幕間短編③ っすっすっすーっす・っすーっすっす
――それは確か霧香お嬢様が好意を向けている対象である天使唯との会話を終えた辺りだったでしょうか。
脱衣ゲームとかいう自分で企画したものを出来るだけ穏便に、しかし天使唯に異性の身体を慣れさせる為に、どうやって動いたものかと思案していた矢先の出来事。
私の主にして、私の推しである霧香お嬢様が悠々自適と言った風に浴場の方に向かっているのが視界に入ったのです。
「……?」
霧香お嬢様は常日頃から下ネタだとかセクハラをしており、世間一般で言うところのどうしようもない奇天烈な変人という烙印を押される事は間違いない人間ではあるのですけれども、その行いの数々は俗に言うところの『キャラ』。
下冷泉霧香……いえ、霧香お嬢様の真なる正体を覆い隠す為だけの役割を担った偶像そのもの。
本当の彼女は――いや、これは知っている人間ならではの特権か。
「……。なーにしてるっすか、お嬢! 何すか、何すか! もしかして2度風呂っすか~?」
「フ。あら葛城。えぇ、貴女の考え通りこれから2度風呂をするつもりよ」
やはり霧香お嬢様は美人だ。
私は女の子同士だとか、そういう趣味も無いノーマルな人間である事は充分に自覚しているけれども、そんな普通極まりない自分でも霧香お嬢様の美貌の前には思わず崇拝の念に駆られてしまうのが実のところ。
心無い人間は彼女の事を孤児だとか、顔で拾われただけの存在だとか、そんな酷い事を言うけれども、そんな言葉が他人から出てしまう理由の大半は霧香お嬢様の美貌に対する嫉妬にしか思えてならない。
「脱衣ゲーム。お嬢も気合い入っているっすねぇ! そんなに天使さんに自分の裸体を見せたいんっすか? いやぁ、お嬢はやっぱり救いようのない変態さんっすね!」
「フ。それは当然。私の敬愛する唯お姉様に汚いモノを見せる訳にはいかない。だってほら、何だかんだで百合セックスと洒落込む……その際に自分の身体が汚かったら唯お姉様が私に向ける恋愛感情が消え失せてしまうという酷いミスを私がする訳がない」
「道理っすね。ところでお嬢、1つだけ質問があるっす」
「フ?」
「今、天使さんがお風呂に入っているっすよ?」
「知ってる」
一切の迷いのない霧香お嬢様の発言を聞いてしまった私の口から思わず溜息と罵倒が出てきてしまいそうになったけれども、私と霧香お嬢様はそれを我慢するような付き合いではないので、遠慮なくそれらを軽く吐き散らす。
「フ。馬鹿と言うだなんて酷いわね。シンプルながらに心に響く罵詈雑言。嫌いじゃない。寧ろ好き。もっと罵って」
「これを馬鹿と言わずして何と言うっすか。折角最近の天使さんがお嬢に向ける好感度が上がっていたというのにそれを自分から台無しにするつもりっすか」
「フ。相変わらず葛城は慧眼ね。葛城の前で隠し事が出来る日なんて来るのかしら」
「お願いですから永遠に来ないで欲しいっすね」
白状してしまうと、霧香お嬢様は天使唯という最近に百合園女学園に編入してきた女子生徒が男子であるという事実を知っている。
しかも、その天使唯が霧香お嬢様がお世話になっていた孤児施設で知り合ったという幼馴染の関係であると同時に、初恋の相手。
そして霧香お嬢様は下冷泉の家に来てから今までずっとたった1人の男性を、天使唯とそういう関係になる事を望んでいた。
おかげ様で霧香お嬢様とお付き合いしたいとかいう殿方は私と軽くお話をしたり、覚悟を見せて貰ったり、色々と暗躍したのが記憶に新しいが……今は全然関係ない話題なので説明はしないでおく。
「フ。隠しても無駄だろうから予め言っておくけれども……最近の唯お姉様は私に対して無警戒が過ぎるのよね」
辺りをきょろきょろと見渡し、周囲に誰か盗み聞きをしている人間がいないかどうかをご自分で確かめられてから霧香お嬢様は悩まし気にそう言い放った。
「良いことじゃないっすか。好きな人に警戒されるだなんて酷い事っすからね」
「良くない」
「……そんなに天使さんに警戒されたいっすか。相変わらず酷い役回りな事で。お嬢がそんなにマゾヒストとは知りませんでしたよ」
「葛城」
「はいはい。冗談っすよ冗談」
霧香お嬢様は美人で、世渡り上手で、気配り上手で、化かし合いが上手で……そして、どうしようもない程に頑固な人だった。
彼女は天使唯の事が好きだ。
そう、大好き。
だから、彼女は彼に嫌われようとしている。
「……唯お姉様は今日の昼に私の元に、3年生の教室の方へとやってきた。唯お姉様がそんな事をしてきた理由は何だと思う?」
