助けに来た(助けに来たとは行ってない)

「私の唯に何やってんですか、この変態――――!?」


 自分の瞼の裏側という暗黒世界の中から……いや、広々とした百合園女学園第1女子寮の浴場に、明らかに激昂していると言わんばかりの少女の怒声が響き回る。


 雫が落ちる音すらも大袈裟に大きくなってしまうようなこの空間内において、少女の怒声は文字通りの青天の霹靂としか言いようがなく、驚きよりも先に身を竦めさせる他なく、私の眼前までじわりじわりと全裸の状態――下半身は濃いめの入浴剤によって隠されているのだが――で近づいてきた1歳年上の下冷泉霧香さえも無言で動揺させる程の大声だった。


 随分と聞き覚えのある声で、だけどあんまり聞かないような、いや意外とよく聞くような叫び声を耳にした私は思わず閉じていた視界を開けると……そこにいたのはこの女子寮の利用者の1人であり、見慣れたくなかった全裸の姿の金髪の美少女……百合園茉奈がそこにいた。


「フ。あら茉奈さんも2度風呂? 脱衣ゲームに気合い入れ過ぎじゃない?」


 興味の対象が全裸の私から背後の入り口に立っていた百合園茉奈に移った所為なのか、下冷泉霧香は私ではなく自身の背後にいた1歳年下の後輩にして百合園女学園理事長代理を務めている少女の方にへと不敵な笑みを向けてみせる。


 対する私の方はと言うと、次から次へと全裸の女性の身体が――それも百合園女学園で3大美人と称されるような存在2人が――目の前にいる事実も相まって、抗議の声を出すだとかそう言った日常的手段が取れないぐらいに非日常にへと追い込まれてしまっており、只々ぷるぷると羞恥心と震える他なかった。


 取り敢えず、自分の見せてはいけない男性器をお湯の中で隠し続けなければ……そうは思ってはいるのだが、下冷泉霧香が私に向ける尻部に視線が飲み込まれてしまうし、それから目を逸らそうとすると眼前で仁王立ちしていらっしゃるご主人様の女体の方に視線を向けてしまう。


 流石にあの下冷泉霧香よりも小ぶりではあったものの、私のご主人様の乳房は実に形が良く、見るだけでも柔らかそうだなというふしだらな感想を余裕で抱かせるぐらいには大きく、あまり男の子らしくない自分を男の子にさせてしまうぐらいには魅力的であったのだ。


「そうだよ!? 悪い!? 文句ある!? ……じゃなくて! 唯が嫌がっているんだから止めなよこの変態先輩!」


 憤慨極まれりと言わんばかりに顔を真っ赤にしては、全裸姿で全裸の変態を𠮟っているご主人様ではあるのだけれども、彼女は幸いにも私の女装事情を知っている人間……というか、私を女装させてこの学園に送り込んだ張本人であり、今にして思えば職権乱用の限りを尽くしている全ての元凶と言っても過言ではない気もしなくもないが……まぁ、この女学園で意外と色々と楽しく快適な生活を送らせて貰っているのだから、帳消しになるとは思うのけれども。


「フ。ぐうの音も出ない正論ね。茉奈さんの正論に免じて今日は3P放置プレイで手を打つ。何もしないまま3人でゆっくりお風呂を楽しみましょう……女の子同士で、ね?」


 優雅な声音でそう提案してきては観念したと言った風に湯舟に身体を沈めた下冷泉霧香だが、湯舟に浸かった彼女のポジションは私の真横。


「なっ……! ちょ、ちょっと! 唯!? なんで動かないの!?」


「フ。わざわざそれを聞く必要ある? 唯お姉様の股からぽたりぽたりと暖かいお湯と一緒に性交した後にドバドバ出る愛液が垂れている様を自分のご主人様に見られるのは流石に恥ずかしい事をご存知ないのかしら?」


「せ、せ、せ、性交……!? ちょ、ゆ、唯……!? し、したの……!? 私以外の女の子と……!? というかここ女子寮なんだけど……⁉ ふ、風紀とか考えてくれない……⁉」


「違いますっ! してませんっ! 本当ですからぁ……! そんな疑いの目で私を見ないでぇ……!」


「フ。。何故なら言葉だけなら何とでも嘘を言えるのだから! それにそんな必死な形相で事実を訴えたとしても! 私の裸体をジロジロと見た事実は変わらないのよねこの変態!」


「――唯?」


「ち、違いますからっ! そんな事してませんからっ!」


「浮気してない人間ってそう言うらしいね」


 心底ひんやりとしてしまう程の静かな怒気のようなものが沢山に詰まったであろう声音が私の肌に突き刺さるけれども、今現在の私は一糸まとわない産まれたままの姿であり、男性器という他人に見せては絶対にいけない代物をぶら下げている始末。


 ご主人様からの度重なる調教の所為で自分の身体に刻まれてしまった色々なモノを何とか我慢して、本当はとっても怖いけれども私はご主人様に苦言を呈した。


「今の状況でそんな事で怒らないでくださいよっ……!?」


「…………………………別に、怒ってないけど」


「滅茶苦茶に拗ねてるじゃないですかっ!」


「フ。貧乳の唯お姉様であれば分からないだろうけれど、茉奈さんは私の胸よりも小さいでしょう? 意外とアレで気にしているのよ」


「は? 全然気にしてないけど? というか、私はこれでも人並み以上には大きいんですけど? というか先輩みたいに只々大きいだけのヤツに全然興味なんて無いんだけど? そんなの老後にはみっともなくぶら下がるだけなんだけど? というかそんなモノで人間性を測れる訳ないし。というかそんな発想をする時点で胸があるだけの人って思考も胸に吸われて本当に可哀想だよね」


