第8話 幼女、ご近所さん獲得

「はっ」


 ようやく、クゥハが目覚めたらしい。


「ワタシ、どれくらい寝ていました?」


「一時間程や」


 肉体の蘇生は、秒で済んだ。しかし、クゥハは眠ったまま動かなくなった。ウチに負けたショックが、大きかったのだろう。


「アトキン・ネドログ。どうしてワタシにトドメを刺さなかったんですか?」


「なんで刺さなアカンのや?」


「だって、ワタシは敵ですよね?」


「そういうアンタかて、目覚めたらすぐに剣を取るはずやんけ。ウチは、仇なんやろ?」


「もう、そういう感情はすっかり消え去ってしまいました。母も、すぐ再生しますし」


 魔王などの高位モンスターは、【魔界】という異次元に本体があるという。だが、魔力が高すぎて全力状態で地上に降臨できないのだとか。そのため依代を作って、現実世界に顕現するのだ。


「その時に放出する魔力量って、だいたいどれくらい?」


「一%。全力の、一〇〇分の一ほどですかね」


「アンタはどうやねん?」


「ワタシは、一〇分の一くらいです」


 なるほど。逆算すると、ベルゼビュートの本体は、えげつないくらい強いと。


「レベルは?」


「【六七】です」


――ウチより、高いやないかい。

 

 どおりで、めっちゃ強いと思っていた。格上と、戦っていたのだから。


「自分のオカンの依代より強くなってしまってるのに、気づかんかったんか?」


「はい。レベル差が二〇程度では、誤差なので」


 たしかに、低レベルクリアする人はそんな感じである。とはいえ、それを基準にしたらダメだろう。


 それにしても、ベルゼビュートの依代は弱すぎだ。舐めプ過ぎるだろ。あんな低レベルで、ウチがいる地上を支配しようとしていたのか。


「アンタを助けたんは、殺す理由がなかったから。もう一つは、これや」



 さっきの戦闘でグチャグチャになった畑を、ウチは指差す。


「……わかりました。元通りにします」



 その後、数日かけて畑を復元した。

 面積も二倍にしてある。クゥハを、隣に住まわせるためだ。


 ウチは今、クゥハ用の住まいを建てている。ウチの分より、若干小さめだ。


「ワタシの家も、作ってくださるんですか?」


 畑を拡張していたクゥハが、ウチに問いかける。

 

「ええで、それくらい」


 ウチは、一人は平気だ。とはいえ話し相手がいないと、脳にストレスがかからない。それだと、認知症になってもわからなくなる。脳はある程度の負荷がかかっていないと、万年お花畑になる。危機感のない状態にいると、脳はだんだん衰えるのだ。


「それにアンタ、野宿やろ?」

 

「はい。キャンプくらい、どうってことありませんから」


「そのウチ、腰とか背中とかが痛くなるんやで。今は若いからええものの」

 

 

 

 