「頼れる年長者に頼りに来たんでしょ」
「そう。そうなのよ。あろうことか、私の胸を触らせてとお願いしてくる始末だったのよ?」
「……………………」
「フ。あらやだ怖い顔。別にいいじゃないのそれぐらい。寧ろ役得だったわ……だけど、そんなお願いをしてくるぐらいには唯お姉様は私を頼りにしている。それはそれでありがたいのだけれども、このままではこの女子寮に入寮した当初の目的を果たせない」
「……天使唯の女装の練習相手、っすね」
「フ。その通り。練習である以上は緊張感は必要不可欠。私という存在はもしかしたら美人で優しくて最高で気配り上手な美少女だと思われでもすれば、彼の女装のクオリティを上げさせる際の障害にしかなり得ない。故にその緊張感を取り戻す為に――」
「――好感度を下げる、と」
「フ。葛城は恋愛ゲームをやった事がある? 特定の結末に辿り着きたいプレイヤーはねヒロインの好感度調整をしないといけないのよ」
やはり、彼女の覚悟は凄まじいものだった。
それと同時に、その覚悟に対してどうしようもない程の義憤のようなものを私は感じていたと思う。
どうして彼女がそんな事をする必要性が?
どうして彼女がそんな自分を殺すような、打ちのめすような、自傷行為をさせなければいけないのか?
いや、理屈は分かる。
分かりたくなどないけれども、それでも霧香お嬢様ならこうするだろうなとは長年の付き合いの所為で分からされてしまう。
けれども、彼女の使用人であり従者としての葛城楓ではなく、私が幼い時にお会いした彼女の友人としての葛城楓はその事実を前に不貞腐れる他なかった。
「それでお風呂に入っている天使さんに突撃して、女装バレの危機に瀕させる事で己が危険性を再度学習させる訳っすか」
「フ。大丈夫よ、先に濃い目の入浴剤を使っておいた。唯お姉様なら有効活用してくださるでしょう」
「嫌になるぐらいに計画的ですね。好感度を下げつつ、ついでに天使さんの弱点でもある女体の経験値を増やさせる訳と。文字通りの一石二鳥ですけれども、効率を重視する人間はいつの時代でも嫌われますよ」
「フ。それでいい。私は唯お姉様の身体にしか興味がなくて己が性欲を優先させる為ならば唯お姉様に最悪な目を何度でも味わせるような最低極まりない女だって事を思い知らせてやるのだから」
思わず何かに向けて暴力を振るいたくなったけれども、代わりに奥歯を嚙み締めて、両の手の爪で拳に傷をつけ、自身が有する暴力性を外に出さないように辛うじて抑え込む。
そう、彼女は嘘を吐く。
嘘というものは、何かしらの目的があるからこそ吐かれるものだ。
もちろん、この世界には目的もないままに『ただただ嘘を吐く』のが意味になっている人間もいるけれども、霧香お嬢様はいつだって他人の為に嘘を吐く人間だった。
「気に食わないっすね、本当に」
「フ。諦めて?」
「お言葉っすけど、諦めるだなんていう格好悪い真似をする趣味は自分には無いっすよ」
「フ。主思いの良い従者がいると気が楽になる。これからもどうか私の共犯者で在り続けてね。さて、そういう訳で浴場の鍵を開けて?」
「それは命令っすか?」
「もちろん」
お願いなら容赦なく無視できたのだけれども、命令とあれば逆らえる筈もない。
私は霧香お嬢様の命令の通りに浴場に繋がる脱衣場への鍵を開け、意中の人の為に自分から嫌われに行く彼女の背を見送り――。
「ふ」
彼女との長年の付き合いで自然と身についてしまった不敵な笑みを浮かべて、私は天使唯の雇用主である百合園茉奈の元に向かう事にした。
なるほど、確かに天使唯にわざと危険を煽らせる事で好感度は下がる事だろう。
何なら、霧香お嬢様ならわざと自分の裸体を見せたり触れさせたりして、天使唯への好感度を全力で下げつつ、天使唯の為になるであろう女体の経験を上げさせる事だろう。
だがしかし、このままみすみすと見逃す私じゃない。
というか、そんなの認められるか。
私は自分の主人が幸せになって欲しいと願う人間だ。
「そういう訳で理事長代理に怒られてください、っす。理事長代理にチクるなと命令しなかったお嬢が悪いだけなんでね……さて、どう嘘をついたものか……百合園さんならどういうワードで動きますかね……? まぁ、チョロいから何とでもなるでしょうけれど」
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