警戒していた。しかしバーベキューなどで打ち解けてみると、案外話せる相手だとわかったようだ。自分たちと大差がないとわかれば、こんなものである。


 魔物としての強さはそのままだが、ムカデや蛾たちは、ちゃんと人間に擬態できていた。角や牙、触覚などは、ウチが作った帽子やマスクで隠してある。おそらくバレないとは思うが、見る人によっては不審者扱いかも。


 クゥハはカニエと、なにやら話し合っている。地上にある人間の国に対して、色々と疑問を投げかけているようだ。

 ムリもない。クゥハからすれば、初めての外の世界だ。なにがあるかわからない。好奇心も旺盛だが、不安もあるだろう。


「到着しました」


「早いですね!」


 飛空艇が、地上に降りる。


「ではクゥハさん、わたしについてきてください」


「はい!」


 クゥハがピョンピョンとスキップをしながら、先に降りたカニエについていく。


「お迎えは、ないんやな?」


「まだ学生なので。王族たちにも、来ないように頼んでいます」


 さすがにテネブライからの刺客が、その世界にやってくると思っていない。カニエのそばから離れなければ、大丈夫だとは思う。だが王族の立場から考えるに、ウチがカニエを人質にしているとも捉えられそうだが。

 

「どうやろ? ウチは、警戒されてるやろか?」


「まるで。そもそも、あなたがわたしを人質に取っているなら、お互いにそのような振る舞いになるはずですから」


 さすがカニエ。ウチの考えをとっくに見越していた。推理力は、衰えていない。


「王族に気に入られるかどうかは、わたしに任せてください。といっても基本的に、わたし以外とは交流はないと思いますけどね」


 ならば、安心か。


「というより、王族に先生との時間を取られたくないんですよ」


 カニエが、本音らしい言葉を漏らす。


「こっちはまだまだ、先生に教わりたいことが山程ありますから。【葡萄酒の魔女ソーマタージ・オブ・ヴィティス】の二代目って、気苦労が絶えないんです。ほとんど独学で、先生の足元にも及ばないのに。この称号の重荷と言ったら」


 オタク特有の早口で、カニエがまくしたてた。


「わかったから、とにかく商業ギルドに急いでや」


「ええ。取り乱しました。こちらです」


 カニエの案内で、ウチは商業ギルドへ向かう。


「あんたらは、街で買い物とかしといて。街の料理とかもしっかり食べるんやで。ウチも食べるさかい。ええか?」


 人間に擬態した魔物たちには、王都のファッションやグルメを取材せよと命じた。

 相手の欲しいものがわかれば、こちらもより安定したものを供給できる。

 こちらの商業ギルドマスターだけを、その場に残す。


 魔物たちが、散り散りになった。



 商業ギルドに入る。


 いかにも中世のお役所って感じの、内装だ。


 一人の中年男性が、カウンターに立っていた。一人だけ、服装が違う。おそらく彼が、王都商業ギルドのマスターだ。

 

「ようこそ。カニエ皇太子妃。お待ちしておりました」


 男性のギルマスは、モノクルを取ってあいさつをする。


 王子のお妃様が来たというのに、まったく表情を変えない。

 まあ「お待ちしていた」と言っているので、ウチを連れてくるのはあらかじめわかっていたのだろう。


「そちらが、テネブライからの使者様ですね?」

 

「アティや。アティ・ネッドⅢ世」


 ウチはでっちあげで、適当に名乗る。


「偽名を使うんですね?」


「アトキン・ネドログが生きとったってなったら、王族が大騒ぎになるさかい」


 ウチが説明をすると、クゥハは黙り込む。


「あと、カブトは取ってもええで。あんたの正体なんて、ウチとカニエ以外誰も知らんし」


 ベルゼビュートと対面した人間など、ウチら以外にいない。他にいるとしたら、遠方にいる勇者一行だと思う。けどあいつらは、王都セルバンデスには近づこうとしないし。勇者はおそらく、未だにセルバンデスをただの戦争好き国家だと思っているのだろうから。


「レディ・ネッド様。ご要件を。お伺いいたします」


 幼女だから、てっきり相手はナメてかかるかなと思った。しかし相手は、ウチよりへりくだっている。ウチの服装がかなり上等なのが、わかったからだろう。


「テネブライで商売がしたい。貿易相手として、王都と契約をしたいねんけど?」


 ウチは、ギルドマスターに告げる。


 続いてカニエが、調査書類を渡した。


「なるほど、珍しい鉱石などが取れると」


「せやねん。けど、ウチらで扱うにはちょっと、持て余すんよ」


 実際、そうなのである。できるものといえば、変態じみた威力を持った剣や杖なんかだ。しかし、使い手がいなければ。

 魔物たちは素でも強いので、アイテムに執着がない。農具などでは、色々と注文が多いのだが。


「ウチが作ったアイテム、見るか?」


「お願いします」


 ギルマスが、ウチが開発した商品に舌を巻く。特に、野菜や薬草に関心を示した。

 

「お、野菜までこんなに。やはりテネブライの土地は、作物にも影響が出るのでしょうな」


「味見してもええで」


「よろしいんですか。では失礼して」


 ギルマスが、きゅうりをボリっと。

 

「ぜひ、ウチで買い取らせていただけませんか?」


 かじっただけで、王都の商業ギルドが食いついた。


「ええんか? きゅうり食っただけやん?」


「きゅうりだけでも、十分おつりがきますよ。ぜひぜひウチと、取引をお願いします」


 ギルマスが、契約書類をウチに差し出す。


「ええんか? 変な薬とか混ぜて、アンタを騙してる可能性かってあるんやで?」


「カニエ様をお連れしている段階で、あなたは信用に値します。また、我々を欺くようでしたら、わざわざ手の内を明かさないでしょう」


 にこやかに、王都の商業ギルマスは応対した。


 さすが、王都というところか。いろんな曲者を相手にしてきたのだろう。こちらの思惑も、読み取っているに違いない。


「おおきに。それでは、契約ということで」

 

「結構でございます。総責任者は、アティ様でよろしいのですか?」


 ペンを取って、ウチは固まった。そういえば、そうじゃないか。なんのために、こちらも商業ギルドを連れてきたのかと。

 

「ああ。待った。ウチは領主やねん。商業ギルドのマスターは、こっちねん」


 ムカデ男のリーダーを、前に突き出す。

 名前は、どうしようかな? ムカデ、ムカデ……。


「ムカイさんや。ショウ・ムカイさん」


「商売人のムカデ」だから、そういうわかりやすい名前にした。

 ひとまず商売においての責任は、ムカイさんが取ることにする。ウチは領主だから、トラブル対処かな。

 

「ムカイ様ですね。では、こちらの書類にサインをお願いします」


「は、はい」


 ムカデ男ムカイが、正式にテネブライの商業ギルドマスターに。


「結構でございます。では、買い取りの査定をさせていただきますので、お時間をくださいませ」


 別室に通されて、ウチは結果を待つ。


「いっておきますが、先生。とんでもないですからね」


「そうなん? ちょっと大きいきゅうりやんけ」


「あなたにとっては、ね。ですが、王都からしたらとんでもない財宝ですからね」


「きゅうりが」


「やっぱり。まったくあなたは、作物の成分もロクに調べなかったんですか?」


「きゅうりやん」


「あれはハイポーション並みに、回復作用がありますよ」

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