第6話 幼女と、謎のヨロイ少女

 現れた全身ヨロイの魔物は、一見すると人間型のようだ。言葉を話さないが、人の形状には違いない。禍々しい鉄カブトをかぶっているため、表情が全く見えなかった。

 ヨロイの形状はなんというか、カブトガニをムリヤリ鉄のヨロイに作り変えたような、異形の姿をしている。色は白に近い銀色で、赤いマントが印象的だった。


 一層目を引くのが、背負っている剣である。剥き身の大剣で、刃はギザギザだった。たしか、【フランベルジュ】って武器が、こういう形状だったと思う。しかし、ただのフランベルジュがこんな万年戦場のような場所で通用するはずがない。もしかしなくても、マジックアイテムだろう。

 

「お? やんのか、コラ? ああん?」


 ウチは、シャドーボクシングの構えを取る。

 まさか、人間型モンスターとエンカウントすると思っていなかったので、相手の気配に気づかなかった。葡萄酒の魔女、一生の不覚。


「~♪おどれ、どこ中じゃ!?where did you come from はよ帰ったほうがええんとちゃうか?Isn't it better to go home early~♫」



 また、昔やっていたロボットアニメの歌詞を、自己流にアレンジして口ずさむ。シャドーをしながら。

 

 だが魔物は、ウチの存在なんてまったく見えていないような素振りだ。ヤツの視界には、岩山しか見えていないように思える。


「マジで、眼中にないんか、コラ!」


「お気遣いなく」


 魔物がこちらに腰を折り、一礼をした。敵意はないっぽい。あと声からして、女性のようだ。


 だったら、こっちも攻撃しなくてもいいか。


 相手も、こちらの柵などもすべて避けて岩場に来ている。一応、礼儀は撒きまえているようだ。


 むしろウチのほうが、人の領域に土足で踏み込んでいる気がする。


「なんか、障害物を作ったみたいで、堪忍やで」


「いえ。こちらはこちらで用事がございますので、お構いなく」

 

 ヨロイの魔物が、岩山の前に建つ。ギザギザの剣を、振り上げた。


 あの剣に、ウチは見覚えがある。たしかつい最近、見たような……。


 ヌンとか、ゴッとかの掛け声が混じったような機械音を発し、モンスターは剣を振り下ろす。


 ドン! と剣から衝撃波が、飛んでいった。岩山へと、駆け抜ける。


 人間サイズのモンスターが、あんなバカでかい衝撃波を飛ばすのか。


 裂けた岩の割れ目に、衝撃波はピンポイントで着弾した。


 ゴゴゴ、と激し音が鳴り響く。


 ついに、岩山が切断されたのだ。見事な双子の山が、完成する。


 思わず、ウチは相手に拍手を送っていた。


「見事やな。ええもん見させてもらった。まあ、お茶の一杯でも」


「ありがとうございます。では、失礼して」


 女性は、カブトを脱ぐ。ああ、カブトの部分は蛇腹状になっているのね。


 カブトの下から現れたのは、長い銀髪・鋭い赤目・褐色の肌を持つ魔族だった。美人、なんて形容詞すら吹っ飛ぶほどの、美しい女性である。彫刻のような、完成された姿をしている。


 とはいえ、この感情は二度目だ。うちはこれくらい美しい魔族の女性を、もうひとり知っている。


「やっぱりか。あんた」


「なんでしょう?」


「魔王・ベルゼビュートやんけ」

 

 その名前を発した途端、少女はウチを凝視した。ようやくウチに、興味を示したようだ。


 ムカデの王、ベルゼビュート。それこそムカデみたいなムチを操って、ウチを苦しめた。強かったが、それだけである。

 

「感慨深いですね。こんな辺境にまで、母の名が轟いていたとは」


「? 母やと?」


「はい。ベルゼビュートは、我が母であります」


 どうやらこの子は、ベルゼビュートの娘らしい。


「我が名はアークゥハート。クゥハとお呼びください。偉大なるベルゼビュートの娘。といっても、今は勘当された身ですが」


「家を追い出されたんか?」


「はい。『お前は世界征服のためには未熟』と判断され、このテネブライにて修行せよと」


「ほうほう。まあ、立ち話もなんやね。上がって」


 ウチは、作りたての家のドアを開けた。


「お邪魔します」


「お茶も出すさかい、のんびりして」 

 