 彼女は気にしていないと断言していたけれども、そんな否定をする度に凄く気にしているなと思わざるを得ないのが彼女だった。


 なるほど、確かに言葉だけなら何とでも言えると先ほど発言してみせた下冷泉霧香の言の葉には説得力しかなかったのであった。


「フ。確かに茉奈さんの言う通り女性器の大きさで人間性は測れないわね。だけど趣味嗜好ぐらいは測れるのよね」


 フ、といつも通りの薄ら笑いを浮かべながら、私が男性だとは露にも思っていないのであろう1つ上の先輩が私の身体に更に近づいては私の右手を宝物を扱うように優しく抱き寄せたかと思いきや、次の瞬間には私の手は昼間に実際に味わった豊胸の狭間にあった。


「ちょ、えっ、な、な、な、なぁ!?」


「フ? どう? 両手から感じられる巨乳は気持ちいいでしょう……と聞くまでもなさそうね。だって、顔が真っ赤だもの。ふふ、本当に唯お姉様は女に慣れていなくて可愛い」


「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、唯!? ちょ、なにしてるの……!? 早くその変態から離れてよ……!?」


「そ、そう言われましても……!?」


「困ったような顔をしながら口元ニヤニヤするなぁ……!」


 声を荒げてみせる百合園茉奈は私の女装事情を知る共犯者であるのと同時に、私の女装事情がバレたら不味い立ち場にある人間だ。


 というのも彼女は若冠16歳という若さでありながらも、百合園女学園の様々な業務に携わっており、私が男の子だというのにも関わらずこうして女学園に通う事が出来てしまえるのは彼女の協力があってこそ。


 しかし、伝統と歴史ある百合園女学園に男性を、しかも女性と偽って入学させるだなんて言う出来事は文字通りのスキャンダルでしかなく、都内でも屈指のお嬢様学園だという知名度も相まって世間から向けられる関心もリスクも非常に高いであろう事は想像に難くない。


 ――そんな説明を脳内で埋め尽くす事で理性を総動員させ、今の自分が本能剝き出しのケダモノにならないようにしないと本当に不味い事になってしまうぐらいには右手で感じられる快感は、本当に犯罪的としか言いようがなかった。


 人の体温で元々暖かいのであろう胸の谷間だが、所有者である下冷泉霧香が湯舟に浸かっている事が影響しているからなのか、あるいは2度風呂をしようとしている彼女の行動の影響によるものなのか理由は断定こそ出来ないけれども、今日の昼に味わった胸の柔らかさと気持ち良さとは比べようがない程に凄かった。


 今現在の自分の左手は己の男性器を隠す事で必死になっているけれども、むくりむくりと膨張していく自身の性器を隠す筈の左手は無意識のうちに持ち方を性的享受に特化させた型を取っている始末で、本当に救いようが無かった。


「フ。言葉では嫌々言うけれど、唯お姉様の身体と処女膜に膣と子宮は素直ね」


「そ、そんな訳、ありません、からっ……!」


「フ。そう言う癖に唯お姉様は私の両胸から手を動かさないのね。そして、その局部に位置する左手はナニをしているのかしら。もしかしなくても性行為? だとしたら嬉しい。私の身体にはそれだけの価値があるという話なのだから……! さぁ! そういう訳で百合園女学園女子寮の浴場で私と唯お姉様の愛液を流して妊娠風呂プレイしましょう!」

 

 言い訳ではなくこれは事実であるのだけれども、そもそもの話として下冷泉霧香がこの浴場にいる時点で私はこの入浴剤で着色された湯水の外から出る事が叶わない。


 天使唯が湯舟から出る事は、私の男性器を下冷泉霧香に眼前に晒す事を意味し、私とご主人様の社会的な死も意味する。


「……あ、んっ……!」


「フ。気持ちいい?」


「……気持ちよくなんか……ない、ですからっ……!」


「フ。素直で宜しい。ところで茉奈さん? 唯お姉様のご主人様なのに唯お姉様が私にNTRされているのに動かないだなんて、一体全体どうしたの? まさか茉奈さんにNTRの趣味があるとは思わなかった。これから毎日互いのNTR性癖談話で百合の花を咲かし合いましょう?」


 自身の胸の狭間に私の手が突っ込まれているというのに、全く赤面すらせずに飄々とした軽やかな態度で、明らかに挑発じみた態度とニマニマとした笑顔を浮かべながらそう言い放った先輩の言葉は、突然の変態の行動によって意識が飛び、混乱の限りを尽くしていたのであろう私のご主人様の頭を正常にしてくれた。


「……はっ! そ、そうだよ! 何で私以外の女で気持ちよくなってるの唯! 私の方が気持ちいいでしょ⁉ 毎日毎日! 百合園女学園に入る前から一方的に身体で教えてきたよね⁉ 何を勝手に浮気してるの⁉」


 一体全体この人は何を戯けた事を言っているのだろう――そう思わざるを得なかったのだが、そんな自分の感想は百合園茉奈がやや乱暴に湯舟に入っては湯を掻き分けては、私の左腕を勢いのままに引き寄せる。


 百合園茉奈の、両胸の狭間の方にへと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る