「【葡萄酒の魔女ソーマタージ・オブ・ヴィティス】は、卑劣な技が得意と効きました。現に戦闘中はトラップ攻撃が満載だったので、戦ってみて実感しましたね」


 うれしいような、悲しいようなコメントだ。


「ですが、本気で葡萄酒の魔女が戦いを挑んでくるなら、さっきのお茶のにもなにかを盛ったに違いありません。媚薬ですとか」


「ないない。おもてなしする客に、そんなんは出さへんて」


「ですよね。そこまで鬼畜ではないと、戦ってみて思いました。ワタシは、葡萄酒の魔女を見下していたのですね」


 そうだ。


 実際に、外に出てみないとわからないことがある。


 ここは、龍宮城だ。理想的な場所だが、理想しかない。現実感がなく、浦島太郎になってしまう。


 外の世界との、パイプが必要だ。


「クゥハ。ウチはここを、ちょっとだけ外に解放してみようと思うんや。魔物からしたら、うっとうしいんやろうか?」


「どう思われようと、関係ないと思います。魔物たちは、あなたがここに足を踏み入れた段階で、敵認定していますから」


 だったら、なにをやっても文句を言われるわけだ。ならば、なにをやっても構わない理屈になる。どのみち、迷惑がられるなら。


 おとなしくなんか、してやらない。


「ひとまず、ここを拠点にしようかなと」


「いいですね。切り立った岩山を、左右に住み分けるんですね?」


「せや。ウチは左半分をもらう。アンタは、右半分に住んでや」


 話している間に、お互いの家が完成した。


 ウチは立て直しを兼ねて、少しだけ立派なお屋敷に。


 クゥハの分は、寝床さえあればいいというので、小さめのかわいらしい家にしてある。


 畑に植えているものも、多少変えた。

 ウチは、コメの栽培も始めている。せんべいの補充をするためだ。作物活性化の魔法をかけて、一瞬でコメは育った。

 あとはスケルトンに、コメの収穫を頼む。

 クゥハの畑面積は、少量程度にとどめた。そちらにも、収穫用のミニオン・スケルトンを配置している。あちらは主に、果物がメインだ。


「警備兵も、用意しとくわ」


 武装したスケルトンを、数体用意した。ドローンの役割を果たす精霊を、畑じゅうに飛ばす。コイツには、虫も退治してもらおうかな。


「ありがとうございます。おうちまで建ててくださって」


「いや。仕事はしてもらうで」


「ワタシは、なにを致しましょう?」

 

「前衛やな」


 家が完成したら、あの岩にあるダンジョンに潜ろうと考えている。


「あとは、ウチのトレーニングにも付き合ってもらいたい」


「お安い御用です。では早速、ダンジョンに向かいましょう」


「いやいや。今日はもう疲れたさかい、風呂にしよ」


「そうですね」


 中央に配置した大浴場で、お互い服を脱ぐ。魔物しか見ていないが、いちおう間仕切りもバッチリだ。

 

 風呂とキッチンは、中央に配置してある。二人で住むことを考え、いわゆる共用にした。

 寝るとき以外は、だいたい一緒にいる構図である。


「装備品を守る結界、便利ですね。キャンプ時でも荷物が気になって、水浴びしかできなかったので」


「ゆっくり、お湯に浸かってや」

 

 ウチは出来立ての岩風呂に、身体をつけた。


「あ~。ええわ~」


 これは、最高だろ。

 まさかエンドコンテンツで、ここまでゆったり湯に入れるとは。


「いいですね。こうしてのんびり、お湯に浸かるのも。久しぶりに、リラックスできました」


「気に入ってもらえたなら、なによりや」

 

 岩山に落ちていく夕日を見ながら、入浴する。


 それにしても、クゥハのプロポーションは見とれてしまうな。


 ウチはトランジスタグラマーだが、クゥハはそれ以上だった。弟子のカニエと、いい勝負かもしれない。あっちは自堕落ぽっちゃり系色白セクシーで、こちらは引き締まった褐色グラマータイプだ。


 入浴の後は、ライスメインで食事である。


 麦も手に入ったので、ドリアにしてみた。海鮮が手に入ったら、エビドリアかグラタンがいいかもしれない。


「おいしいです。こんな辺境で、ちゃんとしたゴハンが食べられるなんて」


「あんたは、一度外に出たほうがええかもな」


「いずれは、一緒に街へ繰り出してもいいですね」


「せやな。ところで、あのダンジョンなんやが」


 ウチはクゥハから、ダンジョンの詳しい説明を聞く。


「あのダンジョンは、巨大アラクネが巣食う凶悪なダンジョンです。岩山を切り開いたことで、地下にいたモンスターも地上に上がってきたようですね」


「アラクネは、地下でジッとしてるんか?」


「外出するタイプでは、ありません。獲物をおびき寄せる魔物ですね」


 アラクネは、積極的に外へ攻撃を仕掛けないらしい。

 


「ほなアラクネを倒して、この土地の安全を盤石なものにしよか。外に出るのは、そこから考えよ」


「そうですね。アラクネを撃退したら、布も手に入ると思いますよ」


「布か。ええな。手持ちの布しかなかったから、助かるで」

 

 ひとまず、目標は決まった。


 美人のご近所さんができただけでも、ウチとしてはテンション上がりまくりであるが。


(第一章 完)

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