 クゥハを部屋に招いて、お茶を用意する。


 コーヒー牛乳と、せんべいを出す。


「これは? こんなお茶菓子、初めて見ました」


「せんべいや。塩気があって、うまいで」


「いただきます……あ、おいしい。いつもオオムカデしかかじっていなかったので、こういった嗜好品は久しぶりです」


 気に入ってもらえたら、なによりだ。


「まさか、ダゴン族と意思疎通できるだけでなく、茶飲み話さえできるとは」


「ダゴン?」


「あなたは、ご自身の種族名もご存じなかったのですか?」


 ご存知ありませんでした。


 とにかく、大収穫だな。自分の種族名が、やっと判明した。やはり持つべきものは、ご近所さんだ。自分ひとりだと、すべて自己解決してしまう。正しい学びを、得られない。


 ずっとボッチだったため、情報に飢えているのもある。

 

 じっくりと、話を聞こうではないか。

 

 当時のクゥハは、あまり強くなかったそうだ。それで武者修行として、この地で腕を磨けと言われたらしい。


「どれくらい、潜伏しとるねん?」


 ウチはコーヒー牛乳をジョッキで飲みながら、お茶菓子のせんべいをかじる。

 

「二〇〇年ほど」

 

 気が遠くなる話だ。仙人でも、生きていられない。



「ですがその間に、恐るべき情報を耳にしました。あの母が、偉大なるベルゼビュートが、魔女に殺されたと」


 ウチは、コーヒー牛乳を吹き出した。


「いかがされましたか?」


「な、なんでもない。続けて」


 テーブルを布巾で拭きながら、クゥハに話を促す。


「魔女……【葡萄酒の魔女ソーマタージ・オブ・ヴィティス】:アトキン・ネドログと呼ぶのですが、その魔女の手によって、魔王ベルゼビュートは倒されたというのです。たかが人間に!」


 母親の敗北伝説を語りながら、クゥハがヒートアップした。


 その人間が、こちらになります。


「だが、その魔女が強いのも事実です。なんといっても、我が母、偉大なる魔王を倒した存在ですから。なので、ひたすらここで修行に励んでおりました。仇である、葡萄酒の魔女を倒すために」


 ヘタをしたら、ウチがあの岩山みたいに真っ二つになるところだったのか。


 だが、これはチャンスである。

 自分がどれくらい強いのか、自分の力が格上の相手にも通用するのか。


「表に出よか? 外でお茶しようや」


「はあ。いいでしょう」


 ウチは、クゥハの分のお茶もお盆に乗せて、テラスまで運ぶ。


「よっしゃ、これでええわ。ほんで質問なんやが、もし魔女がこんな土地に現れたら、どうする?」


「ありえません。ここの瘴気は、人では耐えられません。たちまち魂まで汚染されて、干からびてしまいます」


「さよか。せやけどもし、魔女がその瘴気を克服して、現れたとしたら?」


 クゥハは、考え込む。


「魔女なら、可能でしょうね。それこそダゴン族が相手なら、自分の肉体に取り込んでしまうかもしれません」

 

「ダゴンって、そんな性質があるんやね?」


「逆です。ダゴンが人間を取り込むんです。それで知識を乗っ取って、自分の眷属とするのですよ」


 厳密には、ダゴンは捕食者の脳を少しだけ食って、自分の一部をその空いた部分に棲み着かせるのだという。やべえ。ウチもああなるところだったのか。


「ほんなら、最後の質問や。もしウチがアトキンやって言ったら、信じるんか?」


「ダゴン種と完全融合した、魔女ですか。相手にとって、不足はありませんね。ですが、ご冗談を。いくら魔女でも、テネブライに入るためにダゴンを取り込むなど……」


「ウチがそのアトキン・ネドログや」

 

 そう発言した途端、クゥハが魔剣を掴んで突撃してきた。


「その調子や!」


 とっさにウチは回避して、武器を取る。

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